379話 今は保留で
タタタッと軽快な足取りで狼が先をゆく。
ある程度の距離が離れると、ピタリと止まり、こちらを振り返る。
こちらが近づいていくと、再び歩みを再開。
ほどなくしたところで止まり、視線をこちらへ。
「オンッ!」
一つ鳴く。
早く来て、と言っているかのようだ。
言葉は話さないけれど、とても賢い子らしい。
俺達をどこかに連れていきたいらしく、さきほどからこんな調子だ。
行き先は、断定はできないのだけど……
おそらくは、俺達の当初の目的地である、北東の平原。
方角的に、そちらへ移動しているのがわかる。
目的地は同じ。
そして、他に手がかりもない。
なので、この子についていくことにした。
罠だとしたら、それはそれで構わない。
どんな困難でも、みんなで一緒に打ち破るだけ。
ただ……罠っていう感じはしないけどな。
この子が本当に最強種なのか、それはわからない。
でも、悪意というものはまったく感じられなくて、むしろ、好意を感じる。
たぶん、大丈夫だろう。
俺個人の勘と、ビーストテイマーとしての勘がそう告げている。
「……ねえ、レイン」
「うん?」
狼の後をついていくと、カナデがトテテテと駆けてきて隣に並んだ。
ちらちらとこちらを見て、すぐに視線を外してしまう。
どことなくもじもじしていて、落ち着かない様子だ。
どうしたんだろう?
「カナデ、どうかしたのか?」
「えっと……ね。イリスが大変な時にこんな話をするのはどうかなー、って思うんだけど……でもでも、せめて確認はしておきたいというか、そうでもしないとどうしても落ち着けないというか……」
「えっと……?」
カナデの話は要領を得ない。
なにか、とてつもなく言いづらいことがあるみたいだけど……
「なにか話しておきたいことがあるんだよな?」
「……うん」
「なら、聞くよ。ちゃんと聞く」
「……いい?」
「もちろん。ほら、俺ってダメというか、鈍感なところがあるみたいだから……なにかあれば、ハッキリと言ってくれた方が助かるんだ。こんな時だけど……いや、こんな時だからこそ、後で問題にならないように、話をしておいた方がいいと思う」
「そっか……じゃ、じゃあ、言うね?」
カナデは緊張しているみたいだった。
それに、頬が桜色に染まっている。
瞳も、どことなく熱がこめられているような気がした。
「出かける前に、大体の事情は説明してもらったけど……レインは、なんていうか……私が見ていた夢の内容……知っているんだよね?」
「ああ、それなら……あっ」
カナデ達が見ていた夢は、俺と結婚するというもの。
それはつまり、彼女達の気持ちがそういうこと、というわけで……
そのことをイリスに指摘されて、ようやくではあるが自覚した。
事件を解決したら、話をしなければいけないと思っていた。
ただ、その後にイリスがあんなことになってしまったせいで、すっかり頭から抜け落ちていた。
「にゃー……その反応、やっぱり知っているんだね」
「えっと、まあ、なんていうか……」
迷った末に、こくりと頷いた。
ごまかしても仕方ないし、さすがに、ここで逃げるような真似はしたくない。
こんな時だけど……いや、こんな時だからこそ、彼女の気持ちに向き合わないと。
今を逃したら、次はいつ話ができるかわからないのだから。
「あ、あのね……私の夢を見たのならもうわかっていると思うけど」
ごめん。
イリスに指摘されるまでわかりませんでした。
「私は、その、あの……れ、レインのことが……す、す……すすすっ……」
カナデは耳まで真っ赤にして、
「……好き」
消えてしまいそうなほど小さな声で、ぽつりとつぶやいた。
ともすれば聞き逃してしまいそうだけど、さすがに、今回はそんなことをしてはいけない。
しっかりと耳にした。
しっかりと心にカナデの言葉を刻んだ。
「あぅ……」
カナデはものすごく恥ずかしそうにして、俺から目を逸らした。
今はこちらを直視できない、という感じだ。
ソワソワと落ち着きがなくて……
猫耳がぴょこぴょこ、尻尾がゆらゆらとせわしなく動いている。
「えっと、俺は……」
カナデの気持ちを受け入れる?
それとも、断る?
どちらにしても、きちんと言葉にしないといけない。
なにか言わないといけない。
そうは思うのだけど、情けないことに言葉を紡ぐことができない。
頭の中が真っ白だ。
言い訳になってしまうのだけど、カナデ達のことは仲間として見るだけで、そういう目で見ることはなくて……
だから、考えをまとめることができない。
どんな返事を返していいのか、さっぱりわからない。
カナデは今、とても勇気を振り絞ってくれているはずなのに……
対する俺は、なんて情けないことか。
イリスが呆れていたのがよくわかる。
「あっ、だ、大丈夫!」
「え?」
「今すぐにレインの返事がほしいとか、そういうことは思っていないから」
そう言うカナデには、無理をしているような感じはしない。
こちらを気遣っているわけでもなくて……
本心からのセリフに思えた。
「なんていうか、アレは、事故的な告白だと思っているから……本当は、こんな唐突に告白するつもりはなかったんだよ? レインってば鈍感だから、もっともっと時間をかけて、ゆっくりとやっていくつもりだったの」
「えっと……ごめん」
「あっ!? 責めているつもりはないの! ただ、気にしないでほしいの」
カナデは顔を赤くしつつも、こちらを直視した。
そして、柔らかく笑う。
「今はこんな時だから……返事をもらおうとか、そんなことは本当に考えていないの。それは私だけじゃなくて、タニア、ソラ、ルナも同じだと思うよ。今、一番に考えないといけないことはイリスのこと。だから、いいの」
「それは……」
「あと、イリスを助けることができた後も、無理して返事をする必要はないよ。たぶん、レインからしたら寝耳に水の話だと思うし……そんな状況で無理に返事をしてもらうよりは、じっくり考えてもらいたいから。その方が、私達はうれしいな」
「カナデは……それでいいのか?」
「うん」
迷うことなくカナデは即答した。
「今は、気持ちを知っておいてもらえるだけでいいよ。それ以上のことは望まないよ」
カナデはちょんと、道端の小石を蹴った。
小石がコロコロと転がる。
「でも……あまり長いこと待たせたら、拗ねちゃうからね?」
「……ああ、わかった」
俺とカナデのこと。
タニア、ソラ、ルナのこと。
これからの関係をどうしたいのか、どうするべきなのか、きちんと考えないといけないな。
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