363話 辛いから
「シフォンっ!」
「レイン君っ!」
カムイを抜いて、シフォンと切り結ぶ。
刃と刃が交錯する音。
鉄が弾ける音。
互いの力はほぼ互角。
ギリギリと刃が拮抗する。
「こんなところで夢に浸り、現実から逃げて……そんなことで、どうするんだよ!? 新しい勇者に選ばれたばかりだろう、シフォンは!」
「それは……わかっているわ! 今の私は、最低よ。与えられた役目を全うすることなく、逃げて、目を背けて、見なかったことにして……全て投げ出している! 勇者になんてふさわしくない!」
「だったら! それを理解しているのなら!」
「でもっ!!!」
魂を吐くような顔をして、シフォンが言う。
その顔は、悲しみと辛さでいっぱいになっていた。
「失ってしまったものが目の前にあるの!」
「っ!」
「もう二度と手に入らない温もりを、もう一度、この手にすることができるの! 幸せに……なることができるの!」
「それはただの夢で……」
「そうだけど! そうかもしれないけど!」
魂を吐き出すように、辛い顔をして苦しい顔をして……
シフォンは苦悩を露わにしていた。
彼女はわかっている。
今、目に見えている幸せな現実は、夢に過ぎないことを。
それに惑わされることなく、旅を進めることが自分の役目であることを。
全部、全部わかっている。
それでも……
夢を望まずにはいられないのだろう。
そこは、とても温かい場所だから。
「シフォン、夢に囚われたらダメだ! 確かに、温かいかもしれない。確かに、幸せかもしれない。でも、それはすでに失ったものなんだ。それを認めて、前に進んでいかないといけないんだよ。それが、残された俺達の義務だ!」
一度、距離を取り、ナルカミの針で牽制をする。
しかし、さすがは現勇者。
剣で迎撃をすることはなくて、軽く身をひねるだけで全てを回避してしまう。
これ、目視できるようなものじゃないし……
例え見えたとしても、体が動きについていけるわけないんだけどな。
「わかっているよ……レイン君の言うことは、全部わかっているの……」
シフォンは……今にも泣き出しそうな子供のような顔をしていた。
「でも……お父さんとお母さんがいたの」
「っ……!」
「あの時とまったく変わらない顔をして、優しく笑いながら、お帰り……って」
「それは……」
俺も、母さんに同じようなことを言われた。
記憶にある優しい顔で、おはようと言われた。
シフォンの気持ちは痛いほどに理解できる。
「それに……あの子もいたの。私の大事な妹。かわいい妹……そして、私をかばって死んでしまった妹……」
「かばう?」
「私の故郷、魔物に襲われて滅んだの。お父さんとお母さんは、その時に……私と妹は、なんとか逃げることができたの」
シフォンは戦いの手を止めて、過去を語る。
わかってほしいと、俺に訴えるように、自身の思いを言葉にする。
「でも、途中で魔物に追いつかれて……」
「……その後は?」
「あの子は……妹は、自分が囮になる、って言い出して。いきなり違う方向に走り出して……止めようとしたけど、間に合わなくて」
「……」
「私は姉なのに……あの子を守らないといけないのに……逆に助けられてしまった……」
「それは……」
どれだけ辛い思いをしたのだろう?
どれだけ苦しい思いをしたのだろう?
想像はできるけれど、でも、本当のところはシフォンだけにしかわからない。
今は、わかるなんてことは、口が裂けても言えなかった。
「後悔した。何度も何度も後悔して、妹のことを忘れた日なんて一日もない。あんな悲劇は、絶対に繰り返させない。そう思ったからこそ、新しい勇者になることを引き受けた」
「なら……」
「こんなところで足を止めているヒマはない。早く彗星の剣を修理して、旅を再開しないといけない。いけないのに……でも、私は……!」
シフォンの心が、使命と幸せへの願望の間で揺れ動いているのがわかる。
「辛いの……! 使命を支えにして、今までがんばってきたけど……やっぱり辛いの!」
「……シフォン……」
「お父さんとお母さんを……妹を失って、すごく辛いの……その傷は、ずっと私の心についている。癒やされることはなくて、ごまかすことしかできなくて……でも、ふとした瞬間に思い出して、泣いて、喚いて、当たり散らして……」
シフォンは泣いていた。
ぽろぽろと涙を流していた。
彼女の心の悲鳴が聞こえる。
もうダメだと訴えているのがわかる。
シフォンはとても強い人だけど……
でも、ある意味では、とても弱いのだろう。
家族を失ったことに、妹を助けられなかったことに。
そのことが重荷となり、心を縛り、苦しみ続けている。
「でも……ここで、お父さんとお母さんに会うことができた。また……妹の笑顔を見ることができた」
「だけど、それは……」
「夢でもいいよ……また、お父さんとお母さんに会えるなら。妹に会えるなら。夢でもいい……私は、ずっとこの夢に浸っていたい。だって……幸せなんだもの」
そう言うシフォンは、とても疲れているように見えた。
……なんとなくではあるが、シフォンの現在を理解する。
ずっとがんばってきたのだろう。
故郷を失い、妹を守れなかったことを悔いて……そのことをバネにして、ひたすらに走り続けてきたのだと思う。
でも、ずっと走り続けることはできない。
どこかで休憩を挟まないと、途中で潰れてしまう。
きっと、シフォンは潰れてしまう寸前だった。
止まらないといけないのに、でも、過去の経験から走り続けないといけないと信じて……
決して足を止めることはなかった。
だからこそ、この歳でAランクの冒険者になることもできたのだろう。
でも、それは無理な行為で……
ほぼほぼ倒れてしまう寸前だったのだろう。
そんな時に、アルファさんの夢に取り込まれて……自ら、受け入れてしまった。
あまりに心地よくて、優しいから。
「ねえ、レイン君」
「……なんだ?」
「私、幸せになりたいの……ここで、優しい夢を見ていたいの……そう望むことは、ダメなのかな?」
「……」
シフォンの想いが全部わかるなんて、おこがましいことは言えない。
でも、多少は理解できる。
俺も故郷を失い……
そして、いなくなったはずの家族と、ここで再会したから。
その喜びと幸せを、一度は経験したから。
それでも。
口にする言葉は決まっている。
今更、変わることはない。
「幸せになりたいと願う気持ちは、誰にも否定できない。それは、ダメなんかじゃない」
「なら……」
「でも、ここで夢を見ることはダメだ」
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