316話 優しい眠りを・その2
「お兄ちゃん……」
リファは杭を元の血に戻して、体内に戻した。
それから地面に横たわる兄の姿を見る。
カルスは動かない。
当たり前だ。
どんな生物であれ、心臓は急所の一つだ。
それを潰された以上、生きていることなどできない。
ヴァイスに操られていたとしても、活動を続けることはできない。
そのはずなのに……
「ぐっ……」
カルスの口からうめき声がこぼれた。
まだ生きている!?
混乱しつつも、リファは反射的に身構えた。
体に力が入らないらしく、カルスは首だけを動かしてリファを見上げた。
そして……微笑む。
「……リファ……か……」
「お兄ちゃん!?」
その笑みはリファが知っているものだった。
何度も何度も自分に向けてくれた、優しい兄の笑顔だ。
罠かもしれない、とかそういう考えは吹き飛んで……
たまらずにリファはカルスに駆け寄り、その体を抱き上げる。
「お兄ちゃんっ、お兄ちゃん!?」
「どうした……リファ……?」
「お兄ちゃん、意識が……」
ありえないことだった。
心臓は潰れている。
そもそも、すでに死んでいる身だ。
しかし、カルスはしっかりと言葉を紡いでいた。
いつもそうしていたように、妹に優しい言葉をかける。
「強く、なったな……」
「今の戦い、覚えて……?」
「残念、ながら……と言うべきか……操られている間も、意識は……あった。すまない……」
「ううんっ、ううん!! お兄ちゃんが謝ることじゃない!」
なにが起きているかわからない。
それでも、今目の前にいるのは、間違いなく兄だ。
奇跡が起きたのか、優しい兄が帰ってきた。
そう確信したリファは、カルスを抱きしめた。
そんな妹を、カルスも抱き返そうとして……
しかし体に力が入らずに、わずかに手の指が動いただけだった。
「情けない、な……リファを撫でてやりたい、のに……もう、体が動かない……」
「……お兄ちゃん……」
「……すまない……」
「謝らないで……謝らないでいいから! ボクは平気だから!!!」
どうしても我慢することができなくて、リファは涙をこぼした。
一度泣いてしまうと、もう止められない。
ポロポロと次から次に涙が流れる。
「……リファ……」
妹にこんな顔をさせているのは自分のせいだ。
そう痛感したカルスは、最後の力を振り絞る。
わずかに残されている魂の全てを、欠片も残すことなく使いきる。
そして……
「あ……」
「よし……よし」
カルスはそっと、リファの頭を撫でた。
力なんて残っていないはずなのに、すでに死んでいるはずなのに……
ただただ妹のことだけを想い、愛しい家族の頭を優しく撫でた。
「おにい……ちゃん……!」
リファは涙が止まらなかった。
優しい兄のために涙を止めたい。
それでも、ここまでしてくれていると思うと、どうしようもなく胸がざわついてしまう。
だから、せめて。
「……んっ」
涙を流しつつ……
リファはにっこりと笑った。
カルスに頭を撫でてもらった後は、お返しというように、いつも笑顔を見せていたから。
だから、泣きながらではあるが、笑顔を返した。
「あぁ……やっぱり……」
そんな妹の笑顔を見て、カルスは満たされたような顔になる。
「最後、に……リファに会えて……」
「お兄ちゃん……?」
「……よか……」
もう一度、カルスはリファの頭を撫でて……
そして、その手から力が抜けた。
「お兄ちゃん?」
リファが呼びかけるが、返事はない。
カルスは笑みを浮かべて、静かに事切れていた。
「っ……!!!」
カルスはすでに死んでいた。
今のは幻のようなもの。
それでも。
交わした言葉は。
交わした心は。
確かに、ここに存在した。
「うぅっ……あ、ううう……うぁああああああああああぁぁぁっ!!!!」
リファは動かないカルスを力いっぱい抱きしめて、あらん限りの声で叫んだ。
それは、リファの魂の慟哭だった。
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