381話 呀狼族
猫霊族と似て、狼の耳と尻尾を持つ最強種……それが、呀狼族だ。
猫霊族が陽気な性格をしているのに対して、呀狼族は誇り高く、類まれなる勇気を持つ種族だ。
仲間意識が強く、仲間の危機の際には己の身の危険を省みることなく行動するという。
誰かのために動くことを誇りとする、強い勇気と正義感を持つ。
その力は猫霊族と似ていて、全体的に身体能力のポテンシャルが高い。
魔法は使えない。
その分身体能力は高く、風のように駆けて、大木を素手でなぎ倒すことができる。
ただ、猫霊族と比べると身体能力は劣る。
身体能力に一番優れているのは猫霊族であり、絶対に超えられない壁があり、その次に呀狼族が続く。
数値が表示されるとしたら、竜族と同じくらいになるだろうか?
猫霊族は圧倒的な身体能力を誇り、竜族はなんでもできるオールラウンダー。
では、呀狼族は?
呀狼族は、『闘気』と呼ばれている生命エネルギーを自由自在に扱うことができる。
無尽蔵に使えるエネルギーではないものの……
その威力はとんでもない。
例えば、己の身にまとわせることで、短時間ではあるが、猫霊族並の身体能力を得ることができる。
例えば、圧縮して矢のごとく放つことで、遠隔攻撃を可能とする。
例えば、闘気を利用することで物理法則を無視した動きができる。
「……なるほど」
シグレさんからそんな説明を受けて、呀狼族のことについて一通りの理解をすることができた。
猫霊族がいるんだから、対となる犬の特徴を持つ最強種がいてもおかしくないだろう、と思う時はあったのだけど……
まさか、本当にいるとは。
なかなかに興味深い。
ビーストテイマーとしての血が騒いで、もっとあれこれと質問をしたくなる。
「その子も……呀狼族なんですよね?」
「ああ、そうだよ。私のかわいい孫のサクラだよ。ほら、サクラ。挨拶をしなさい」
「オンッ!」
サクラが力強く吠えた。
「にゃー……もふもふだね」
「ぎゅうってすると、すごく温かいよね」
カナデとシフォンが、なにやら幸せそうな顔をしていた。
ここに来るまでの間、何度か抱きしめていたからな。
その時のことを思い出しているのだろう。
「どこからどう見ても、わんこ」
「ははは、そうさねえ」
リファのストレートな発言に、シグレさんが楽しそうに笑う。
「呀狼族は、二つの特徴があってねえ。一つは、幼少期はサクラのように、獣の姿で過ごすんだよ。そして大人になると、人型になる」
「へえ……こういってはなんですけど、興味深いですね」
「私らも詳しいことはわからないんだけどねえ……獣の姿の方が、病気に強いと言われているんだよ。だから、体の弱い子供のうちは、獣の姿になっているかもしれないねえ」
なるほど、と納得する一方で、サクラの親について気になる。
シグレさんは祖母みたいだけど、父親と母親はどうしたのだろうか?
席を外しているだけなのか、それとも……
まあ、こんなことをいきなり聞くことはできないから、この疑問は飲み込んでおこう。
「なにやら、この大陸に来客があったみたいだから、サクラには様子を見に行くようにお願いしたんだけど……まさか、里にまで連れてきてしまうなんてねえ」
そう言うシグレさんは、どことなく困った様子でこちらを見た。
いや、俺だけじゃない。
俺とシフォンを見ている。
カナデ達のことは、あまり気にした様子はない。
「えっと……すみません。なにか迷惑をかけてしまったでしょうか?」
「いや、そんなことはないよ。そうさね。私の態度も悪かったね……変に隠しても、後で問題になる可能性が高いね。なら、素直に話しておこうか。私ら呀狼族は、人間のことがあまり好きではないんだよ」
「それは……」
出鼻をくじかれてしまうような話だけど、避けて通ることはできない。
居住まいを正して、しっかりを話を聞く。
「呀狼族のもう一つの特徴として、特定の主を持つことにあるんだよ」
「主ですか?」
「この人だ、と決めた相手に仕えて、一生を捧げる覚悟で付き従う。ご先祖様達は、そうして自分だけの主を見つけて、全身全霊で仕えてきたんだけどねえ……最近は、そういうことはまったくなくなったんだよ」
「どうしてですか?」
「裏切られたからさ」
深いため息をこぼしながら、シグレさんは話を続ける。
「人間っていうのは、欲深い生き物だからねえ……最初はまともな人に見えても、時間が経つにつれて強欲になる。あるいは、傲慢になる。私達の協力を得られることを当たり前に思い、なんとも感じなくなる」
「それは、また……」
「全部が全部っていうわけじゃないんだけどね。でも、大多数の主は仕えるに値しない愚か者となり……それで、私らは人間に呆れた。呆れ果てた。そして、関わることを止めて、この大陸に移動した……というわけだよ」
耳の痛い話だ。
どこの誰が呀狼族を疎んじるようなことをしたか、それはわからないけど……
なんてバカなことをしてくれたのだろう。
「精霊族と似た話だね」
シフォンがそんな感想をこぼす。
自然を破壊されたことで、人との関わりを断った精霊族……確かに似ている。
「でも……それなら、どうして俺達をここへ?」
「正直な話、私はそんな気はなかったんだよ。ただ、この子があなた達を気に入ってしまったみたいでね……サクラはまだ幼いけれど、その目は確かでね。サクラが懐いたのなら、あなた達も悪い人間じゃないだろう。そう思ったわけだよ」
ということは、サクラがいなければ、俺達はここにたどり着くことができなかったし……
仮に案内なしでたどり着いたとしても、追い払われていた可能性があるのか。
「にゃー、ありがとね。サクラ。よしよし」
「わふぅー」
カナデが笑顔でサクラをなでていた。
サクラは気持ちよさそうにしつつ、カナデの手をペロペロと舐める。
「でも、呀狼族なんていう最強種がいるなんて、まったく知りませんでした」
「人間と交流を絶って、数百年だからねえ……精霊族よりも前に姿を消しているし、それも仕方ないさね」
「そんなにも前に……」
ホント、過去の人達は、いったいなにをやらかしてくれたんだ……?
「それで……こんなところまでどうしたんだい? 私達になにか用かい?」
「あ、はい」
色々と気になるところはあるものの、それらの質問は後回し。
今は、イリスを助ける方法を探さないと。
「この北大陸にやってきたのは、とある女の子を助けるためです」
「ほぅ」
「その子の名前は、イリス。絶滅したと言われている天族です」
「天族が……?」
この情報にはシグレさんも驚いたらしく、目を大きくしていた。
「実は……」
イリスがひどい怪我を負い、魂を傷つけられてしまったこと。
治癒の力を持つ最強種がいると聞いて、この北大陸にやってきたこと。
ここまでの経緯を簡単に説明した。
「なるほどねえ……そんなことが」
シグレさんは、どこか感慨深そうに言う。
それから……申しわけなさそうに首を横に振る。
「すまないねえ。同胞のためなら力になるのはやぶさかじゃないんだけど、私達呀狼族は、治癒の力は持っていないんだよ」
「そう、なんですか……」
アルファさんの情報は間違っていたのだろうか?
絶望的な感情に心が支配されてしまいそうになるのだけど、
「ただ、この北大陸には、もう一つの最強種がいるよ」
シグレさんは、続けてそんな台詞を口にした。
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