325話 新しい勇者
「こんにちは」
部屋に入ってきた女性は、穏やかな笑みと共に、穏やかに挨拶をした。
落ち着いた感じのする人だ。
柔らかい雰囲気をまとっていて、優しい笑顔がよく似合う。
歳は俺と同じくらいだろうか?
いや、一つ二つくらい上かな?
陽の光が集められたような輝く金色の髪は長く、腰まで伸びていた。
それらは動きやすいように、細く長いリボンでまとめられている。
女性にしては背が高く、俺とあまり変わらない。
体つきもしっかりとしていて、鍛え上げられていることがわかる。
動きやすさを重視しているのか、鎧は急所をガードするだけの軽いもの。
その上にマントを身につけている。
そして……背中には、真実の盾が。
「えっと……?」
「こんにちは」
戸惑っていると、もう一度、挨拶をされた。
そこで俺は我に返る。
女性の素性はわからないが、挨拶をされている以上、こちらもそれに応えないと失礼だ。
「こんにちは」
「はい」
挨拶を返すと、女性はどこかうれしそうな感じで、にっこりと笑った。
「レイン・シュラウドさんですか?」
「あ、はい。あなたは……?」
「はじめまして。私は、シフォン・ノクスっていうの。気軽にシフォンと呼んでね」
「シフォン……さん?」
「シフォンでいいわ」
「……シフォン?」
「うん。よろしくね、シュラウドさん」
シフォンがぺこりとお辞儀をして、慌ててこちらもお辞儀をした。
なんていうか……独特な雰囲気を持つ人だ。
気がつけば、彼女のペースに飲み込まれている。
「俺のこともレインでいいよ」
「じゃあ……レイン君で」
「了解」
君付けというのは、ちょっとこそばゆかった。
「突然、ごめんなさい。でも、どうしてもレイン君に挨拶をしておきたくて」
「挨拶? ごめん。ちょっと事情が飲み込めないんだけど……」
「あ、そうだよね。私ったら、ちゃんと説明をしないで……ダメね。一度こうと決めたら、ついつい走りすぎてしまうから。私は……」
「シフォン様っ」
説明をしようとしたところで、カイズさんが現れた。
なにやら慌てた様子だ。
「レインさんのところにいたんですね。突然、いなくなるから驚いてしまいましたよ……」
「ごめんなさい。レイン君がいると聞いて、我慢できなくなっちゃって」
「別にお二人が顔を合わせることは禁止されていませんが……しかし、シフォン様のことは、まだ正式に告知をされていませんから、あまり軽はずみな行動は……」
「うん、本当にごめんなさい。でも、こうして顔を合わせちゃったから、もう仕方ないよね?」
「まったく……確信犯ですか」
「てへ」
カイズさんはやれやれと肩をすくめて、シフォンは子供のように笑ってみせた。
最初は落ち着いた人に見えたけど、わりと子供っぽいところもあるみたいだ。
「すいません。そろそろ説明してもらえると、ありがたいんですけど……」
「あっ、そうね。ごめんなさい、ついつい」
シフォンは姿勢を正して、改めて自己紹介をする。
「私は、シフォン・ノクス。次代の勇者です」
――――――――――
シフォンは、少し前までは冒険者として活動していた。
まだ20歳という若さでAランクに辿り着いたベテランだ。
ちなみに、『金色の刃』という二つ名を持っていた。
弱きを助け、悪をくじく。
そんな言葉を体現するような、目覚ましい活躍をしていたため、そう呼ばれるようになっていたのだ。
そんなシフォンは、ある日、王都に召還されることになる。
王アルガスに呼び出されたのだ。
もしかして、夢のSランクに昇格できるのだろうか?
あるいは、知らぬ間に、王の逆鱗に触れるようなことをやらかしていたのだろうか?
期待半分、不安半分、シフォンは王都へ赴いた。
そして……アルガスから、次の勇者になってほしいと頼まれた。
あまりに予想外のことに、当時、シフォンは、驚きのあまり立ったまま失神してしまった。
あまりに恥ずかしい事件だ。
できることなら記憶を完全に抹消したいが、今も忘れることができず、シフォンの黒歴史としてしっかりと脳裏に刻み込まれている。
我に返った後……
シフォンはアルガスから説明を受けた。
前勇者であるアリオスは、致命的な問題を起こして、称号を剥奪されたこと。
勇者になれる者は一人だけではなくて、数人、存在していること。
そのうちの一人がシフォンであるということ。
そんな説明を受けた。
シフォンはAランクの冒険者だ。
これからさらに成長するだろうということを考えると、実力は申し分ない。
その性格はまっすぐで、困っている人を見つけたら、助けずにはいられない。
性格も文句なし、という評価をくだされた。
故に、次の勇者として名前が挙げられた。
そんな話を聞いたシフォンは……再び失神した。
自分が次の勇者に選ばれるなんて、そんなことがあるわけがない。
そう、これは夢だ。
夢に違いない。
そんなことを考えて、意識を手放したのだ。
もちろん、夢などということはなくて……
シフォンが我に返った後、アルガスは話を進めた。
勇者として、魔王を討伐することが目的の旅に出てほしい。
そのための支援は惜しまない。
無論、強制をすることはない。
ひとまず、一週間ほど考えてみてはくれないだろうか?
そんな話を聞いたシフォンは、その場で返事をした。
自分でいいのならば……と。
シフォンは正義感の強い女性だ。
とある事情から、悪は許せないという考えを持つようになり、それ故に、色々な人と関わり、助けることができる冒険者になった。
人々の平和を脅かす魔王は、『悪』以外の何者でもない。
それを討つのが使命というのならば、喜んで引き受けよう。
この身、この魂。
たとえ朽ち果てたとしても、最後は必ず使命をやり遂げてみせる。
シフォンは、アルガスにそう告げて……
そして、新しい勇者が誕生した。
――――――――――
「……なるほど」
シフォンが勇者になった経緯を聞いて、俺は納得した。
まだ出会って間もないのだけど……
確かに、この人は正義感が強そうだ。
アリオスと違い、勇者としてふさわしいように思える。
アリオスという失敗があったから……
同じ過ちを繰り返さないために、人選は慎重に行われたのだろう。
その結果、シフォンが選ばれた。
気楽なことは言えないけど……
シフォンには、誰もが認めるような立派な勇者になってほしい。
「私は勇者になってから、仲間と共に、色々とがんばってきたつもり。冒険者以上に忙しい日々が続いているけど、充実もしているの」
「その装備は?」
「前勇者が集めていた伝説の装備は、厳重に保管されていたらしくて、私が手にすることができたの。当初は、裏切り者の女騎士が盗み出したと思われていたんだけど、念のために、王が別の場所に本物を保管しておいたらしいの」
「つまり、女騎士は偽物を掴まされたわけか」
「そういうこと」
さすがというか、抜けの目のない王だ。
「ちなみに、その女騎士というのは……?」
「モニカ、っていう人だよ」
「またしても、その名前か……」
色々なところでその名前が表に出て、色々なところで繋がりが出てくるな。
頭が痛い。
情報をシフォンと共有して……
後でギルドに報告もしておいた方がいいだろうな。
「ちなみに、その他の装備は?」
「他の装備は、支援金をたくさんもらえたから、少し欲張っちゃった」
シフォンは、ぺろっと舌を出して、おどけながらそう言った。
最初は落ち着いた印象を受けていたけれど……
こうして話してみると、けっこう気さくな感じがした。
「ところで、なんでクリオスに?」
「スタンピードが連続して発生しているって聞いて。本当は騎士団を派遣するだけのつもりだったみたいだけど、スタンピードが多発するなんて、どう考えてもおかしいでしょ? 私の出番かな、って思って、無理を言って駆けつけたの」
「そうだったのか……すごいな」
「え? なにが?」
「前勇者のことをよく知っているから、シフォンの行動が、とんでもなく偉いことのように思えて……」
「あはは……」
アリオスのことはある程度知っているらしく、シフォンが苦笑した。
「でも、私の出番はなかったみたい。レイン君が解決していたんだね」
「悪い。手柄を横取りするつもりはなくて……」
「ううん、気にすることなんてないよ。手柄なんてどうでもいいし。それよりも、クリオスの人達が救われたことが、なによりもうれしいかな」
シフォンはそう言うと、とても澄んだ笑みを浮かべた。
心の底から、この街の人達のことを考えているみたいだ。
もしも聖女がいるとしたら、彼女のような存在なのだろうか?
「それでね、えっと……今日こうして、レイン君に挨拶をしに来たのは理由があって」
「理由?」
「えっとね、その……さ、サインをくれませんか!?」
シフォンは今までの態度を一転させると、キラキラと瞳を輝かせて、色紙とペンを差し出してきた。
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