319話 狂宴の終わり
「な、なぜ……この儂が、人間などに……ぐっ!?」
切り裂かれた腹部から胸部をかばうようにしつつ、ヴァイスは床に膝をついた。
もう立ち上がる力は残されていないらしく、体を弱々しく震わせるだけだ。
ただ、精神的に屈服したわけではなくて、こちらを忌々しそうに睨みつけてくる。
「勝負はついたな」
「……殺せ」
この状況をひっくり返すことはできないと、ヴァイスもそう感じたらしく、素直に負けを認めるようなセリフを口にした。
人間が人間が、と言っているわりに、それなりに素直だった。
まあ、下に見ている人間相手に無様な姿は見せられないという、そんな見栄が先行しているだけなのかもしれないが。
「もちろん、お前はここで倒す。ただ、その前に聞きたいことがある」
だからこそ、あえて急所を外して、一撃で仕留めないようにしておいたのだ。
「聞きたいことだと……?」
「スタンピードを起こしていたのは、お前だな? ホライズンのスタンピードもお前の仕業だな?」
「……」
「答えなくても構わない。ほぼほぼ確信しているからな」
こいつは魔力の糸を対象に繋げることで、生きていようが死んでいようが、自由自在に操ることができる。
なら、こいつが魔物達を操っていたのではないか?
スタンピードが起きるように、コントロールしていたのではないか?
そう考えると、色々と辻褄が合う。
というか、それ以外の可能性がない。
鬼族の人達の予想は、ピタリと的中したわけだ。
ただ、謎は残る。
「どうして、スタンピードなんて起こしていた? なにが目的だ?」
「……」
「喋るつもりはない、ということか?」
「……」
ヴァイスはこちらを見つつも、沈黙を貫いていた。
その口は硬く閉ざされたまま。
言葉にこそしないものの、早く殺せ、と言っているかのようだ。
「さすがに簡単に口を割ってくれることはないか」
「よく理解しているな」
「なら……ここで終わりだ」
俺はもう一度、カムイを構えた。
もう動けない相手に……なんて、そんなことは思わない。
甘いと言われることが多い俺ではあるが、これだけのことをして、リファを苦しめて……
そんなことをしたヴァイスを許すつもりなんて、欠片もない。
それに、ここで見逃したりしたら、またどこかで同じ災いを振りまくだろう。
絶対に。
こいつはそういうヤツだ……敵だ。
だから、ここで狩る。
「レイン」
ヴァイスが逃げないように警戒しつつ、視線を後ろにやると、リファがこちらにやってきた。
凛とした顔をしているが……
その目元に涙の跡が残っているのがわかり、胸が痛くなる。
「……お兄さんは?」
「大丈夫。お兄ちゃんは、ボクが送った」
「そっか」
「ありがとう。レインのおかげ」
「俺はなにもしていないよ」
「ううん、レインがいなかったら、お兄ちゃんは苦しんだままだった。だから……ありがとう」
お兄さんのことを思い出したのか、リファの顔がわずかに歪む。
でも、涙は流さないで、我慢した。
強い子だ。
もしも俺が同じ立場だったら、リファのようにはなれなかったと思う。
「ボクにやらせて」
「それは……」
その言葉がどんな意味を持つのか、すぐに理解した。
だからこそ迷う。
リファはお兄さんの仇を自分の手で討つことを望んでいる。
復讐を否定するつもりなんてない。
ただ、それはそれで、心の負担になってしまうことがある。
強すぎる想いは、その種類を問わず、それなりの過負荷をかけてしまうものだ。
しかし、手を下すことで心が晴れる場合もある。
そういうことを考えると、否定することもできなくて……
「……わかったよ」
少しの間考えて、俺はリファに譲ることにした。
結局のところ、ヴァイスにトドメを刺す権利があるのは、この場ではリファ以外にいないのだ。
だから、負担がかかるとしても、リファに任せることにした。
それが一番だ。
「ありがと、レイン」
リファに道を譲り、俺は後ろに下がる。
もちろん、その間も警戒は続けている。
ヴァイスはもう戦闘能力はないが……
それでも、追いつめられた今の状態では、なにをするかわからないところがあるからな。
「儂の最後は、貴様のような小娘か……」
「お兄ちゃんの仇、討つ」
「……ふん、好きにするがいい」
「うん、好きにする」
リファは血の鎌を生成して、大きく振りかぶった。
対するヴァイスは、床に膝をついたまま動かない。
動けないのか、完全に諦めているのか……それとも。
「これで……終わり」
リファが血の鎌を振り下ろして……
「バカめ!」
血の鎌が振り下ろされようとした瞬間、ヴァイスが動いた。
驚異的な瞬発力を見せて、リファに飛びかかる。
おそらく、人質かなにかにするつもりなのだろう。
ただ……そういう風に、最後の悪あがきを見せることは予想していた。
だから、慌てない。
冷静に対処することができる。
「がっ!?」
リファに飛びかかろうとしたヴァイスは、突然、なにかに弾かれたように吹き飛ばされた。
そのまま床の上を転がり、吹き飛び、壁に激突した。
壁にヒビが入るほどの勢いで、かなりの轟音が響く。
相当な衝撃らしく、ヴァイスは陸に打ち上げられた魚のように苦しみ、悶ていた。
そんなヴァイスのところに歩み寄り、リファは再び血の鎌を振り上げる。
「な、なんだ……今、なにが……!?」
「お前の悪あがきなんてお見通しだよ。だから、対策をさせてもらった」
重力を操作して、リファとヴァイスの間に斥力場を生成しておいた。
どう考えても、ヴァイスがおとなしく討たれるとは思わなかったからな。
その保険だ。
「レイン、ありがと」
「いいさ。それよりも……決着をつけよう」
「うん」
「貴様っ……貴様らあああああ!?」
「終わりにするよ」
「ばかな!? この儂が、この儂がこんなところで……!!!」
「さよなら」
リファは一直線に、血の鎌を上から下に振り下ろした。
ザァッ!!! という風を鋭く斬る音がした。
「……」
ヴァイスの動きがぴたりと止まる。
声も出なくなる。
ややあって……
その体が中央から左右に分かたれた。
血が噴き出すことはなくて、代わりに黒い霧のようなものがあふれる。
やがて、その体は塵となり、陽の光の中に消えた。
「……」
ヴァイスが完全に消滅したのを見て、リファはゆっくりと構えを解いた。
血の鎌を解除して、体の中に血液を戻す。
それから、リファは一つ、小さな吐息をこぼした。
そっと、片手を胸元に当てる。
天井を見上げて、小さく口を開く。
なにをつぶやいたのか?
俺も聞こえることはなくて、それはリファにしかわからない。
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