344話 理想郷
「鬼族が……?」
この事件、最強種が絡んでいるというのか?
というか、鬼族なんて……
リファのこともそうだけど、最近、縁が多いな。
「詳しく聞かせてくれないか?」
「ええ、もちろんですわ。とはいえ、わたくしも多くは知らないのですが……」
イリスの話をまとめると、こうだ。
この事件の犯人は、アルファという名前の鬼族。
かなり特殊な夢見鬼という種族らしい。
夢見鬼が持つ能力は、夢を自由自在に操ること。
幸せな夢を見せることも悪夢を見せることも、思うがまま。
地味な能力に聞こえるかもしれないが、実は、かなり強力なものだという。
例えば、とびっきりの悪夢を見せ続ける。
夢というものは心に深く関係しているため、そんなことをされれば重大な影響を及ぼす。
精神的に参ってしまうという簡単な話じゃない。
心が直接攻撃されるようなものだから、廃人になってしまうこともありえる。
最悪、精神が破壊されて死ということもある。
物理的な戦闘力は低いが……
その他の能力に優れているのが、夢見鬼だ。
そんな夢見鬼のアルファという女性が、今回の事件を引き起こした。
能力を使い、カグネに暮らす人、または訪れた旅人たちを、その者が幸せだと思う偽りの現実に引き込む。
偽りの世界に取り込まれた人は、そこが作られた場所であることを理解できない。
目の前の幸せを甘受することが最優先となり、他のことは考えられなくなってしまう。
「……と、いうわけですわ」
「そんなことが起きているなんて……」
気づかない間に、とんでもないことに巻き込まれていたみたいだ。
しかし、そのアルファという鬼族はなにが目的なんだろう?
カグネの人達を夢に取り込み、言葉は悪いけれど、拘束する。
どんな目的があって、そんなことをしているのか?
そのことをイリスに尋ねてみると、ものすごく困惑されてしまう。
「なんていうか……とても信じがたいことなので、逆に疑わしくなってしまうのですが……わたくしが話を聞いた限りでは、彼女は、人々を幸せにしたいそうなのです」
「幸せに? それは……どういう?」
「言葉の通りですわ。アルファは人々を幸せにしたいと思い、そのために能力を使い、このような事態を引き起こしているのです。彼女の言葉を信じるのならば、そこに悪意はなく、あるのは純然たる善意。夢を見ている方が幸せになれると、アルファは本気でそう思い、能力を使っているのです」
イリスの話を聞いて、同じく困惑してしまう。
今回の事件の根っこにあるものは、悪意じゃなくて善意だという。
今まで色々な事件に関わってきたけれど、善意で動いているヤツなんて見たことがない。
本当なのだろうか? と疑ってしまう。
でも……
危害が加えられているわけじゃないんだよな。
今のところ、夢を見せられているだけ。
しかも悪夢というわけじゃなくて、本人にとっては幸せな夢。
アルファという人の悪意は感じられない。
「どうして、アルファという人はそんなことを?」
「それは……正直、よくわかりませんわ。わたくしも、そこまで深い話を彼女としたわけではないので」
「アルファは今どこに?」
「それもわかりませんわ。計画が動き始めると、どこかに姿を消してしまいまして。わたくしの探知能力をもってしても、見つけることができません」
「うーん」
敵の目的も動機も謎だ。
どう対処していいのか?
どう行動すればいいのか?
少し迷ってしまう。
「そういえば、どうしてイリスはアルファのことを知っているんだ? けっこう詳しいみたいだけど……」
「えっと……」
イリスは、ギクリというような顔になった。
いたずらが見つかった子供みたいだ。
右へ左へふらふらと視線を泳がせる。
ややあって、こちらを向いた。
そして……てへ、と舌をぺろりとやりながら口を開く。
「実は、わたくし、アルファさんに協力をしてしまいました」
「……はい?」
「ちょっとした用があり、このカグネに赴いていたのですが……そこでアルファさんに声をかけられまして。アルファさんは計画を実行するために、強い力を持つ方を探していましたわ。そこで……」
「天族であるイリスに協力を申し出た?」
「はい、その通りですわ」
「それで、イリスは応じた?」
「……そ、その通りですわ」
イリスの目が再び泳ぎ始めた。
悪いことをしたという自覚はあるらしい。
「どうしてそんなことを……」
「色々とありまして、わたくしも困っていまして……アルファさんに協力すれば、その問題が解決するのでは? と思ったのです。まあ、問題が解決することはなくて、それどころか、わたくしも夢に囚われてしまったのですが」
イリスは苦々しい顔をして、小さく舌打ちした。
夢に囚われたことを屈辱のように思っているのだろう。
「イリスも夢に囚われていたのか」
「はい。ですが、なんとか自分を取り戻す事ができましたわ。アルファさんの夢は優しく心地いい。しかし、それは決して優しさではありませんわ」
「そうだな……うん。今ならわかるよ」
父さんと母さんが生きていて、みんなも幸せそうにしていた。
それは、一見すると優しい幸せな世界なのかもしれない。
でも、正しいこととは思えない。
とても歪んでいる。
「アルファさんは、不幸な方を幸せにしようとしている。そんなアルファさんから見たら、わたくしもレインさまも不幸なのでしょうね」
「そう見えるのかもしれないが……でも、それを決めるのは俺自身だ。幸せなのか不幸なのか、その判断を他人に委ねるつもりはない。俺が自分で背負わないといけないものだ」
「ええ、その通りですわ。その思いがあるからこそ、レインさまは目覚めることができたのです」
「イリスのおかげだよ。こうして声をかけてくれなかったら、今でも夢に囚われていたと思う」
「ふふっ、ご謙遜を。レインさまならば、わたくしが声をかけなくても、いずれ目を覚ましていたと思いますわ」
どうだろうか?
イリスはそう言ってくれるけれど、わりと自信がない。
それくらいに、あの世界は心地が良い。
「さて、今、わたくしができるお話はこれくらいなのですが……レインさまは、これからどうされるおつもりですか? アルファさんの夢を受け入れますか?」
「それはないと思う」
さっきも言ったけど、アルファのしていることが正しいこととは思えない。
幸せな夢を見せて、ただただ優しい世界に浸る。
それは正しいように見えて、しかし、ひどく歪んでいる。
父さんと母さんにまた会うことができて、それはすごくうれしかった。
でも、本来なら、二人はもういない。
二度と会うことはできないはずなのだ。
そんな当たり前のことを捻じ曲げてしまうと、きっと、どこかで反動が生じるはずだ。
大げさかもしれないけど、世界の理のようなものが乱れてしまうかもしれない。
「とにかくも、色々と調べてみないことには始まらないな。それに、アルファとも話をしてみたい」
「打ち倒してしまった方が早いと思うのですが?」
「それは……相手の出方にもよるけど、できればしたくないな。一応、悪意はないみたいだから。話し合いで解決できるのなら、それに越したことはないだろう?」
「ふう。レインさまは、相変わらず甘いのですね」
「それは……」
「でも、だからこそレインさまらしい、と言えるのかもしれませんわね」
イリスは、仕方ないなあ、という感じで笑う。
ちょっと意外だった。
色々なことを言われるんじゃないか? って覚悟していたんだけど……
歩み寄ってくれているのかな?
「では、これからどうされますか?」
「とりあえず、もう一度、みんなの様子を確認しておきたい」
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