348話 対話・その2
「アルファさんが話をしたいって言っておいてなんだけど、最初は、俺から色々と質問をしてもいいか?」
「はい、構いませんよ。レインさんに納得してもらうことが、私の目的の一つでもありますから」
「助かるよ」
早計かもしれないが、悪い人じゃなさそうだ。
気さくな性格をしているし、とても気軽に話をすることができる。
まあ……この状況を作り出したのは彼女で、心を許していい相手ではないが。
「じゃあ、ストレートに聞きますけど……なぜこんなことを?」
「本当にストレートですね。ふふ、そういう人間は嫌いではありませんよ」
アルファさんは優しく笑う。
そんな態度を見せられると、ものすごくやりにくい。
今まで敵対してきた相手は、ほぼほぼ敵意をぶつけられてきた。
隣のイリスも、対峙した時は敵意をぶつけてきた。
しかし、アルファさんにはそれがない。
どこにでもいる普通の人と変わらない様子で……正直、ペースを崩されてしまう。
「世の中には理不尽なことがあふれていると思いませんか? 病、事故、犯罪、悪意……それらは、思いもよらぬ形で牙を向いて襲いかかってきます。それらに抗うことができる人は、ほんの一握り。大抵の人は飲み込まれてしまい、傷つき、不幸になってしまいます」
「……まあ、否定はしない」
ちょっと誇張しているところはあるものの、アルファさんの言っていることは間違いというわけでもない。
「私は、不幸になってしまった人を救いたいんです。いえ、不幸そのものを取り除きたいんです。そのために……」
「この状況を作り上げた?」
「はい、そのとおりです」
「いったい、どんなふうにしてそんなことを?」
「私の最強種としての能力を使い、そして、そこのイリスさんに協力をしていただきました」
イリスが気まずそうに顔を逸らすのが見えた。
反省はしているみたいだ。
「具体的な方法は……」
「それは、すみませんが秘密です。今のところ、レインさん達がどう動くのか、わからないので……なるべく、不確定要素を増やすわけにはいかないんです」
さすがに、大事な情報をペラペラと喋るほど甘くはないか。
「どうして、不幸な人を救いたいと?」
「目の前で困っている人がいる。その人に手を差し伸べる……ただ、それだけのことです」
「手を差し伸べる……か」
ただ単に、力を貸したり助けたりするだけならば、深く気にすることはない。
でも、幸せな夢を見せて、現実逃避をさせることをするなんて……
「私の夢を現実逃避、と思っていますか?」
「どうして……」
「レインさまは、顔に出やすいですから」
イリスがちょっと意地悪な顔でそう言う。
それで間違いないというように、アルファさんも、少し困った様子で頷いていた。
俺、そんなに顔に出るのだろうか……?
やるつもりもないけど、賭け事には絶対に手を出さない方がいいな。
「レインさんもイリスさんも、一度は体験したからわかるでしょう? 私の夢は、夢でありながら現実でもあります。確かなものとして、そこに存在することができます」
「でも、所詮は夢だろう? いつか覚めるものだ」
「いえ、そうはなりません。今はまだ不安定ではありますが……完全に術式が完成すれば、夢は現実となります」
つまり……
思うように現実を書き換えられるということか?
そんなこと、まるで神様じゃないか。
「信じてもらうしかありませんが……私に悪意はありません。夢を見せて、人々を傷つける……そのようなことは考えていません。考えていることは、ただ一つ。幸せな世界を作りたい、ということだけです」
「そのために、俺の仲間やカグネの人々を夢に囚えた?」
「誓って言いますが、無理矢理ということはありません。心に傷を持たない人は、なにも影響はありません。傷のある人だけが私の夢に反応して……そして、自ら夢を受け入れていくのです。私の夢に、強制力があると思いましたか?」
「それは……」
ないと思う。
自然と受け入れてしまうほどに、アルファさんが見せる夢は幸せに満ち溢れていた。
でも、だからといって、それは……
「私の夢、受け入れられませんか?」
こちらの迷いを見抜いた様子で、アルファさんが静かに問いかけてくる。
「私からも聞きたいことがあって……どうして、レインさんとイリスさんは目を覚ましているんですか? なぜ、夢を拒むのですか?」
「決まっていますわ」
俺の代わりに、イリスが毅然とした態度で答える。
「夢は、所詮夢。幻ですわ。そのようなものにすがっても仕方ありません。わたくしたちは、今、生きている。だからこそ、前に進まないといけないのです。夢を見ることは無意味でしかなくて、愚かな現実逃避ですわ」
「現実逃避のなにがいけないんですか?」
「……なんですって?」
「現実は辛いことで満ち溢れています。それと対峙しなければいけないと、誰が決めたんですか? 逃げることは悪だと、そう言うのですか?」
「それは……」
「イリスさんは強いから、そう言えるのかもしれません。しかし、世の全ての人がそういうわけではありません。弱い人もいます。そんな人は、辛い現実に押しつぶされてしまうことがあります。だからこそ、私は夢を見せることにしたのです。そういう人を救うために」
「……」
イリスは言葉を止めた。
アルファさんの言葉に耳を傾けている。
彼女自身、どこかで迷いがあるのかもしれない。
……俺と同じように。
「俺が目を覚ましたのは……」
アルファさんが作ろうとしている世界は、とても優しいのかもしれない。
誰もが幸せになることができて、傷つくことがない。
だからこそ、迷いを覚えていた。
もしかしたら、アルファさんが正しいのでは? なんてことを考えていた。
でも。
イリスのさきほどの言葉で、俺の中で気持ちが定まった。
今、生きている。
その言葉が胸に強く響いて、迷いを打ち消してくれた。
「生きているからだ」
「生きているから? イリスさんも言いましたが、どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。生きていればうれしいことがあるし、辛いこともある。それが当たり前で、生きている、っていうことなんだよ」
「……」
「それなのに、良いことだけを切り取り、悪いことを全て排除するなんて……あまりに都合がよすぎる。それじゃあ、生きているなんて言えないよ。良いことも悪いことも、全部受け止めて、前に進まないといけないんだ。そうしないと、成長することはできないんだ」
「……残念です」
静かに話を聞いていたアルファさんは、小さなため息をこぼした。
その瞳に浮かべている感情は……諦めだ。
「レインさんやイリスさんの言葉を否定するつもりはありませんが……所詮、それは強者の言葉。弱者のことをまるで考えていません。誰もがあなた達のように生きられると思わないでください。小さな傷一つで、致命傷を負ってしまう人もいるんです」
「でも、それは……!」
「どうやら、話は決裂のようですね。だからといって、今すぐに排除したり攻撃をするような真似はしませんが……せめて、私の邪魔をしないでください。カグネから立ち去るのならば、なにもしないと誓いましょう」
「ま……」
引き留めようとするが、それよりも先に、アルファさんを白い霧が包み込んだ。
すぐに霧は消えるけれど……
アルファさんの姿はすでにない。
「逃げられましたわね」
「……あるいは、見逃された、と言うべきか」
なかなかに判断に迷うところだ。
「レインさま。これからどうされますか? アルファさんの口ぶりからすると、立ち去らなければ、邪魔をするならば、実力行使もありえるという感じでしたが」
「俺は、アルファさんを止める」
仲間やシフォン達が夢に囚われているという理由もあるが……
それ以上に、こんな世界は認められない。
夢を見ていれば幸せになる。
確かに、その通りかもしれない。
でも、夢が終わる時が来たら、どうすればいい?
夢を作り出しているアルファさんは、不老不死じゃない。
いつか夢は終わる。
そして、現実と対面しなければいけない時が来る。
夢を見ていたら、成長することなく、逆に退化してしまうだろう。
そして、目が覚めた時……まず間違いなく、現実に押しつぶされてしまう。
イリスが言っていたように、本気で現実逃避でしかなくて……
成長する機会を奪い、逆に退化させて、破滅を確定的にさせているだけなのだ。
俺は、そう考えている。
どちらの主張が正しいか?
それは、後の人が判断することで……
今を生きる俺は、自分が正しいと思うことを信じて、前に突き進むだけだ。
「ふふっ、さすがレインさまですわ。そうおっしゃってくれると思っていました」
俺の考えを聞いたイリスは、とてもうれしそうに微笑んだ。
「これからについてだけど……まず、みんなの目を覚ましたい」
「ですわね。手が足りませんし、彼女達がいないとなると、かなりの戦力ダウンですからね」
「ただその前に……」
「その前に?」
「イリスの話を聞かせてくれないか? そういう約束だったよな」
「……覚えていたのですね」
いたずらがばれた子供のような感じで、イリスはため息をこぼすのだった。
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