351話 幸せですか?
「よし、おまたせ。もう大丈夫だ」
「それはよかったです。それで、レインさまは、カナデさん達の気持ちにどんな答えを出すのですか?」
「……意地悪してないか?」
「ふふっ、すみません。ここまでうろたえるレインさまも、なかなかに珍しいものなので」
イリスは楽しそうに笑う。
その背中の翼が、小悪魔のものに変化している……ような気がした。
「その点については……卑怯だが、後回しにする。今のカナデ達に話をしても混乱させるだけのような気がするし、それに、本人の意図しないところで知ってしまったことだ。それは……なんていうか、どうかと思う」
「本当に卑怯ですわね」
「うぐ……」
「ですが……レインさまのそれは、彼女達と正面から向き合おうとする誠実なそれ。そこは、好感が持てますわ。まあ、今までの鈍感さを考えると、プラスマイナスゼロになってしまいますが」
「……イリスは、俺を褒めたいのか貶めたいのか、どっちなんだ?」
「ふふっ。さあ、どちらでしょう?」
ひたすらに分が悪い。
いや、まあ、自業自得ではあるのだが。
「カナデさん達の目を覚ますことを第一に考える……それについては賛成ですわ。今は他の話はしない方がいいでしょうね。カナデさん達はどちらに?」
「たぶん、宿にいると思う」
そんなわけで、俺とイリスは宿に移動した。
「……」
イリスは少し落ち着かない様子だ。
よくよく考えてみれば、イリスがカナデ達と顔を合わせるのは、ジスの村で戦って以来だ。
それ故に、気まずいものを感じているのかもしれない。
「……あ……」
落ち着いてほしくて、いつもの調子を取り戻してほしくて。
俺にできることはないかと考えて、イリスの手を握る。
誰かの温もりを感じると、人は落ち着くものだ。
イリスは最強種ではあるが……
心の在り方は変わらないと思い、実行してみた。
「……レインさま……」
「大丈夫だから」
「ありがとうございます」
イリスの体から余計な力が抜けて、笑みが戻る。
「ただ……いきなり乙女の手を握るなんてこと、控えた方がよろしいですわ。相手に勘違いをさせてしまうかもしれませんわ」
「え? いや、それは……」
「わたくしも勘違いしてしまいましょうか?」
「え!?」
「ふふっ、冗談ですわ」
まいった。
色々な意味で、イリスに振り回されている。
元気になったのはいいんだけど……
少し元気になりすぎたかなあ、なんてことを思ってしまうのだった。
「あっ、レインだ!」
宿の扉が開いて、カナデが姿を見せた。
その隣に、ルナもいる。
「おおう、レインではないか。ちょうどいいところに来たな」
「ん? 俺を探してたのか?」
「うむ! これから、夕飯の材料の買い物に行こうと思ってな。レインは今夜、なにを食べたいのだ? 我が作ってやるのだ!」
「にゃー、私も一緒に作るよ」
「うむ。我ら妻達の共同作業なのだ。あ……ソラにはかわいそうだが、しかし、手は出させないから安心していいぞ?」
二人は俺と結婚して、ごはんを作るということを幸せと感じている……というわけか。
今更……本当に今更ではあるけど、そんな風に思われていたなんて。
気づくのが遅くて申し訳ないと思うと同時に、うれしくもある。
なんであれ、好意を向けられることはうれしいことだ。
「レイン? どうしたの? なんか、難しい顔しているよ」
「あ……いや、なんでもないんだ。それよりも……」
「あっ、イリスだ。また会ったね。どうかしたの?」
「ん? ……おおっ!? 言われてみれば本当にイリスではないか!? 久しぶりなのだ!」
「ふふっ、ごきげんよう」
ルナはイリスと再会できたことを純粋に喜んでいるらしく、いい笑顔だ。
「む? カナデはイリスがいることを知っているのか?」
「うん。この前に、偶然会ったんだ」
「そうなのか。教えてくれればよかったのに……本当に久しぶりだから、驚いたのだ」
「そうだよね、本当に久しぶりだよねー。前に会った時は……会った時は……あれ? なんだっけ?」
「カナデよ、もうボケたのか? イリスとは……む? なんなのだ?」
イリスと戦った時の記憶が改ざんされているらしく、二人は怪訝そうな顔になる。
今はその方が都合がいいので、あえて指摘しないでおく。
一から説明すると、夢のことも説明しないといけなくなるからな。
「まあまあ、そのようなことはどうでもいいではありませんか。それよりも、少しお話をよろしいですか?」
「にゃん? 私は構わないけど……」
「うむ、我も構わないぞ。別に、買い物を急いでいるわけではないからな」
「では……お二人は今、幸せですか?」
「え? それは、どういう……?」
「む? 質問の意味がよくわからぬぞ?」
不思議そうにする二人に、イリスの言葉を引き継ぎ、俺も問いかける。
「今、この時間がずっと続いてほしい……そう思うか?」
「えっと、レイン達がなにを言いたいのかよくわからないけど……もちろんだよ!」
カナデが笑顔で言う。
「我は今、幸せなのだ! 故に、今がずっと続いてほしいと思うぞ。当たり前ではないか」
ルナが笑顔で言う。
「ずっと、こうしていたい?」
「うん! だって、ようやくレインと結ばれて……あれ? でも、私、いつ告白したんだっけ……?」
「できるだけ長くこうしていたいと思うのだ。それは、誰もが……む? そもそも、いつこの時間が始まったのだ……?」
なにか引っかかりを覚えた様子で、カナデとルナは小首を傾げた。
うんうんと唸っている。
今すぐに目を覚ますことはできないみたいだけど……
ただ、可能性は見えた。
二人は完全に夢を受け入れたわけではなくて、どこかで疑問を抱いているみたいだ。
「……レインさま、このまま押していけば目を覚ますことができるかもしれませんわ」
イリスが小声でそんなアドバイスをしてくれるのだけど……
「……いや。今は、これ以上はやめておこう」
「……どうしてですか?」
「……俺達はなにもなく目を覚ますことができたけど、全員がそうとは限らない。どんな影響があるかわからないし、少しずつ、様子を見ていこう。幸い、今は多少の余裕があるからな」
「……まったく。仲間に対しては、とことん甘いのですね。ですが、そういうところはレインさまらしいですわ。なにも変わっておらず、安心いたしました」
イリスが穏やかに笑う。
その瞳に浮かんでいる感情は、優しさだ。
イリスのこんな表情を見られるなんて……
ついつい驚いてしまう。
根は優しい女の子だと思っていたけど……
以前は、復讐心が表に出ているせいで、なかなか優しさがわかりづらかった。
でも、今はわりと穏やかになっている。
なにが彼女を変えたのか?
もしかしたら、俺が関係しているのか?
だとしたら、とてもうれしいことのように思えた。
「にゃー、レイン? 私達……なにか忘れてる?」
「むう……なんかスッキリしないのだ」
「考えてみてくれ。今は、それくらいしか言えない」
「にゃん?」
「他のみんなは?」
「えっと……タニアとソラとティナは、宿にいるよ。ニーナとリファは、また出かけちゃったかな?」
「そっか、ありがと」
礼を言って、宿の中に入ろうとする。
その手前で、もう一度、カナデとルナを見た。
「カナデ、ルナ……信じているから」
「にゃん?」
「むう?」
二人は怪訝そうな顔をするものの、今は、それ以上は言わない。
俺はイリスと一緒に、宿の中へ移動した。
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