353話 勇者として
「レイン君、大丈夫!?」
「シフォン!? どうしてここに……」
シフォンは夢に囚われているはずだ。
それなのに、どうして……
「レインさま、今は……!」
「あ、ああっ、そうだな」
疑問はあるのだけど、それを追及しているヒマはない。
魔物の迎撃と、街の人の安全を最優先にして行動しないと。
「来たれ。異界の炎」
「ギガボルト!」
イリスとシフォンが魔法で魔物を一気に薙ぎ払い、
「はぁ!」
取りこぼしたヤツを、俺がカムイで斬り捨てた。
シフォンが加わったことで、抜群に戦線が安定した。
さすが、新しい勇者。
その戦闘力はすごいの一言に尽きる。
「ふう……このようなところでしょうか?」
ほどなくして魔物を殲滅した。
念の為に、複数の犬を使役して街を見回らせたけれど、魔物は見つからなかった。
ひとまず安心してもいいだろう。
その後、俺達は子供を親のところに送り届けて……
人気のない広場に移動して、シフォンから話を聞くことに。
「といっても、私が話せることは大してないんだけどね」
「シフォンは、どうしてあの場に?」
「ただの偶然。お母さんに頼まれた買い物をしていたら、なにか争うような物音が聞こえてきたから……様子を見に行ったらレイン君と……その子? が魔物と戦っていたの」
シフォンは、イリスを見て、その子は? と問いかけるような目を向けてきた。
「彼女はイリス。友達で、新しい仲間候補」
「え?」
「え?」
イリスが驚いたような声をあげて、俺も似たような声をこぼしてしまう。
「わたくし……レインさまのお友達なのですか?」
「え? いや、そのつもりだけど……」
もしかして、そう思っていたのは俺だけ?
「……ふふっ、なんでもありませんわ。ちょっと驚いただけで、イヤというわけではありませんから」
よかった。
ここで、「自意識過剰ですわ。勘違いしないでくれませんか?」なんて言われたら、立ち直れないところだった。
「そうなんだ。よろしくね、イリスさん。私は、シフォン・ノクス。こんなだけど、一応、勇者をやっているの」
「よろしくお願いいたします。イリスですわ」
イリスと握手を交わした後、シフォンはこちらを見る。
「レイン君達は、どうして魔物に?」
「それは……正直、よくわからない」
「え、わからないの?」
「イリスと街を散歩していたら、突然、現れたんだ。偶然、街に入り込んだのか、あるいは何者かの仕業なのか。心当たりはないんだよな」
「そうなんだ……」
「見た以上、放置はできないからな。とりあえず、これから調べてみるつもりだ」
「そういうことなら、私も手伝うよ」
「いいのか? 用事の途中なんだろう?」
「そうだけど、でも、私は勇者だからね。この街の人が魔物に襲われるかもしれないと知って、放置しておくことはできないわ。できることがあるなら、なんでもやっておかないと」
そうすることが当たり前のように、シフォンはきっぱりと言い切った。
たぶんだけど、シフォンはまだ夢に囚われている。
それでも、己の使命を忘れることはない。
誰かのために剣を取っている。
とてもじゃないけれど、普通はできないことだ。
シフォンが勇者に選ばれた理由を、改めて理解した。
「シフォンは、別にお願いしたいことがあるんだけど、いいか?」
「え? どんなこと?」
「ギルドに報告をしてほしい。また魔物が侵入してこないとも限らないし、その時は、俺達以外の人手が必要になるはずだ。ギルドに報告をして、応援を頼んでおいた方がいい」
「そっか、それもそうだね。でも、どうして私なの?」
「俺は普通の冒険者だからな。それよりは、勇者であるシフォンが行った方が、色々と話が早いだろう」
夢に囚われているシフォンと行動を共にするのは、どんなリスクがあるのかわからない。
もしかしたら、アルファさんの言いなりになってしまうかもしれないし……もう少し、色々なことが把握できないうちは、一緒の行動は避けておきたい。
それが本音であり、シフォンと別行動をする理由だったりする。
「私じゃなくても、レイン君も知名度は抜群だと思うんだけど……」
「こういう時は、知名度よりも肩書の方が優先されるだろう? だから、シフォンが適任なんだよ」
「そう言われると、まあ……うん、了解。そういうことなら、私の方から報告をしておくね。レイン君達はどうするの?」
「俺達は、もう少し街を見てみるよ。なにかしら、新しい発見があるかもしれない」
「なにがあるかわからないから、気をつけてね?」
「わかっているよ。念の為、シフォンも」
「うん」
笑顔で手を振り、シフォンと別れる。
うまい具合に別行動をとることができた。
「レインさま、この後はどうされるのですか? 当初の予定通り、仲間の目を覚ますことを目的に?」
「ニーナとリファ、それとティナと話はしておきたい。ただ、みんなの目を覚ましたらそれで解決、っていう単純な話じゃなくなってきたな」
今回の事件に便乗する形で、魔物を街に送り込んだ者がいる。
その目的はわからないが……
魔物を利用するようなヤツだ。
どう考えてもまともな目的ではないだろうし、見過ごすことはできない。
「次から次に問題が……」
「頭が痛いですわね。とはいえ、今は一つ一つ、やるべきことを消化していきましょう。そうする以外の道はありませんし……そのうち、なにかが見えてくるかもしれませんわ」
「そうだな……って、そういえば、今更の話なんだけど」
「なんでしょう?」
「イリスは、俺に協力してくれる、っていうことでいいのか? 一緒にこの事件を解決してくれるのか?」
俺の目を覚ましてくれた時から、なんとなくで一緒に行動していたが……
イリスがどうしたいのか? どうするつもりなのか?
その部分を、ハッキリと聞いていなかったような気がする。
「本当、今更の話ですわね」
イリスは、やや呆れたような感じでため息をこぼした。
それから、まっすぐな視線をこちらに向ける。
「レインさまに協力することは、やぶさかではありません。ただ、わたくしは人間が嫌いですわ。カグネの人々がどうなろうと、知ったことではありません」
「そっか……」
「ただ……わたくし個人として、アルファさんを許すことはできません。故に、彼女と敵対いたします」
「それは、どうして?」
「わたくしも、一時は彼女の夢に囚われていました。家族や仲間が生きているという、幸せな夢を見ていました。それが……とてつもなく許せないのです」
イリスは、なにかを耐えるように、奥歯をぐっと噛む。
それから、胸元を震える手で掴んだ。
「父さまがいました。母さまがいました。親友がいました。みんな、笑っていました。とても幸せな夢でした……だからこそ、許せないのです。アルファさんは、皆の死を踏みにじりました。そうした方が正しいと勝手に思い込み、なかったことにした。わたくしから……皆の死を奪った」
ギリギリとイリスの目尻が吊り上がる。
とてつもなく大きな怒りを見せていた。
その気持ちは、わからないでもない。
大切な人が去ることは悲しく、とても辛い。
それでも、その人が死んだ時の記憶は大事なものなのだ。
他のものに変えることはできない、絶対的なものなのだ。
アルファさんの夢を見るということは、それを忘れるということ。
大事な記憶を奪われるということ。
幸せならばそれでいい、と思う人もいるかもしれないが……
俺やイリスは、それをよしとしない。
逆に、大事なものを奪われたと怒りを覚えるタイプなのだ。
「なので、わたくしも一緒に戦いますわ」
「ああ、わかったよ。頼りにしてもいいか?」
「ええ、任せてくださいませ」
イリスはスカートに手をやり、綺麗にお辞儀をしてみせるのだった。
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