343話 現実に
サラサラの銀色の髪。
燃えるような真紅の瞳。
フリルがたくさんついた黒いドレス。
天族の女の子、イリスだ。
もしかして生きているのでは?
なんてことを思っていたけれど、本当に生きているなんて……
「……あれ?」
俺、なんでイリスが死んでいる、って思っていたんだ?
そんなことあるわけないのに。
現に、イリスは目の前にいる。
怪我一つしている様子はなくて、元気そうにしているじゃないか。
「えっと……久しぶり? でいいのかな。元気そうだな、イリス」
「……はぁ」
少しの間、こちらをじっと見つめた後、なぜかイリスはため息をこぼした。
どことなく呆れている様子だ。
ただ、仕方ないか、という感じで表情を切り替える。
いつもの笑みは消えて、真面目な顔で問いかけてくる。
「レインさまは、今の現実が正しい現実だと思っているのですか?」
「え? それは、どういう……?」
「今、目の前に見えている光景。今、目の前に並んでいる人々。それは、そこに存在するのですか? 確かなものなのですか?」
「それ、は……」
イリスの言葉は、俺の心を強く揺さぶる。
朝から感じていた違和感。
それがどんどん大きくなり、無視できないものになる。
俺は……なにかを忘れている?
いや、そうじゃない。
忘れているんじゃなくて、見えなくなっているんだ。
これまで当たり前のように認識していたことが、別のものに塗り替えられている。
記憶が……書き換えられている。
その記憶は?
失われたものは?
その答えは……
「ぐっ……!?」
激しい頭痛がして、その場に膝をついてしまう。
思い出したくない。
思い出さないといけない。
二つの相反する感情が頭の中で暴れている。
それらが痛みとなって、俺の心を揺さぶる。
「あっ……ぐぅ……この、記憶は……」
父さんと母さんのこと。
カナデやタニア、みんなのこと。
イリスのこと。
色々な記憶が頭の中を駆け巡る。
この先に進んではいけないと、本能が警告してくる。
でも、それは……ダメだ。
ここで立ち止まるようなことをすれば、それは、裏切ることになる。
俺自身を裏切ることになる。
だから、俺は……
なにがあろうと、どんなことが待ち受けていようと、この先へ!
「……あっ」
パリーンとガラスの割れるような音が頭の中で響いた。
ウソのように頭痛が消える。
それと同時に、正しい記憶が一気にあふれだしてきた。
「くっ……俺は、いったい……?」
頭痛は消えたものの、いきなり大量の情報が押し寄せてきたことで、混乱してしまう。
思わず頭を押さえていると、イリスが心配そうに声をかけてくる。
「レインさま、大丈夫ですか……? 混乱しているのですね? わたくしもそうでしたから、わかりますわ」
「イリス……なんだよな?」
「ええ、そうですわ」
「生きて……いたんだ……」
「ふふっ。その様子だと、正しい記憶を取り戻したようですわね。よかったですわ。レインさままで取り込まれていたら、わたくし、どうすればいいか……ひゃっ!?」
「イリス!」
湧き上がる感情に任せて、イリスをおもいきり抱きしめた。
彼女らしからぬかわいらしい声がこぼれるものの、手を離すことができない。
「よかった……本当に生きていたんだ、よかった……」
「あ、あの、レインさま? その、えっと……乙女をいきなり抱きしめるなんて、正しい殿方のすることではありませんよ?」
「ごめん……でも、今はもう少しだけ」
「……やれやれ、仕方のない方。少しだけですわよ?」
「ああ……少しだけ」
イリスは柔らかく微笑み、されるがまま、俺に抱きしめられていた。
――――――――――
「……すまない。もう大丈夫だ」
五分ほどしたところで落ち着きを取り戻して、俺はイリスを離した。
すると、ニヤニヤとした笑みを向けられる。
「あら、もうよろしいのですか? わたくしとしては、もう少し、情熱的なハグを堪能したかったのですが」
「……言わないでくれ。イリスが生きていてくれたことが本当にうれしかったから、それで、つい」
「ふふっ、ありがとうございます。わたくしのことなんかで、そこまで喜んでもらえるなんて、素直にうれしいですわ」
イリスは小さく笑う。
その笑みは、さきほどまで見えていた偽物なんかじゃない。
本物のイリスの笑みだ。
「色々と聞きたいことはあるんだけど……」
どのようにして、あの状況下で助かったのか?
その後、なにをしていたのか?
どうして、カグネにいるのか?
聞きたいことはいくらでもある。
ただ、それよりも優先させなければいけないことがある。
「まずは、この状況について……だな」
「ええ、そうですわ。色々と聞きたいことはあるかもしれませんが、今は我慢してください。この状況を乗り越えなければ、話をしても意味がなくなってしまいますから」
落ち着いて話をしましょうと、イリスは街の広場のベンチに誘う。
隣に腰をおろした俺は、慎重に言葉を探りつつ、口を開く。
「今、目の前にある光景は……偽物なのか? 幻とか夢……そういう感じなのか?」
「その答えは、イエスでもありノーですわ」
「どういうことだ?」
「レインさまは、どのようなありえない状況を体験したのですか?」
「えっと……色々とあるんだけど、一番は、父さんと母さんが生きていて、なんでか、ここで宿を経営していることかな」
「なるほど……」
「ちなみに、その口ぶりからすると、イリスもありえない体験をしているんだよな?」
「わたくしも、レインさまと似たような感じですわ。亡き家族と仲間と再会いたしました」
「……悪い、変なことを聞いた」
「謝らないでくださいませ。それを言うならば、わたくしも、同じようなことを聞いていますから」
問題ないというように、イリスは微笑んでみせた。
その笑みを見て、ふと、違和感を覚えた。
今更、このイリスが偽物とか思うことはないんだけど……
でも、その口元に浮かべている笑みは、以前とは違うような気がする。
柔らかくなったというか、優しくなったというか……
棘が取れているような感じがするんだよな。
「どうかいたしましたか?」
イリスの顔をじっと見つめていたら、不思議そうにされた。
「あ、いや。なんでもないよ。えっと……それで、俺もイリスも、ありえない体験をしている、ってことで間違いないな?」
「ええ。死んでいるはずの者との再会……ありえないことですわね」
「普通に考えるなら、偽物とか幻とか、そういうオチだよな。でも……」
やけにリアリティがあるというか……
あの父さんと母さんは、とてもじゃないけれど、偽物とか幻なんて思えなかった。
確かにそこに存在していて、本当に生きているように見えた。
「レインさまのご両親は、本物ですわ。偽物とかそういうものではなくて、確かに、レインさまの記憶の中にあるご両親ですわ」
「やっぱり、そうなのか……」
「ただ、それは幻のようなもの。そこに存在しながらも、存在していない。本当はなかったはずのもの」
「難しい話だな……ということは、父さんと母さんは、誰かが見せた幻と考えていいのか?」
「ええ、その通りですわ。ただし、幻といっても、触れることはできますし、実際に会話もできます。生きる幻、という感じでしょうか」
「生きる幻……」
色々な疑問が湧き上がるけれど……
根本的な謎は、
なぜ、そんなものが存在しているのか?
というところに尽きる。
「イリスは、今、なにが起きているのか理解しているのか?」
「ええ、ええ。理解していますわ。この事件は、一人の者による犯行ですわ。その者の名前は、アルファ。とある鬼族ですわ」
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