338話 夢を叶えるために
彼女は、とある鬼族だ。
その中でも変わった種で、その個体数は少ない。
それ故に、辛い目に遭うことが多い。
苦しい思いをすることが多い。
彼女の人生は困難ばかりだった。
そう言っても過言ではない。
ただ、そのことを理由に、彼女が人の道を外すことはなかった。
どれだけ辛い目に遭ったとしても、苦しい思いをしたとしても、まっすぐであろうとした。
なぜ、そんなことができたのか?
彼女は、特殊な種族故に長命だ。
なにもしていなくても、人間の数倍は生きる。
きちんとした体調管理をすれば、さらにその倍は生きることができる。
そうして長い時間を過ごしてきた彼女は、たくさんの人間と接してきた。
鬼族という種族は、基本的に人間と共存しているため……
色々な人間と関わりを持ち、同じ時間を共有した。
その結果……
人間の方が辛く、苦しい思いをしていることを、彼女は知る。
人間は脆弱な生き物だ。
身体能力も魔力も鬼族の半分以下。
精神的に不安定でもあり、同族同士で傷つけることも多々ある。
そして、寿命はどれだけ長くても100年ほど。
鬼族から見ると、なんて不完全な生き物だろう……と思う。
肉体的にも精神的にも未熟で、弱い。
簡単に傷ついてしまい、立ち直ることができず、そのまま潰れてしまう。
彼女は、そんな人間を何人も見てきた。
そういう人間達を見ていると、彼女は胸が痛んだ。
程度の差はあれ、彼女も同じように傷ついてきたから。
だから、気持ちはわかるつもりだった。
それ故に、いつしか一つの思いを抱くようになる。
人間を救いたい……と。
――――――――――
「……ふぅ」
カグネにいくつかある広場の一つ。
そこに設置されているベンチに、イリスの姿があった。
リースに与えられた命令を考えると、目立つわけにはいかない。
鋭い気配はまとわないようにして、なんてことのない、一般市民のフリをしている。
もちろん、翼は収納している。
ただ、それでもイリスはとんでもない美少女なので、道行く男の視線を奪っていた。
そのことに気づきつつも、イリスは気がついていないフリをして、男達の視線を無視する。
というか、そんなものに構っていられない。
考えなければいけないことが他にあるのだから。
「新しい勇者の殺害……はぁ、厄介な依頼ですわ」
新しい勇者とやらが、アリオスと同じくらいの力ならば問題はない。
自分の方が圧倒的に上だろう。
イリスはそんなことを考える。
慢心などではなくて、客観的事実に基づいた判断だ。
事実、それだけの力がイリスにはある。
しかし、問題は力ではない。
イリスは、もう人間を殺す気はない。
強烈な復讐心は消えて、今は、迷いだけが残っている。
「なによりも、まさか、レインさまが同行しているなんて……」
イリスは、リースに命を助けられたが……
しかし、真の恩人はレインと考えている。
身を張って、イリスのことを救おうとしてくれた。
汚れた魂を浄化しようとしてくれた。
そのことを、一時たりとも忘れた覚えはない。
その恩を踏みにじるようなことは、さすがにできない。
そんなことをしたら、その瞬間、魔物以下の外道に堕ちてしまう。
「やはり、この辺りが潮時でしょうか?」
リースに協力するという選択肢はすでにない。
ならば、彼女のところを離れて……
離れて、その後はどうする?
レインのところに行きたいとは思うが、しかし、そんな恥知らずな真似はできない。
だからといって、他に行くところもない。
「……適当に旅でもしましょうか」
ふと、そんなことを思った。
目的地のない、ただ、ふらふらするだけの旅。
そんなものも悪くないかもしれない。
「ふぅ……わたくし、なんのために生きているのでしょうね?」
復讐という生きる目的が消えてしまい……イリスは今、どうしていいか、歩くべき道を見失っていた。
「……すみません」
「はい?」
ふと、イリスは声をかけられた。
横を見て、少しだけ目を大きくする。
鬼族の女性がいた。
額から一本だけ角が生えていて、柔らかい感じのした顔が特徴的だ。
「突然すみません。少し聞きたいことがあって……」
「なんですか? 道を?」
「いえ。その……もしかして、あなたは最強種ですか?」
「……どうして、そのように思ったのですか?」
警戒するように、イリスの目が細くなる。
無意味に暴れないと決めたイリスではあるが……
火の粉が飛んでくるのならば、当然、振り払う。
「あっ、すいません。私は、あなたに危害を加えるとか、そういうつもりはまったくなくてですね……その逆で、協力してもらえれば、と思うんです」
「協力……ですの?」
「はい」
鬼族の女性は、にこやかに笑う。
「私の計画……理想郷を作る計画に、ぜひ、力を貸していただければ」
女性の笑みは優しく……
それこそ、聖母のように優しいものだった。
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