362話 友達のために
ミルフィーユとショコラは互いに顔を見合わせた。
答えは一つしかないよね? と、視線で確認しているかのようだ。
「「シフォンが望むなら肯定する」」
ミルフィーユとショコラは口を揃えて言う。
そんな二人の答えを受けて、イリスはしばし考え込み、片眉をひそめつつもう一度問いかける。
「それは、どういう意味ですの? わたくしにはよく理解できず、よければ詳しく説明していただけませんか?」
「それほど難しい話じゃないんですけどねー」
「簡単なこと。シフォンが夢を見ることを望むなら、私達も望む。それだけ」
「それはつまり……勇者であり、パーティーのリーダーであるシフォンさんに決定権があるため、それに従っている……ということでしょうか?」
「ちょっと違う」
「別にー、シフォンがこうしたから私達もこうしなければいけない、という決まりも強制力もありませんからねー」
「私達は、シフォンが望んでいることを叶えてあげたいだけ。だから、夢を見ることを肯定している」
ミルフィーユとショコラの解説を受けて、イリスはますます難しい顔になる。
とても難解な問題を解け、と言われたような表情だ。
二人のことが理解できない。
でも、とりあえず、もう少し話を聞いてみよう。
そんな感じで話を続ける。
「えっと、つまり……シフォンさんが夢を見ることを望んでいるから、あなたたちもそれに賛成している。そういうことなのですか?」
「そうですねー……ね? シンプルな答えでしょうー?」
「はぁ……なぜ、そのようなことを? そこに、あなたたちの主体性はないように感じられますが……」
「そんなことはない。私達は、シフォンのためを思い、いつも行動している。シフォンが望むこと……それは、私達が望むこと」
「なぜ、そのような答えに……」
「だって……」
ミルフィーユとショコラは、一度、互いの顔を見た。
小さく頷いて……
声を揃えて言う。
「「友達だから」」
「……」
「シフォンは、仲間である以前に、大事な友達なんですー。魂で繋がる親友といっても、過言ではありませんー」
「そんな友達のために、なにかしてあげたい。望んでいることなら、私達も受け入れてあげたい。そう思うのは、自然だ」
「悪魔と呼ばれていたあなたにはわからないかもしれませんねー。でも、人間にはそういうところがあるんですよー。損得関係なしに、感情に従い動くということが」
「シフォンは、今までたくさん傷ついてきた。たくさん泣いてきた。だから、少しくらい休んでもいい。文句を言われる筋合いはない」
なるほど……と、イリスは二人の主張を理解した。
以前の自分……封印から解放されたばかりの自分ならば、くだらないと一笑していただろう。
感情で動くなんて、なんて愚かなのだろうか。
理知的に行動することができないなんて、バカと呼ぶ以外にありえない。
……以前は、そんな結論を出していただろう。
ただ、今のイリスは違う。
人は感情で動くこともあり……
時に不合理な行動をとることもある。
人の感情、愛情、友情……そして、心にある他者に対する思いやり。
そのことを、レインとの出会いで学ぶことができた。
しかし。
あえて言おう。
「バカなのですか?」
「「なっ……!?」」
自分達の主張を一刀両断されて、ミルフィーユとショコラは顔をひきつらせた。
対するイリスは、あくまでも冷静に……しかし、わずかな苛立ちを見せていた。
「仲間のため? 友達のため? そんなことを理由に夢を受け入れていたのですか? なんていうか……やはり、バカの一言に尽きますわね」
「……ケンカを売っている?」
ショコラが怒りをにじませつつ、イリスを睨みつける。
イリスの言葉は、ショコラ達の想いを否定している。
それは、友情もまがいものだと言っているようなものだ。
そのようなこと、許せるわけがない。
普段、のんびりしているショコラではあるが……
この時ばかりは烈火のごとく怒気を放ち、イリスを強く強く睨みつけた。
「私達がバカという言葉……どういう意味で言ったんでしょうかー? そこのところ、詳しく聞かせてくれませんかー? 場合によっては……許しませんよ」
ミルフィーユも強い怒りを見せていた。
その迫力は猛禽類をはるかに凌ぎ、隙あれば喉を喰らいちぎろうという勢いだ。
そんな二人の怒りを受けても、イリスは涼しい顔をしていた。
あくまでも呆れの感情は消さず……
しかし、対話は続ける様子で、出来の悪い生徒に教える教師のように、ゆっくりと諭す。
「あなたたちの友情に対して、バカと言ったつもりはありません。まあ、わたくしの言い方も悪かったですし、そこについては謝罪いたしましょう」
「なら、どういう意味ですかー?」
「あなたたち自身がバカだと、わたくしはそう言ったのです」
「やっぱり、ケンカを売っている……?」
剣呑な表情を浮かべる二人に対して、イリスは呆れているというスタンスを崩すことはない。
「友達のため、友達の幸せのため。それについてはけっこう。素晴らしいことだと思いますわ。しかし、あなたたちは自身で考えることを放棄しているではありませんか。友達のためと考えて、そこで思考停止をして、その先を考えることはない。もしも夢を見続けることで、重大な障害が発生するようなことがあれば?」
「それは……」
「思考放棄をするのではなくて、最後まできちんと、自身の考えを持つことが大切なのではなくて?」
イリスの言葉になにかしら感じるものがあったらしく、ミルフィーユとショコラはわずかにたじろいだ。
しかし、それくらいで自分の信念は打ち消せないと、口調を強くして言う。
「……それでも、私はシフォンが望むことを叶えたい!」
「では聞きますが……シフォンさんのためとか、そういうことは一旦横に置いておいて、この現象をあなたたち自身はどう思いますか?」
「と、いうとー?」
「ミルフィーユさんとショコラさん自身は、夢を見ることに肯定的なのですか? それとも否定的なのですか?」
「それは、シフォンが……」
「ですから、シフォンさんのことは、一度、忘れてください。これは仮定の話です。もしもシフォンさんがいなかったとしたら、夢を見ることをどう思うのですか?」
「……よくはないと思いますねー」
少しの迷いの後、ミルフィーユは夢を否定する言葉を紡いだ。
それに追随するように、ショコラも頷く。
「夢を見ることは幸せ。でも、やはり、現実逃避でしかない。よくはないと思う」
「しかし、あなたは知らないでしょうが、シフォンはたくさん傷ついてきましたー。その心を癒やしてあげたいと思うのが、友達ではないでしょうかー?」
「友達だからこそ、過ちを止めないといけないのではありませんか?」
「「っ!?」」
イリスの言葉が二人の胸に深く突き刺さる。
「あなたたちは、夢を見ることはよくないと思っているのでしょう? ならば、シフォンさんを止めるべきなのです。例え、シフォンさんが夢を見ることを望んでいても、泣きわめいたとしても、絶対に止めるべきなのですわ」
「そんな、ことは……」
「いや、でも……」
イリスの言葉を強く否定できない様子で、ミルフィーユとショコラは迷いを顔に見せた。
そんな二人に、イリスはさらに言葉をぶつけていく。
己が得た経験で、己が得た感情で。
自分の言葉を語る。
「ただ相手を甘やかすだけではなくて、時に、厳しく接する。例え敵対して戦うことになったとしても、相手のためを想い、自己の信念を……正しいと思うことをぶつける。そうすることが、本当に相手のことを想う、ということなのではないのですか?」
イリスは己の胸元に手を当てて、過去を思い返しながら言う。
そう……レインは、いつだって自分のことを思ってくれていた。
温かい笑顔で凍りついた心を溶かしてくれた。
そして、間違ったことをした時は、全力で止めてくれた。
例え、敵対することになろうと。
例え、戦うことになろうと。
そうすることが、真に相手を想うということではないのか?
レインがそうしてくれたように……
そう考えるようになったからこそ、イリスは、ミルフィーユとショコラの思いを肯定できない。
その考えを、絶対的に否定してしまう。
「わたくしは、そのことを学びました。レインさまに、教えていただきました。ですから、わたくしは、わたくしの想うように動きます。対するあなたたちは、自己の信念に従うことなく、ただただシフォンさんを甘やかすだけ。そうすることが正しいと、本当に言い切れるのですか?」
ミルフィーユとショコラはなにも言えない。
大きく心をかき乱されてしまい、どうしていいかわからないでいた。
そんな二人に、イリスは静かに告げる。
「ミルフィーユさんとショコラさんは、今、本当はなにをするべきか? 今一度、考えてくれませんか? その上で、わたくしと戦うというのならば、その時は全力でお相手いたしますわ」
今日から更新を再開します。
またよろしくお願いします。




