342話 幻の夢
「ティナ? その体は……?」
足がちゃんとある。
体が透けていない、ふわふわと浮いていない。
今のティナは、どこにでもいる普通の人のように見えて……
なぜか、そこにものすごい違和感を覚える。
「どうしたんや、レインの旦那? うち、なんか変?」
「えっと……いや、なんでもないよ」
俺、なにを考えていたんだ?
ティナが普通の人であることに違和感を覚えるなんて……
それじゃあまるで、ティナが普通の人じゃないみたいじゃないか。
それが正しいことのようじゃないか。
いかんいかん。
また失礼なことを考えてしまうなんて……
やっぱり、まだ寝ぼけているのかもしれない。
「ティナはなにをしているんだ?」
「レインの旦那のおとんを手伝っていたんや。やっぱ、タダで寝泊まりさせてもらうのは悪いからなー。うちにもなにかできんかな、って考えて……それで、ごはんの手伝いをすることにしたんや」
「そっか。ティナのごはんなら、期待大だな」
「任せとき! ……って言いたいところなんやけど、レインの旦那のおとんとおかんもいるからな。プレッシャーや……うぅ、あまりハードル上げんといて」
「期待していますよ、ティナ」
「期待しているのだ、ティナ」
「うちの話聞いてたん!?」
後ろの方で、こっそりと話を付け加える双子に、ティナが鋭いツッコミを入れた。
そんなやりとりを見ていると、自然と笑ってしまう。
なんていうか……
穏やかで、のんびりしてて、心が安らぐ。
幸せっていう言葉は、まさに、こんな光景にぴったりと当てはまるものなんだろうな。
「ところで……」
キョロキョロと一階を見回した。
「ニーナとリファは?」
二人の姿が見当たらない。
まだ寝ているのだろうか?
「ニーナとリファなら散歩に行ったよ。ついでに、カグネの観光もしてくるんだって」
「それなりの時間が経つから、そろそろ戻ってくるんじゃないかしら?」
カナデとタニアが言うように、ほどなくしてニーナとリファが姿を見せた。
ただ、一人じゃない。
ニーナは大人の女性に抱っこされていた。
その人は、ニーナによく似ている。
目とか鼻筋とか瓜二つという感じで……おまけに、狐耳と尻尾が生えていた。
以前、ニーナが覚醒して大人バージョンを披露したことがあるけれど……
あの時の状態に近い。
覚醒したニーナを、さらに5歳ほど成長させて……
その上で色気をプラスすれば、こんな感じになるのではないか?
リファは、同じ鬼族の男性と手を繋いでいた。
リファのお兄さんのカルスさんだ。
「レイン……起きた、の?」
「ただいま」
ニーナとリファに笑顔を向けられて、俺も笑顔で応える。
「おはよう。二人共、散歩に?」
「ん……お母さんと、いっしょ……に」
「ボクはお兄ちゃんと」
「なるほど……なる、ほど……?」
なぜか、ものすごい違和感に襲われた。
ニーナが母親と一緒に散歩?
リファがカルスさんと一緒に散歩?
なぜか、そんなことはありえないような気がした。
なんでそんなことを思う?
事実、二人は目の前にいるのに。
幻なんかじゃなくて、確かにそこにいるのに。
「にゃー……レイン? どうかしたの? 難しい顔をしているよ」
「え? あ、いや……」
カナデに問いかけられて、我に返る。
それと同時に、違和感が急速に消えていく。
「……なんでもないよ。まだ寝ぼけていたみたいだ」
ニーナのお母さんがいる。
カルスさんがいる。
それは、間違っていることじゃない。
正しいことだ。
幸せなことだ。
だから、問題ない。
そんな判断をして、俺は、生まれでた違和感を追求することなく、そのまま忘れ去ることにした。
「シフォン達も見えないけど、散歩?」
「にゃん?」
「え?」
カナデとタニアが不思議そうな顔をした。
二人だけじゃない。
ソラとルナも、ティナも、ニーナとリファも……みんな、怪訝そうな表情を作る。
「にゃー……シフォンって誰?」
「ちょっとレイン、またどこかで女の子を引っ掛けてきたの?」
「俺がいつもそういうことをしているように言わないでくれ……というか、ホントに知らないのか? シフォンだぞ?」
「シフォンですか……ルナは知っていますか?」
「む……知らないのだ。聞いたこともないぞ。レインよ、それは誰なのだ?」
「誰って、もちろん……」
……誰だ?
自分で言っておいてなんだけど、答えることができない。
さっきまでは、確かな記憶が、情報が頭の中にあったはずなのに……
それらが急速に消えていき、なくなってしまう。
頭の中に濃い霧が立ち込めて、記憶を探るのを邪魔しているかのように……
なにも思い出すことができない。
「にゃー……レイン、大丈夫? 今日は、なんか様子がおかしいよ?」
「もしかして、まだ疲れているのかしら? 昨日、カグネに着いたばかりだものね。もう少し寝ていたら?」
カナデとタニアが心配してくれている。
申し訳ないと思うのだけど……でも、なんだろう? この感覚は?
目が覚めているはずなのに、だけど、今も夢を見ているような……夢の中にいるような……そんな曖昧で、心地いい感覚。
いったい、これは……
「……ふう」
考えても答えなんて出てくるわけがなくて、なんともいえないもどかしさだけが残る。
「ちょっと、俺も散歩してくるよ」
自分でも自分の気持ちがよくわからない。
それを整理するために、ひとまず外の空気を吸うことにした。
宿を出てゆっくりと歩く。
心を落ち着けるための散歩だから、特に目的地なんてものはない。
ふらふらと、気の赴くままに街中を歩いて、朝の新鮮な空気を吸い込む。
「ふう……少し落ち着いたかな?」
いくらか心が軽くなったような気がした。
でも、片隅に張りついている違和感のようなものは、いつまで経っても消えることはない。
ホント、どういうことなんだろう?
「ふふっ」
ふと、聞き覚えのある笑い声が聞こえた。
そちらの方に目をやると……
「ごきげんよう、レインさま」
「……イリス?」
『よかった』『続きが気になる』と思っていただけたら、
ブクマや評価をしていただけると、とても励みになります。
よろしくおねがいします!




