330話 影の中で
「……馬鹿な勇者ですわね」
アリオスとリースが密談する中……
その様子を、こっそりと覗いている者がいた。
イリスだ。
魔法を使い、こっそりと室内の様子を覗き見ていた。
ちなみに、召喚魔法ではない。普通の魔法だ。
最強種なので、それくらいの魔法は使える。
「まったく……自分が騙されている、ということは考えないのでしょうか? いえ、さすがに考えてはいるでしょうね。騙されていたとしても、相手を利用すればいい……あの勇者の考えは、このようなところでしょうか?」
だとしても愚かだ、とイリスは思う。
相手を利用するのだとしても……
逆に自分が利用される可能性を考えていないのだろうか?
相手の方が上手であるという可能性を考えていないのだろうか?
「まあ、考えていないのでしょうね。考えているのだとしたら、リースの提案に乗るわけがありませんもの」
イリスはやれやれと、呆れたため息をこぼした。
リースが人間との共存を目指している、なんていうものは真っ赤なウソだ。
そんな魔族いるわけがない。
あくまでも、アリオスを味方にするための方便。
そんな簡単なウソを見抜くことすらできないとは……
あの勇者、思ったよりも長くないかもしれない。
イリスはそんなことを思った。
「あんな勇者のことはどうでもいいですわね。問題は……わたくしのこと。そろそろ、わたくしも自分の行先を決めないといけませんね」
人間を皆殺しにしようという感情はない。
人間が憎いという気持ちは消えていないが……
しかし、中にはレインのような人間もいる。
温かい人間もいる。
そのことを知った今、今までのように復讐だけに生きるつもりはなかった。
故に、リースの味方になることはない。
今一緒にいるのは、レインに対する恩返しとして、リースに関する何かしらの情報を掴むためだ。
それ以外の理由なんてない。
「とはいえ、そうそう、うまくいきませんわね」
リースはイリスのことを完全に信用していない。
仲間になるかどうかの返事を、イリスが保留しているからというのもあるが……
それ以上に、イリスの態度が変わっているからだ。
以前は、人間を殺すことにためらいなんて覚えていない。
むしろ、喜んで手にかけてきた。
しかし、今のイリスは違う。
人間を殺すことは一切していない。
それどころか、関わることすら避けている。
そんな態度では、リースからの信用を得られなくても仕方ないが……
とはいえ、どうしようもないのだ。
イリスの中にあった復讐心は、レインとの戦いで綺麗に消えていた。
もう以前のように、人間を無差別に殺す気なんてない。
レインに会い、イリスは変わった。
いや。
変えさせられた、というべきか。
最強種の心を変えてしまう。
それだけの力がレインにはある。
イリスはそう考えていた。
「とはいえ、悩ましいですわね」
リースの味方をすることはないが、かといって、レインに仲間にしてほしい、なんてこと言えるわけがない。
もちろん、本心ではレインと一緒に行動したい。
そうすればとても楽しそうだ。
しかし、あれだけのことをしておいて、どんな顔をして言えばいいのだろうか?
それに……
「わたくしは……レインさまとは違いますからね」
すでに何人も殺してきた。
レインとは違い、この手は血に汚れている。
以前は、そのことについてなんら気にすることはなかったけれど……
今はひどく気になっていた。
レインと比べると、自分がどうしようもない存在に思えてきた。
「ふぅ……ままなりませんわね。とはいえ、もう猶予はない、と考えた方がいいですわね」
リースのところに身を寄せて、それなりの時間が経っている。
リースとしては、そろそろイリスの返事を聞きたいところだろう。
急かすようなことは言わないが、それでも、待っていることに間違いはない。
それと、イリスの本心にある程度感づいているだろう。
自分達の味方にならなければ、どんな行動に出るか?
普通に考えて、そのまま始末されるだろう。
「負ける気はありませんが……いえ。あの人間は厄介な気がしますわね」
イリスはリースよりも、モニカを危険視していた。
単純な戦闘力で言えば、リースの方が圧倒的に上だろう。
人間一人が魔族を上回る戦闘力を持つなんてこと、ほとんどない。
ただ、モニカには不気味なものを感じた。
敵に回したくないと、本能的に思ってしまうような……
そんな危機感。
「こんにちは」
あれこれと考えていると、リースがやってきた。
アリオスとの会談が終わったらしい。
満足そうな笑みを浮かべているところを見ると、アリオスを仲間にすることに成功したようだ。
「ごきげんよう。勇者はどんな感じでした?」
「ええ。私達の仲間になってくれると、約束をしてくれました」
「口約束では?」
「その様子はありませんでしたが……まあ、どちらにしろ、もうアリオスさんは引き返すことができませんからね。私達と一緒にいる以外の道はありませんよ」
「……そうですか」
「それで……そろそろ、イリスさんの返事も聞きたいのですが?」
来た。
イリスは内心で苦い顔をした。
もちろん、それは表に出さない。
「そうですね。おまたせしてしまっていますが、そろそろ答えを出せると思いますわ」
「期待しても?」
「ええ、もちろんですわ」
「安心しました。ただ……その前に、一つ、仕事を頼みたいのですが」
「仕事、ですか?」
「ええ、仕事です」
リースがにっこりと笑う。
イリスは嫌な予感を覚えた。
「最近、新しい勇者が現れたようです」
「新しい勇者……? アリオスさんではなくて?」
「いえ、別の人間ですね。聞くところによれば、女性の勇者だとか」
世代交代が行われたのだろうか? とイリスは考えた。
勇者の交代なんて、よほどのことがない限り行われないが……
まあ、あれだけのことをやらかしたのだから、それも当然か、とイリスは納得した。
「それで、その新しい勇者がどうかしたのですか?」
「殺してきてください」
「……はい?」
あまりにストレートな要求に、イリスは思わず間の抜けた声をこぼした。
しかし、リースの表情は変わらない。
笑みを携えたまま、同じセリフを繰り返す。
「新しい勇者を殺してきてください」
「……どうしてですの?」
「決まっているじゃないですか。我々魔族にとって、邪魔な存在だから、ですよ」
「それは……」
「もちろん、他の勇者候補もいるでしょうけどね。殺したところで、また新しい勇者が出てくるでしょう。しかし、次に回されていたということは、質は劣るはず。それと、時間もかかるはず。ここで殺しておいて、損はないんですよ」
納得のいく話だ。
イリスはそう思う一方で、苦い思いを味わっていた。
試されている。
リースは、なかなか積極的になろうとしない自分に、ついに業を煮やしたのだろう。
新しい勇者を殺せば、それでよし。
ダメならば、そこで見限る。
そんなことを考えたイリスは、答えに迷う。
「わたくしは……」
イリスはしばらく迷った末に、そっと口を開いた。
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