359話 もやもや
「うにゃーん」
宿の一階で、カナデが憂鬱そうな顔をしていた。
頬杖をついた状態で、ぼーっと窓の外を眺めている。
尻尾はふら……ふら……と、思い出したかのようにたまに揺れている。
「どうしたんや、カナデ?」
二階から、トントントンと階段を鳴らしながらティナが降りてきた。
ぼーっとしているカナデに気がついて、近くに移動する。
「うーん……なんていうか、もやもやするの」
「レインの旦那に浮気でもされたん?」
「レインはそんなことしないよ!?」
「おぉう」
カナデはバンバンバンとテーブルを叩いて、大きな反応を示す。
ちょっとからかうだけのつもりだったティナは、そんなカナデの反応に驚いてしまう。
「レインは、絶対にそんなことしないんだから!」
「あー、すまん。ちょいからかうだけのつもりで、レインの旦那がそんなことをするとは、うちも思ってへんで」
「もうっ」
カナデは頬を膨らませつつ、
「だいたい、レインが私達の気持ちに気がついてくれるのに、どれだけかかったことか。そんなレインに、浮気なんて無理なんだよ」
「……ひどい言われようやなぁ。まあ、否定できへんけど」
レインに対して、妙な信頼を抱いている二人だった。
「それで……なんで憂鬱そうな顔をしてるん?」
「んー……」
カナデはぴょこぴょこと尻尾を揺らしつつ、一つ一つ言葉を紡いでいく。
「なんていうか……違和感?」
「違和感?」
「例えば、お魚が目の前にあるとするじゃない?」
「ホンマ魚好きやなぁ……それで?」
「大好きなお魚を目の前にして、私のテンションは最高潮。焼くもよし、生で食べるもよし。そのままおいしくいただこうとするんだけと……ふと、思うの。これは、本物のお魚なのかな? って」
「なんや、それ?」
「私もよくわからないのー」
「うちは、もっとわからん……」
カナデがため息をこぼして、それにつられるようにティナも吐息をこぼす。
そのまま、なんともいえない空気が流れて……
ふと、カナデが真面目な顔になる。
「私達……今、幸せだよね」
「せやね」
「でもね……なんか違うような気がするんだ」
「……」
ティナは無言を貫く。
それは、カナデの言葉になにかを感じたからであり……
ついつい考え込んでしまったためだ。
「幸せなんだけど、うれしいんだけど……なんか、もやもやするの。なにか忘れているような……本当にこのままでいいのかな、って不安になるような」
「せやね……実のところ、うちも似たようなことを考えてたわ」
きっかけは、レインと話をしたこと。
そのタイミングで、なにかしらの違和感を抱くようになった。
それがどのようなものなのか?
具体的に説明することはできないのだけど……
胸がざわついていて、このままでいいのか? ともう一人の自分が訴えてくるようだった。
「「むぅ」」
「カナデとティナも、ソラ達と同じようなことを考えていたのですね」
「あっ、ソラ」
「ルナとタニアも」
考え込む二人のところに、新たにソラとルナとタニアが姿を見せた。
三人も同じようなことを考えていたらしく、それぞれの思いを語る。
「うまく言葉にできませんが……ひどく落ち着かない気分です。世界に騙されている、とでも言うか、目の前の現実を現実と認識できません。乖離が生じています」
「我が姉の語ることはさっぱりわからぬが……なんていうか、夢を見ているような気分なのだ。現実感がないぞ」
「そうね、あたしも同意見。最初はなにも気にしていなかったんだけど……不思議と、今は違和感しか感じないわ」
これは、どういうことなのだろう?
全員で唸り、考える。
しかし、答えは出てこない。
あと一歩のところに来ているような感じはするが……
最後の一歩が、うまくいかない。
小骨が喉に刺さっているような、妙な違和感が消えてくれない。
それを解消するのは……
やはりというか、彼女達の仲間であった。
「「ただいま」」
ニーナとリファが宿に戻ってきた。
二人を見て、カナデ達はおや? と思う。
一緒に散歩に出かけたはずのニーナの母親とカルスの姿が見えない。
別行動をしているのだろうか?
そんなことを思うが、二人の表情を見て、それが違うことを知る。
ニーナとリファは……泣きそうな顔をしていた。
ただ、辛いとか悲しいとか、そういう感じはしない。
昔の懐かしい記憶に触れて、つい涙腺が緩んでしまったかのような……
そんな顔だ。
「にゃあ……ニーナ、リファ。どうしたの?」
「お母さんは……いない、よ」
「お兄ちゃんも、もういない」
「にゃん? どういうこと?」
「別行動をしている……っていうわけじゃないのよね? えっと……どういう意味?」
タニアの問いかけに、少しの間を作ってから、リファが答える。
「ボク達は……」
――――――――――
今、どれくらいだろうか?
かなりの階数を登ったと思うのだけど、未だ頂上にたどり着けない。
「レインさま、体力は大丈夫ですか?」
「ああ、それは問題ないよ」
カナデと契約をして得た力があるから、体力に関しては問題ない。
イリスも背中の翼を使い、半ば飛ぶようにして移動しているため、それほどの疲労はないだろう。
「ただ……さすがに、これだけの数を相手にするのは面倒だな」
「ですわね……いい加減、打ち止めになってほしいのですが」
肉体的な疲労は、まだ問題ない。
しかし、精神的な疲労の方はそれなりにきつい。
ずっと戦いが続いているため、長時間の集中を余儀なくされて……
心がすり減るような気分だった。
アルファさんが魔物を生み出しているのか。
あるいは……第三勢力と手を組んだか。
前者であってほしいが、それは楽観的希望というやつで、おそらく後者だろう。
「あら、また転移門を発見しましたわ」
階段を登ると、空間と空間を繋げている転移門を見つけた。
蜃気楼のように揺らいでいて、そこから魔物が姿を見せている。
罠のような形で、第三者が残していったものだろう。
「消えなさい」
イリスが手を振ると、魔物と一緒に転移門が消えた。
召喚魔法の応用で、転移門に干渉して、消去することが可能らしい。
「これで五つ目……本当、厄介ですわね」
「でも、一歩一歩、着実に近づいていると思う」
事実、魔物の数は減ってきていた。
ゼロというわけにはいかないが、塔を上り始めた頃に比べると、半分以下になっている。
それなりの疲労が溜まっているが……
その分、敵を追い詰めているはずだ。
「そろそろ終点でしょうか?」
「そうであってほしいが、簡単にたどり着けるとは思えないな」
「あら、それはフラグですか?」
「そんなつもりはないが……」
「……しかし、レインさまがそのようなことを仰るから、新しい敵が現れたようですわよ?」
コツコツコツと階段を下る音。
一人分ではなくて、三人分の足音が響く。
ややあって、姿を見せたのは……
「ミルフィーユ? それと、ショコラに……シフォン!?」
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