374話 膨れ上がる悪意
「たっだいまー!」
屋敷の扉を開けて、リーンは上機嫌な声をこぼす。
そんなリーンを迎えるのは、リースだ。
「おかえりなさい、リーンさん。それと……モニカもごくろうさま」
「はい。温かいお言葉、ありがとうございます」
リーンに続いて屋敷に戻るモニカは、主を見て頭を下げた。
二人は互いの目を見て、小さく笑う。
そこには、主従関係だけではない他の感情が見て取れた。
友情ではなくて、恋慕でもなくて、尊敬や敬愛でもなくて……
例えるならば、親子の情。
それに近い感情が、二人の間に流れている。
「あー、疲れたわー。めっちゃ魔力消費したんですけど」
リーンは愚痴のような台詞をこぼしつつ、入ってすぐのところにあるソファーに腰を下ろした。
そのまま背もたれに寄りかかり、ぐだー、っとなる。
「おつかれさまです、リーンさん。それで……どうなりました?」
「あれ? モニカから報告は受けてないの?」
「今回はまだなんですよ。そちらも色々と忙しかったみたいなので、無理して報告をしてもらう必要もないと思って」
「あー、そうそう。聞いてよ、すっごい大変だったの。あの天族を見張るだけのはずだったのに、なんかよくわかんない事件が起きてるし」
「よくわからない事件?」
「えっとね……」
リーンはカグネで起きている事件について説明した。
深い霧に包まれて、人々が幻らしきものに囚われていること。
それを一人の最強種が起こしていたこと。
レイン達の活躍で、事件が解決されたこと。
「……っていうわけ」
「幻、ですか……なかなかおもしろそうですね。モニカの能力に通じるところもありますね」
「はい。リース様が仰るとおり、私の能力と似ていました。おかげで、色々と動きやすくはありました」
「まあ……そちらについては、後でモニカから詳細を聞きましょう。それで……イリスさんがここにいないということは?」
「あー、うん。あいつ、あたしらのこと裏切る気満々だったわ」
「やっぱりですか……」
予想していたらしく、リースは特に驚くことはなかった。
ただ、とても残念そうにしている。
「イリスさんならば、あるいは味方になってくれると思っていたんですけど……ふぅ。なかなか、うまくいかないものですね」
「まぁ、しゃーないんじゃない? あいつ、平気で約束を破るような恩知らずだし」
以前、裏切られたことをまだ根に持っているリーンであった。
「それで……イリスさんの処置は?」
「言われた通りにしたわ。ほい」
リーンは虹水晶を手にすると、軽く杖の先を振る。
すると、光の球体が現れた。
ふわふわと浮いて、リースの手に収まる。
「それ、あいつの魂よ。この虹水晶で、えぐりとってやったわ」
「これは……」
光の球体を調べるように軽く撫でて……
それから、リースは深い笑みを浮かべた。
「素晴らしいですね。最強種の……しかも、絶滅したはずの天族の魂。とてつもない力を秘めていますね。これならば……」
魔王様の目覚めがまた一歩、近づいた。
リースは、心の中で残りの台詞をつぶやいた。
「あら?」
何度か光の球体を撫でたところで、リースは不思議そうな顔になる。
「これは……魂全て、というわけではありませんね」
「え? どういうこと?」
「一部が欠けていますね。魂の摘出の際に、なにかしらのミスがあったのかもしれません」
「うっそ、マジで? ちゃんとやったと思ったんだけど……」
リーンは己の行動を振り返る。
モニカと別行動を取ることで、自分の存在は徹底的に隠した。
そして、相手が油断したところで不意の一撃をぶつける。
空間を超えた虹水晶の攻撃は、確かにイリスを捉えたのだけど……
「あー……言われてみると、ちょっと手応えが薄かったかも? 失敗してたのかー……」
リーンはたらりと汗を流す。
イリスが必死の抵抗を見せたから。
虹水晶の能力が低い。
モニカの援護がないのが悪い。
あれこれと言い訳を考えるものの、なかなか良いものは思い浮かばない。
「まあ、仕方ありませんね」
「え?」
「リーンさんは、虹水晶を手にして少ししか経っていませんから。それなのに、完璧に扱うのは、さすがのリーンさんでも難しいでしょう」
「えっと……そ、そうそう! あたしみたいな天才魔法使いでも、伝説の装備となると、なかなかねー」
怒られるわけではないとわかり、リーンは途端に調子に乗る。
そんなリーンを見て、リースは内心で呆れのため息をこぼした。
やはり、こんな人間ではなくて自分が赴くべきだったか?
しかし、魔族の特有の気配は、人間相手ならともかく、最強種の天族であるイリスを相手に隠し抜くことは難しい。
「……まあ、いいでしょう」
イリスの魂を手に入れることができた。
不完全ではあるが、その力は相当なもの。
予想の範囲内であり、これくらいならば問題はない。
むしろ、わりとうまくいったと言える方だろう。
「リーンさん、疲れたでしょう? お風呂を用意していますから、どうですか?」
「えっ、マジで!? うわー、助かるわー。ちょうど、お風呂に入りたいと思ってたのよねー」
「モニカ、リーンさんの案内を」
「はい、わかりました」
「あっ、そうそう。せっかくだからモニカも一緒に入ろうよ」
「えっと……?」
「構いませんよ。モニカも疲れているでしょうから、リーンさんと一緒に休んでいらっしゃい」
「はい、ありがとうございます」
リーンはうきうきとした足取りで。
モニカは一礼をして、それぞれ屋敷の奥に消えた。
「……ふふっ」
一人になったリースは、光の球体……イリスの魂を見つめつつ、恍惚とした笑みを浮かべる。
「あぁ、魔王様……もうすぐ、あなたの目を覚ましてさしあげられる。そうしたら……その時は……」
この世界の全てを壊してください。
リースの冷たい冷たい声が屋敷に小さく響いた。
その言葉を聞く者は、リース以外、誰もいない。
悪意が……膨れ上がる。
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