311話 天と魔の思惑
「……アグニがやられるとはな」
古城の最奥にいる魔族……ヴァイスは、部下の反応が消えたことを察知して小さな吐息をこぼした。
やれやれと言いたい気分だ。
「まったく……思いの外使えなかったな。門番程度の仕事も果たせぬとは」
ヴァイスの言葉からは、部下に対する情なんてものは欠片も感じられなかった。
使えるか使えないか。
それだけを基準に全てを判断している。
もしもこれが、倒れたのがリースであるならば、ヴァイスも思うところはあったかもしれない。
しかし、倒れたのは魔物であり、自分の部下だ。
そのような相手に思うところを抱くほど、ヴァイスは情に溢れていなかった。
「アグニ以上の駒は……いないな。仕方ない、儂が迎撃に当たるしかないか。作業を中断することになるが、やむをえまい」
ヴァイスは再びため息をこぼしながら、一歩、後ろに下がった。
ヴァイスからの魔力供給が途絶えて、足元に展開されていた魔法陣が消える。
その魔法陣はスタンピードを引き起こすために作成されたものであり……
常に魔力を注いでおかなければいけないという問題があった。
クリオスを陥落させるために、さらに二箇所でスタンピードを発生させる予定だった。
そうすることでヴァイスと……そしてリースの目的を達成できる。
しかし、目的を達成する前にヴァイスがやられてしまっては元も子もない。
忌々しい限りではあるが、今は手を止めなければならない。
「して……何用だ?」
「あら、気づいていたのですね」
柱の影からリースが現れる。
前回の再会を再現したような登場だ。
「以前も言っただろう。同胞の気配を間違えるようなことはせぬよ」
「ふふ、うれしいですね」
「それで……今回も様子見か?」
「いえ、力を貸そうかと」
「力を?」
「人間に攻め込まれていて、戦況は不利。なので、援軍を用意しようかと思いまして」
「ふむ」
ヴァイスとしては、リースの申し出はやや癪ではあった。
援軍を用意する……ヴァイスの力では事態を解決できない、と見られているような気がした。
しかし、妙なプライドにこだわり、策そのものが失敗してしまったら意味がない。
そんなことになれば余計に下に見られてしまう。
それだけではない。
今回の策は、ヴァイス達にとってそれなりに重要なものなのだ。
「……わかった。癪ではあるが、リースの援軍とやらを受け入れよう」
「あら、意外と素直なんですね」
「儂とて状況くらいは読める。相手が複数の最強種とはいえ負ける気はしないが……それでも、万が一ということはある。その低い可能性を潰すために、リースの手を借りる。妥当な判断だろう?」
「ふふ、そのように冷静に現状を分析して、プライドではなくて理をとるところ、好きですよ」
「褒められているような気がしないな……それで、援軍とは?」
「まずはこちらを」
リースが指を鳴らした。
リースの足元の影が円状に広がり、その中から無数の魔物が湧き出してきた。
どのようにして魔物を呼び出したのか?
それは同胞であるヴァイスもわからない。
リースは仲間のために献身的な姿勢をとることが多いが、一方で手の内を明かさないという秘密主義なところがある。
そのことはヴァイスも承知なので、今更、リースの力の源を問うつもりはない。
どういう原理なのだろう? と思いつつも、そのまま流して、言葉を投げる。
「これらの魔物が援軍なのか?」
「いえ。これはおまけですね。本命はこちらですよ……モニカ」
「はい」
続けてモニカが現れた。
さきほどまで気配はなかったのに、とヴァイスは驚いた。
リースがなにかしら手を貸したのだろう、と自分を納得させる。
「はじめまして、ヴァイスさま。モニカ・エクレールといいます。よろしくお願いいたします」
「リースが飼っている人間か……」
ヴァイスはつまらないものを見るような目をモニカに向けた。
人間がなんの役に立つのか。
言葉にはしないものの、その視線はそう語っていた。
「確かにモニカは人間ですが、とても優秀なんですよ?」
「人間ごときが?」
「ええ、私の一番のお気に入りです」
「ふむ」
リースは仲間の中でも特に優秀な魔族だ。
そのリースにそこまで言わせるのならば、人間だからといって侮らない方がいいかもしれない。
ヴァイスはそう考えを改めた。
「まあいい。力を貸してもらうぞ、人間よ」
「はい。私の主はリースさまですが、この時は、ヴァイスさまのために全てを賭けると誓いましょう」
モニカはうやうやしく一礼した。
「まあ、リースがここまで言うのだ。この人間もそれなりに有能なのだろうが……どうせならば、話に聞く天族を派遣してほしかったな」
「うーん……最初はそれも考えたんですけどね。ただ、イリスさんはまだ迷っている……というか、最近はほぼほぼ無理なような気がしてきましてね。人間と戦ってもらうのは、なかなかに難しいかと」
「なんだ、それは。それならば助ける必要はなかったのではないか?」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。やる気がないのなら、その気にさせればいいだけですからね」
「それでも失敗したら?」
「その時はその時で、きちんと出番を用意してますから」
「食えないヤツだ、お前は」
「ふふ、褒めてもらいありがとうございます」
リースはにっこりと笑う。
その笑みは子供のように無邪気で……同時に、子供特有の残酷な面も表に出ていた。
――――――――――
「わたくしはお呼びでないとのことですが……そういう風に仲間はずれにされると、かえって顔を出したくなるというものですわ。ふふふ」
古城の屋根の頂点。
そこにイリスの姿があった。
小さな突起を椅子代わりにして座り、じっと耳を澄ませている。
ヴァイスとリースの会話が聞こえてきた。
最強種なので聴覚も優れている。
魔法を使っているわけでもないし、スキルを使っているわけでもない。
あまりにもシンプルな方法故に、探知される可能性は低い。
「リースさまはわたくしのことを信用していないみたいですね。まあ、さすがに仕方ありませんね。返事をずっと保留にしたまま……それでいて、時折、レインさまの手助けをしていましたからね」
元々信用されたいと思っていなかったし、こちらも信頼していない。
なのでショックなんてものはない。
イリスはわりと達観していた。
「しかし……その他の出番というのが気になりますわね」
リースは何を企んでいるのか?
イリスはその目的を考えるが、すぐに思考を放棄した。
判断材料が少なすぎる。
もう少し、情報がほしいところだ。
「とはいえ、レインさまのことも気になりますわね……ヴァイスという魔族。なぜ、あれほどの自信を持っているのでしょうか?」
複数の最強種を相手にしても負ける気はしない、と言っていた。
果たして、そのようなことが可能だろうか?
確かに、魔族は最強種と同じカテゴリーのSランクだ。
Sランクというものは、これ以上はないという判断を意味する。
なので同じSランクだとしてもピンからキリまである。
ヴァイスが上の上に立つSランクだとしたら、レイン達は危ないかもしれない。
しかし、イリスの感想はそれはない、というものになる。
複数の最強種を相手にしても圧倒できるほどの力があるような感じはしない。
それほどの力を持つのならば、どれだけ隠そうとしても隠しきれない圧というものが出てくるはずだ。
ヴァイスは魔族としての強者の圧は感じるが……
それは圧倒的なものではない。
イリスより下。
もしかしたら、リースよりも下ではないだろうか?
イリスはそんな分析をした。
「しかし、あれはウソや誇張ではなくて、本気で言っているように感じましたね……ということは、何かしら策がある? いえ。古城内に攻め込まれることは本意ではないはず。罠の類はない……となると、やはり戦闘で圧倒できるということ。その方法は……スキルでしょうか?」
ぶつぶつとつぶやきながら、イリスはヴァイスの力について考えた。
そうして色々と考えてはいるのだけど……
その後、どうするのか?
それについては、実は決めていなかったりする。
ヴァイスの能力に当たりをつけた後、それをレインに知らせるのか?
それとも見て見ぬ振りをするのか?
あるいは、一緒になって戦うのか?
答えは決まっていない。
リースの味方をするつもりは、ほぼほぼ失せていた。
リースに対しては助けてくれた恩義はある。
だからといって、己の意思を曲げてまで望まないことをやるつもりはない。
リースの目的は人間を滅ぼすこと。
すなわち、魔王の望みを叶えること。
かつてはイリスも人間を滅ぼそうと思っていたが……
今はその気持は綺麗に消えていた。
レインと戦い、レインの言葉を聞いて、レインの心を覗いて……
その結果、不思議と復讐心は消えた。
代わりに生まれた想いは……
「……さてさて。どういたしましょうか?」
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