32話 説得
「立ち去りなさい」
精霊族のところに戻る。
彼女は冷たい眼差しをこちらに向けて、同じセリフを繰り返すだけだ。
「待ってくれ、話がしたい」
「立ち去りなさい」
「こちらに敵意はない。キミと話がしたい、それだけなんだ」
「立ち去りなさい」
「少しでいい。こちらの話を聞いてくれないか?」
「立ち去りなさい」
取り付く島がないのは変わりない。
でも、今回はそう簡単に諦めてやらないからな。
「俺達は森を荒らしに来たわけじゃない。この奥にいる魔物に用があるだけだ」
「立ち去りなさい」
「魔物が持つアイテムを手に入れたら、すぐに立ち去る。ただ、そのためにはこの先に進む必要がある。引き返すことはできないんだ」
「立ち去らないのというのならば……」
精霊族の女の子が攻撃モーションに入る。
でも、諦めない。
俺はビーストテイマーだ。
色々な動物を使役してきた。
時に、乱暴な手段をとることもあったが……
基本は、話し合いで解決してきた。
だから、この子にも言葉が届くと信じて……
想いを投げかける。
「攻撃するなら、すればいい」
「にゃ!?」
「ちょっと、レイン!?」
後ろの二人が慌てるけれど、心配ないというように頷いて見せた。
改めて精霊族の女の子を見て、目と目を合わせる。
こちらが無害であることを伝えるように、じっと見つめた。
「俺は何もしない」
「……」
「こちらから攻撃することはないし、反撃もしない」
「……」
「本当に、キミに危害を加えるつもりはないんだ。もちろん、この森を荒らすことが目的でもない。そのことを信じてほしい」
「排除を開始します。イリュージョンアロー」
女の子は冷たい声で言い放ち、魔法の矢を撃つ。
魔力の矢が頬を掠めて、血が流れる。
……しかし、それだけだ。
この距離なのに当てることなく……第二撃が放たれることもない。
「……どうして?」
精霊族の女の子は、動揺が声に含まれていた。
初めて、この子の感情に触れたような気がした。
「攻撃すると言いましたよね? なぜ、逃げないのですか……? どうして……反撃をしないのですか……?」
「言っただろう? キミを傷つける意図はない。ただ、話をしたいだけなんだ」
「自分が傷ついても構わないと?」
「構わない」
「……」
「ただ、カナデとタニア……そこの二人には刃は向けないでほしい。彼女たちを傷つけるなら、俺に刃を向けてくれ」
「……理解不能です。あなたは、本当に人間なのですか? 私達の住処を奪い、荒らし、踏みにじる人間なのですか?」
「その人間だよ」
「……」
「ただ……言い訳になるけど、誰も彼もがそういうことをしてるわけじゃないんだ。人間にだって良いヤツはいる。俺がそうなのか、自分ではなんとも言えないが……少なくとも、キミにひどいことをするつもりはない。信じてくれないか?」
「……ソラが甘言に惑わされることはありません」
再び、女の子の手に魔力が収束する。
さきほどの一撃とは比べ物にならない量だ。
これは……死んだか?
でも、退くわけにはいかない。
俺の言葉が真実だということを、体を張って証明しなければならない。
逃げることなく、そのまま彼女の魔法を受け止めて……
「「レインっ!」」
カナデとタニアが、俺をかばうように前に出た。
「二人共、何をして……俺に任せる約束だろう!?」
「だってだって、見てられないんだもん! 見ててハラハラしちゃうにゃ!」
「あんたのは説得って言わないわよ! 無茶苦茶するわね、ホントっ」
「レインは本当に悪い人じゃないんだよ! 信じて!」
「カナデの言う通りよ! 竜族であるあたしが、レインの言葉を保証してあげる! だから、話を聞きなさいっ」
「……」
しばしの沈黙が訪れる。
やがて……女の子の手から、魔力がゆっくりと霧散した。
「……おかしな人間。それに、おかしな猫霊族と竜族。あなたたちのような存在には、ソラは初めて出会いました」
精霊族の女の子から敵意が消えていた。
そっと地面に着地して、こちらに歩いてくる。
目の前で止まり、俺の顔を見上げた。
「……名前は?」
「レイン・シュラウドだ」
「……ソラは、ソラです」
「それがキミの名前か」
「ひとまず、話を聞きましょう。よろしく、レイン」
「ああ、こちらこそ」
ソラが手を差し出して……
そっと、握手を交わした。
――――――――――
「なるほど……つまり、レイン達は勇者の代わりに『真実の盾』を求めてやってきたと? そういうわけなのですね」
こちらの事情を説明すると、ひとまず納得してくれたらしく、ソラは瞳に理解の色を宿した。
疑うことなく、話を信じてくれたらしい。
「そこで、あの結界で足止めされたんだけど……あれは?」
「ソラが展開したものです」
「そうなのか、ソラが……なら、解除もできるだろう? 俺達を奥に通してくれないか?」
「それはできません」
「どうして?」
「あの結界は、精霊族の里に繋がる道を遮断しているもの。不用意に解除をして、仲間を危険に晒すわけにはいきません」
「魔物をかばっているんじゃないの?」
「そもそも、この森に真実の盾を持った魔物なんていません。真実の盾はありますが」
アリオス達から聞いた話と違う。
ウソをつかれたか?
いや、そんなことをする理由がない。
となると……前提が間違っていたことになる。
アリオス達は、ガセネタを掴まされたのかもしれないな。
「ど、どういうことにゃ?」
「真実の盾は、ソラ達精霊族が保管しています。勇者が再び現れて、魔王討伐のために必要というのならば、渡しましょう。人間は嫌いですが……それ以上に、魔物たちは許せませんから」
「いいの?」
「構いません。そのために、誰の手にも渡らないように保管していたのですから。少し、待っていてください」
ソラが蜃気楼のように消える。
おそらく、結界の向こうに移動したのだろう。
待つことしばし……
空間が波打つように揺れて、ソラが再び姿を現した。
消えた時とは違い、両手で盾を抱えている。
「どうぞ」
「これが、真実の盾か……」
意外とすんなり手に入った。
ちょっと拍子抜けだ。
「にゃー……あんなことがあったのに、簡単に信じてくれるんだね」
「記憶を覗きましたから」
「……にゃんですと?」
「話をしている間に、レインの記憶を魔法で軽く覗きました。その結果、ウソはついていないとソラは判断しました」
「いつの間にそんなことを……」
「無詠唱で、あたしにも気づかれずに……さすが、魔法に特化した精霊族といったところかしら」
「それなら、あたしたちが結界を解除しようとした時、問答無用で攻撃しないで、記憶を探ってくれればいいのに」
「いちいちそんな面倒なことはしていられません。それに、人間は敵です。話を聞く必要もありません。今は……少しは、レインの話を聞いてもいいと判断したからです」
「そっか……信じてくれてありがとうな」
「別に……」
「なにはともあれ、これで依頼完了ね。戻りましょう!」
タニアとカナデが反転するものの……
俺は、足が動かない。
なぜか、ソラのことが気になる。
気がついたら、彼女に話しかけていた。
「あのさ……何かお礼がしたいんだけど」
「お礼……ですか?」
「俺達の頼みを聞いてくれただろう? そのお礼だよ。何もしないまま、っていうのは、ちょっとどうかと思って」
「……必要ありません。真実の盾を勇者に引き渡すことは、元々、ソラ達精霊族の間で古くに取り決められていたことです。ソラはそれに従ったまで。気にすることはありません」
「そう言われてもな……」
「いいって言ってるんだから、気にしなければいいのに」
「でもでも、そこで気にしちゃうところが、レインの良いところだと思うな♪」
「何か困ってることとかないか? できることがあれば、なんでもするよ」
「それは……」
ソラは唇を結んで、俺の視線から逃げるように俯いてしまう。
初めて感情が揺らいだような気がした。
困難な事態に直面して、どうしていいかわからず、途方に暮れている子供のように見えた。
「何かあるのか? だとしたら、話してくれないか? もしかしたら、力になれるかもしれない」
「ですが……」
「ソラを放っておけないんだ」
「……どうして、そこまで……」
「困っている人を見捨てることなんて、できないだろう?」
「……」
ソラはぽかんとして……
ややあって、小さく笑う。
「レインは、いわゆるお人好しなのですね」
「そうか? そんなことはないと思うが……」
「自覚なしですか。ですが……そんなレインは嫌いではありません」
「にゃあ……レインが、またフラグを立てたような気がするにゃ」
「あたしたちのご主人様って、タラシなのかしら?」
なぜか、二人から睨まれた。
俺、何もしていないよな……?
「わかりました」
「ということは……」
「レインは人間ですが、信頼に値する人物だと判断しました。カナデとタニアも同様です。ソラが置かれている状況を、素直に打ち明けることにします」
「ありがとう」
「ですが、話を聞いたら引き返せなくなります。どのような事態が待ち受けているかわかりません。それでも……」
「構わない」
「……まだ、ソラの話は終わってないのですが」
「どんな危険があろうと構わないよ。俺は……俺達は、ソラの力になるって決めたんだ。そうだよな?」
「うんっ。私、ソラのためにがんばるよーっ!」
「まっ、乗りかかった船だし、仕方ないから手伝ってあげる」
「……ありがとうございます」
あふれる感情を我慢するように、ソラは唇の端をキュッと噛んで……
ペコリと頭を下げた。
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