346話 勇者が望む幸せ
「イリスはシフォンのことを知っているんだな」
街を歩いてシフォン達を探す中、隣を歩くイリスにそんなことを尋ねてみた。
「え?」
「だって、シフォンっていう名前を出しても、そうですか、という感じでなにも反応しないだろう? だから、知っているんだよな」
「あー……わたくしとしたことが、なんていうつまらないうっかりを」
イリスが気まずそう顔をして、ふいっと視線を逸らした。
ものすごく怪しい。
なにか企んでいたのだろうか?
「シフォンが次の勇者になったこと、ほとんど知られていないはずなんだけど」
「……」
「偶然、目的地が同じだった……っていうのは、ちょっと無理があるよな」
「……」
「シフォンのことを調べていたとか、あるいは、なにかしらの目的を抱いていたとか」
「わかりました、わかりましたわ……わたくしの負けですわ。はぁ……そういう風にネチネチと尋問するなんて、レインさま、意外と意地悪なのですね」
「イリスのことだから気になるんだ。その……また戦うようなことは、できれば避けたい」
イリスと命を賭けて争った時のことを思い出す。
あの時は他に手がなくて、仕方なく戦ったけれど……
できることなら、もう二度と、イリスと争いたくない。
「……レインさま……」
「だから、頼むよ。なにかしら考えているのなら、教えてほしい。それが、もしも困っていることなら、教えてほしい。力になるから」
「こうして顔を合わせるのは久しぶりになりますが……ふふっ、レインさまは、本当になにも変わらないのですね。あの頃と同じ、とんでもなくお人好しで、どこか危なっかしくて……でも、とても優しい心を持っていらっしゃる」
イリスは若干頬を染めつつ、こちらをじっと見つめてきた。
その瞳に宿る感情は……信頼?
それと、優しさだろうか?
やっぱり、イリスは変わった。
以前、戦った時とはぜんぜん違う。
性格とかはそのままなんだけど、丸くなったというか……憑き物が落ちたような感じだ。
「わかりました。わたくしのことはぼかしていたのですが、今までになにが起きて、なにを考えるようになったのか。全てをお話いたしますわ」
「本当か!?」
「ええ。わたくし、約束は守る方なのですよ?」
「気に入った相手なら、なんだよな?」
「ふふっ、それ、覚えていたのですね」
イリスがいたずらっ子のように笑う。
こういうところは変わっていないみたいだ。
「ご安心ください。以前も言いましたが、レインさまのことは気に入っていますから。約束はきちんと守りますわ」
「それじゃあ……」
「ただ……今は、わたくしのことよりも優先することがあるみたいですわ」
ちらりと、イリスが離れたところに視線を飛ばした。
その視線を追いかけると……
「シフォン!」
行方不明になっている勇者の姿があった。
――――――――――
「ふふっ、ドキドキしますわね」
「えっと……」
楽しそうなイリスとは対照的に、俺はひたすらに困っていた。
シフォンは今、どういう状況に陥っているのか?
それを確かめるために、まずは離れたところから観察しよう、という話になり、尾行をしているところだ。
その際、なぜかイリスとぴったりと密着をするハメに。
物陰に隠れて、体を重ね合わせるようにしていて……
これじゃあまるで、こっそりと逢い引きをする恋人じゃないか。
「どうしたのですか、レインさま? 顔が赤いですわよ」
イリスは、とても楽しそうな感じでニヤニヤしていた。
くっ……確信犯だな。
「尾行はともかくとして、なんでこんなに密着しないといけないんだ……?」
「あら、当然でしょう。堂々としていたら、すぐに見つかってしまいますわ。わたくし達は、尾行スキルなど持っていないのですから。ならば、素人考えですが、こうしていた方がわかりにくいと思いませんか?」
「それは……」
一理あるような、ないような……
「まあ本音を言うと、わたくしと密着してあたふたするレインさまがかわいらしい、という楽しみもありますが」
「おいこら」
「ふふっ、失礼しました」
やれやれとため息をこぼすものの、イリスを責める気にはなれない。
変な意味じゃなくて、なんだかんだで、この時間を楽しんでいた。
以前は、こうしてイリスとゆっくり語る時間なんて、ほとんどとれなかったからな……
異常事態に巻き込まれているのだけど、でも、この時間を楽しいと感じていた。
とはいえ、本当に楽しんでばかりではいられない。
やることは、きっちりとやらないと。
「シフォンは?」
「ご安心を。こちらに気づく様子はありませんわ」
俺達はシフォンの尾行を続けて……
ほどなくして足を止めた。
シフォンが年老いた夫婦らしき男女と合流した。
とても楽しそうに、親しそうに話をしている。
「ご家族でしょうか?」
「たぶんな。普通に考えるなら、おじいちゃんおばあちゃんなんだろうけど……」
それにしては、シフォンは気さくすぎるような気がした。
コロコロと笑っているし、時折、ぽんぽんと老夫妻の体に触れている。
俺達くらいの歳になると、祖父祖母相手には、それなりに敬意を持って接するようになる。
子供の頃は遠慮がないけれど、大人になると礼節が身につくからな。
でも、シフォンの態度は、祖父母に対するソレではない。
どちらかというと、実の両親に対するようなものだ。
子供っていうのは、いつまで経っても子供で……
親に対しては、わりと気さくに接し続けるものだ。
まあ、一般論で、誰も彼もに当てはまるわけじゃないが。
どういう関係なのか、いまいち確信が持てず、そのまま様子を見ていると……
シフォンは老夫妻と一緒に歩き出した。
後を追うと、食事専門の店に入るのが見えた。
「食事……みたいですわね。レインさまは、どう思いましたか?」
「祖父母か両親か、そこはよくわからないが……普通に考えるなら、家族で一緒に食事、っていうところだよな」
「そうですわね。わたくしも同意見ですわ。どこにでもあるような、ありふれた普通の光景ですわ」
「そうだな。普通の光景だ」
つまり……
シフォンは、そんな普通を幸せに感じている、っていうことだ。
たぶん、当たり前のことを過ごすことができなかったのだろう。
いったい、どんな過去があるのか?
どんな経験を経てきたのか?
彼女のことが強く気になる。
「ひとまず、勇者についてはこんなところでしょうか。あの様子では、完全に夢に囚われている様子。それは痛いですわね……それに、勇者の仲間も見えないところを考えると、同じく夢に囚われているのでしょうね。これから、どうなさいます?」
「そうだな……」
なにはともあれ、一度、この事態を引き起こしたアルファさんと会い、話をしてみたい。
彼女のことを知らなければ、どうするべきか、どう動くべきか、判断がつかない。
「アルファさんと話がしたい。イリスは、彼女の居場所は?」
「わからないですわ。わたくしが力を貸した後は、どこかに姿を消して……その後、一時的にですが、わたくしも夢に囚われてしまいましたからね。そこで、完全に行方がわからなくなってしまいましたわ」
「なるほど……じゃあ、アルファさんを探すことを次の目的にしようか」
「ですが、どうなさるので? カグネは広い街。周辺地域も含めると、捜索範囲は膨大ですわ。とてもではありませんが、わたくし達だけでは手が足りません」
「なら、手伝ってもらえばいいさ」
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