356話 敵の敵は味方
「あーもうっ、なんなのよ、あの天族は!?」
さきほどの廃屋から遠く離れた場所にある丘の上。
かろうじて廃屋を視認できるところに、モニカとリーンの姿があった。
リーンは、不機嫌ですとアピールするように頬を膨らませて、八つ当たり気味に杖を振り回す。
伝説の装備がガシガシと地面に当たるのだけど、そんなことはまるで気にしていない。
「ふつー、いきなり攻撃魔法を叩き込んでくる!? まずは中を確認するとか、声をかけるとか、そうするのが普通じゃない!?」
「念の為に、私の幻影魔法を使用しておいて、正解でしたね」
レインならば、自分達の居場所を突き止めたとしてもおかしくはない。
そう判断したモニカは、二度目の魔物召喚の前に、自分達の幻影を作り出して様子を見ることにしたのだ。
その判断は正解だった。
レイン達は即座に自分達の居場所を見つけた。
いきなりの奇襲は、さすがに想定外ではあるが……
慎重なモニカのおかげで、二人は窮地に陥るハメにならずに済んだ。
「また魔物をぶつけてやろうって思ってたのに、これじゃあ、うまくできないじゃない」
「一度、襲われていることもあり、強く警戒しているみたいですね。これまでのように、容易にはいかないでしょう」
「ってかさ。あの天族、いきなり攻撃してきたじゃない? これ、もう裏切りって確定してもいいんじゃない?」
「そうですね……」
モニカは考える。
イリスがこちらをしっかりと確認していたか?
認識していたか?
それは、なんともいえないところだ。
わざわざ見つかるために行動していたわけではなくて、見つからないように、気配などは最小限に抑えていた。
しかし、イリスは聡い。
モニカとリーンの存在を知りながらも、攻撃をしかけたかもしれない。
構うことなく、攻撃魔法を放った可能性がある。
「……今はまだ、なんともいえないですね」
結局、モニカは様子見という判断をくだした。
状況を見れば、イリスは白ではない。
それなりの確率で、すでに自分達の手を離れたと考えるべきだろう。
しかし、イリスはリースのお気に入りだ。
愛する主のために、ここで簡単にイリスを見限るようなことはしたくない。
「もう少し、様子を見ましょう。切り捨てるのは簡単ですが、それで失敗してしまっては、元も子もありませんから」
「つまらないわねー。あのいけすかない天族をギャフンと言わせてやりたいのに」
「もちろん、その準備をしておくことは必須です。いざという時は……」
「わかってるし。モニカ達がいう処置、ちゃんとやってやるわ」
リーンがニヤリと笑う。
その時のことを想像して、愉悦を抱いているらしい。
「でもさー、あの役立たずは始末してもいいよね?」
「レインさんのことですか? そうですね……排除できるのならば、そうした方がいいかもしれませんね。幸いというか、今は好機ですし」
レインの仲間達は夢に囚われている。
行動不能に陥っているわけではないが、それでも、通常と比べて動きが鈍くなっていることは確かだ。
守りは薄く……
今ならば、レインに痛い一撃を浴びせることも不可能ではない。
「なにか考えが?」
「敵の敵は味方、ってね」
――――――――――
「しかし、これからどうしたものかな……」
廃屋を後にした俺達は、街を見て回る。
警戒はしているが、二度目の襲撃はない感じだ。
俺達の奇襲を受けて、敵も慎重になっているのだろう。
「レインさまの仲間は、未だ夢の中……勇者も夢の中……その上で、第三勢力の出現。なかなかに、状況が混沌としてきましたわね」
「頭が痛いよ……」
「ふふっ。いっそのこと、アルファさんの夢に埋もれてしまいますか?」
「それはダメかな」
「あら? そこは、ハッキリと仰るのですね」
だって、幸せになれないから。
「レインさまにしては珍しく、相手の思想、主張を否定するのですね」
「こればかりは……な」
何度も何度も考えた。
でも、答えは変わらない。
アルファさんの夢で幸せになることはできない。
その一択だ。
「そういう結論になっているということは、わたくし達が取る行動は、もはや一つしかないのでは?」
「……だよな」
アルファさんは、おそらく、自分から夢を解除することはない。
そして、俺達は、それを絶対に認めない。
互いの主張が混じり合うことはなくて、いつまでも平行線。
こうなると、解決策は一つだけだ。
力で打ち破る。
「……そのような判断になりましたか」
「「っ!?」」
突然、背後から声が響いて、俺とイリスは同時に振り返る。
いつからそこにいたのか?
どこか寂しそうな、悲しそうな顔をした、アルファさんの姿が。
いつの間に……と驚くものの、よくよく考えてみれば、カグネはアルファさんの結界で包まれている。
いわば、全てがアルファさんの手の内。
この街にいる以上、こちらの行動は筒抜けだったのだろう。
「残念です。できることならば、私の理想を理解してもらいたかったのですが……」
「それは無理な相談だ」
全ての人を幸せにする。
そこだけを切り取るのならば、すばらしい考えだと思う。
ただ、そのための方法はいただけない。
幸せな夢の世界に浸る……しかし、それは現実逃避だ。
辛いことに目を背けて、幸せに逃げている。
「現実逃避がいけないんですか? 辛いことがあり、心も体も傷ついているのに、それでもなお、立ち向かわないといけないんですか?」
「一時的なものなら、構わないと思う。休む時間は必要だ。でも、ずっととなると話は別だ。そこで立ち止まり、先に進む力を失い……やがて、そのまま朽ちてしまうだろう」
「それは、いけないことですか? 最後まで幸せでいられるのならば、なにも問題ないと思いますが」
「それじゃあダメなんだよ。幸せを感じているからって、本当に幸せとは限らないんだ」
「……レインさんの言っていることは、私には理解できません。やはり……最終的には、どちらが正しいか、力で示すしかないようですね」
今まで、色々なヤツと敵対して、戦ってきたが……
できることならば、アルファさんとはそうなりたくなかった。
彼女は純粋だ。
その手段は偏っているものの、誰かのために、という思いが行動理念となっている。
今までの敵とは違い、悪ではない。
そのことに、とてもやりづらいものを覚えた。
とはいえ、ここで退くわけにはいかない。
アルファさんのやり方が間違っていると、そう断言できるから。
俺も信念を抱えているから。
だから、正しいと思うことをやり遂げていく。
それだけだ。
「では……決着をつけましょう。私の城にて、お待ちしています」
一礼をすると、アルファさんの姿は空気に溶けるように消えた。
本物ではなくて、幻影だったのだろう。
ここは、アルファさんの世界の中。
自分の分身を作り出すくらい、簡単というわけか。
そんな人を相手にしなければならない。
なかなかに骨が折れそうだ。
みんながいないことは、けっこう不安になってしまうが……
でも、そのみんなを助けるためにも、俺ががんばらないと。
「レインさま」
「うん?」
「自分一人で……などと、全てを気負うような顔をしておりますが、わたくしがいることをお忘れなく」
「……イリス……」
「わたくしも、レインさまのために力を振るいますわ」
「……ああ、ありがとう」
「ふふっ、どういたしまして」
イリスは優しく微笑むのだった。
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