320話 ひとまずの終わりと次の動乱
「リ……」
「ふふっ」
リファに声をかけようとしたところで、妖しい笑い声が響いた。
反射的にカムイを構えながら振り返ると、モニカの姿があった。
「お前……!」
「ヴァイスさまはやられてしまいましたか……これは少し、困ったことになるかもしれませんね。私も怒られてしまうかもしれません」
そんなことを口にするモニカだが、口元に浮かべている笑みは消えない。
むしろ、より歪に、深い笑みに変わる。
「れ、レイン……そいつ、厄介すぎるよぉ……」
「むぅ……すまないのだ……止められないのだ」
モニカの後ろで、カナデとルナが背中を合わせるようにして、ぺたりと床に座り込み、荒い吐息をこぼしていた。
びっしりと汗をかいていて、疲労困憊という感じだ。
あの二人を相手にして無傷。
しかも、ああなるほどに翻弄してしまうなんて……
本当に人なのか?
侮ることはできないな。
俺はカムイを構えて戦闘態勢に移行するが、モニカは剣を鞘に収めてしまう。
「……どういうつもりだ?」
「どうもこうも、ヴァイス様が倒されてしまった以上、今ここで、レインさん達と戦う理由はありませんからね」
「主の仇を討たないのか?」
「私の主は別の方ですから。ここには、あくまでも援軍として駆けつけただけですよ」
「……」
「ヴァイス様が倒されてしまい、スタンピードを起こすことはできなくなってしまいました。私達の目的も叶いません。仕返しをしたいところですが、ただ、やはりそれは無意味なこと。最初から計画されていたのならともかく、感情的に行動するのはよくありません。なので、ここまでとするのですよ」
「ヴァイスと違っておしゃべりなんだな」
「ふふっ」
モニカがなにを考えているのか、まったくわからない。
ただ、戦闘の意思がないことは真実の言葉らしい。
世間話をしているという様子で、モニカからは闘志は感じられない。
だからといって、俺も戦闘体勢を解除する理由にはならない。
ここでモニカを捕まえれば、今回の事件で魔族がなにを目的としていたのかがわかるはずだ。
簡単に逃がすつもりはない。
「簡単に逃がすつもりはない、という顔をしていますね」
「……心を読めるのか?」
「レインさんは、とてもわかりやすいですから」
ちょくちょくそんなことを言われるが、まさか、モニカからも言われるなんて。
なんというか……複雑な気分だ。
俺達は敵同士のはずなのに、しかし、モニカは親しみすら感じさせる態度だ。
本当に敵なのか?
こうしていると、たまに疑いたくなってしまう。
「まあ、私は逃げさせてもらいますが。ここで捕まるわけにはいかないので」
「素直にそれを認めるとでも?」
「レインさんの許可は必要ありません。それに……私の本体はここにいませんから」
「? ……!」
ふと思いついて、ナルカミの針を射出した。
見えているはずなのに、モニカは避けようとしない。
針はモニカの足に刺さる……ことなく、すり抜けた。
「幻……?」
「レイン……そいつ、幻覚魔法使ってて……」
「本体は、どこか別のところにいると思うのだ……」
疲れ果てた様子のカナデとルナが、そんなことを教えてくれた。
「まさか、人にそんなことができるなんて……」
「私は少し変わっていますから」
「……いったい、あんたは何者だ? なにを企んでいる?」
「ふふっ、それは秘密です」
モニカは子供が浮かべるような笑みを口元に貼り付けた。
「ただ……このままさようなら、というのもなんですね。せっかくなので、一つ、取引といきませんか?」
「取引?」
「互いに質問を一つする。その質問に対しては、誠実に答える……どうですか?」
モニカが素直に答えるかどうか、かなりの疑問がある。
それに、どのような質問をしてくるか、そこについても不安がある。
ただ、チャンスでもある。
モニカはアリオスと一緒にいた。
ということは、今も一緒にいる可能性がある。
逃亡しているアリオスの手がかりを得る機会かもしれないし……
ここはあえて誘いに乗ってみるか。
「わかった。その取引、受けようか」
「ありがとうございます。では、まずは私からいいですか?」
「ああ。先にどうぞ」
「では……レインさんは、次の勇者になるつもりが?」
「……ない」
少し迷った末に、素直に答えることにした。
モニカは国の深い部分にいたから、勇者についての情報をある程度得ているみたいだ。
分家のことも知っているのだろう。
ならば下手にごまかしても意味はないと思い、取引を成立させるために、本心を口にした。
「本当ですか?」
「そういう話をもらったことはある。ただ、俺は柄じゃないからな。いざとなれば、戦う意思はあるが……今は、普通の冒険者として活動するつもりだ」
「なるほど……はい、ウソはついていないみたいですね。きちんと取引を受けていただいたこと、感謝します」
モニカは変わらず笑みを浮かべて、軽く頭を下げた。
ホント、ペースが乱される相手だ。
「次は俺の番でいいな?」
「はい、どうぞ。レインさんは本当のことを口にしていただいたので、取引は成立しました。私もウソをつくことなく、真実を話すと約束しましょう。ただし、質問は一つだけですよ? なにを聞きますか?」
「そうだな……」
けっこう重要な質問だ。
すぐに問いかけることはできず、質問の内容をじっくりと考える。
モニカはヴァイスの援軍として派遣されたと言っていた。
つまり、魔族と通じていることになる。
たぶん、主というのも魔族なのだろう。
となると……
アリオスも魔族に関わっているのだろうか?
「なんでも聞いていいですが、何十分も考えられると、それはそれで困りますが」
「……わかった。決めた」
俺の質問の内容は……
「アリオスをどうするつもりだ?」
そう問いかけた。
おそらく、モニカが手引をしてアリオスを逃したのだろう。
それらしい話をサーリャさまから聞いている。
あれだけのことをやらかした以上、アリオスは勇者として再起不能だ。
そして、あんなアリオスに忠誠を誓う人なんて、まずいない。
援助をしているのは、なにかしら目的があると考えるべきだ。
その目的がなんなのか?
直感ではあるが、とても重要な気がして、それを質問にした。
「……」
驚いているらしく、モニカは目を大きくしていた。
「どうした? 答えられないのか?」
「いえ……失礼しました。まさか、アリオスさまのことを聞いてくるとは思わなかったため、ついつい驚いてしまいました。これは、レインさまは意外と侮れないかもしれませんね……」
「質問の答えは?」
「はい、今答えますよ。アリオスさまのことについてですが、まあ、色々とあるので一言では言えませんが、それでも言い表すのならば……」
モニカはにっこりと、極上の笑みを浮かべて、その目的を口にする。
「新しい戦争を引き起こす種になってもらおうかと」
「戦争の……?」
「もちろん、魔族と人間の間の戦争……という意味ですよ」
「そんなことに? でもそれは……いや」
ウソだと思いたいが、残念ながら、モニカにウソをついている様子はない。
アリオスを利用して、魔族と人間の戦争を再び引き起こす。
本気でそんなことを企んでいるのだろう。
問題は、どのようにアリオスを利用するか、ということだけど……
「……さすがに、これ以上のサービスはないか」
義務は果たしたというように、モニカの姿は消えていた。
モニカの笑みが脳裏に焼き付いていて、嫌な予感が膨らむ。
それは……新しい戦乱の予感だ。
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