3話 最強種
『最強種』と呼ばれる存在がいる。
Sランク冒険者に匹敵……あるいは、凌駕するという力を持つ種族のことだ。
竜族。
精霊族。
神族。
この世界には、数多の『最強種』が存在するが……
その中でも一際珍しいのが、『猫霊族』だ。
紛らわしい名前をしているが、猫の幽霊じゃない。
あくまでも、『猫霊族』という種族なのだ。
猫の耳と尻尾を人につけたような外見をしている。
種族全体が陽気な性格をしていて、人懐っこい。
『最強種』と言われても信じられないくらいかわいらしい存在で、一時期は、アイドルのように崇められたこともあるらしい。
そんな『猫霊族』ではあるが、そのポテンシャルはすさまじい。
素手で大地を割り、道具を使わずに雲の上まで飛び上がり、音速を超えて移動できる。
魔法が使えない分、身体能力が極限まで進化したらしく、ただの殴り合いなら魔王すら倒せるという噂だ。
しかし、過去に起きた戦争の影響で、個体数が激減。
今は絶滅の危機に瀕しているらしく、その姿を見かけることは稀だ。
あまりにも見つからないものだから、遭遇したら幸運が訪れる、と言われてるほどだ。
そんな『猫霊族』の女の子が、俺の前にいた。
「はぐはぐはぐっ! あむっ、あむっ! ぱくぱくぱくぱくぱく、ごくんっ!」
『猫霊族』の女の子は、俺が持っていた非常用の携帯食料を食べていた。
全力で食べていた。
これでもかというくらい、夢中になって食べていた。
聞けば、腹を空かせて行き倒れているところだったらしい。
納得だ。
本物の『猫霊族』ならば、キラータイガー如きに追い詰められるわけがないからな。
「ぷはーっ!!!」
俺の携帯食料を全部食べ尽くしたところで、ようやく満足したらしく、『猫霊族』の女の子はにっこりと笑った。
……よく見ると、すごくかわいい。
光を束ねたような、サラサラの綺麗な髪。
宝石のように輝くグリーンの瞳。
猫耳と尻尾がなければ、どこかの国のお姫様と言われた方が納得できる。
「落ち着いたか?」
「うんっ! ありがとーっ、助かったよぉ……あのまま、死んじゃうのかと思った」
「大げさだな」
「大げさなんかじゃないよー。もう、何日も飲まず食わずで、天国に行ったはずのおじいちゃんおばあちゃんが、川の向こうで手を振っているのが見えたもん」
割と洒落にならない状況だったらしい。
うまい具合に女の子を助けることができて、本当によかった。
「あっ、そういえば、自己紹介をしてなかったね! 命の恩人なのに、ごめんなさい。私は、カナデ。見ての通り、『猫霊族』の女の子だよ♪」
「俺は、レイン・シュラウド。冒険者……になる予定の男だ」
「予定なの?」
「試験を受けている最中なんだ。で、その時にキミを見つけたんだ」
「キミ、じゃなくて、カナデって呼んでほしいな♪」
「じゃあ、俺のこともレインで」
「うんっ! よろしくね、レイン♪」
これが、俺とカナデの出会い。
……生涯のパートナーとなる相手との、初めての時間だった。
――――――――――
「へー、それじゃあ、レインは勇者のパーティーにいたんだ」
街に戻ろうとしたら、カナデもついてくると言い出した。
特に問題はないので、そのまま一緒に行くことにした。
その道中……
俺は、ここ最近、自分の身に起きた出来事をカナデに話していた。
本来なら、思い出すのもイヤなくらいの最低な思い出なんだけど……
カナデの明るい人柄がそうさせているのか、気がついたら、俺は全てを話していた。
「むぅー」
カナデが不機嫌そうな顔をする。
「どうしたんだ?」
「レインを追放するなんて、その勇者、許せないなー。レイン、こんなに良い人なのに」
「……俺のために怒ってくれるのか?」
「当然だよ!」
カナデは優しい子なんだな。
出会ったばかりの俺のために怒ってくれるなんて……なかなかできることじゃない。
「まあ、仕方ないさ。俺が足手まといになっていたことは事実だからな」
「にゃうー……でもでも、スッキリしないの!」
「ありがとな、俺のために怒ってくれて。でも、今の俺はスッキリしてるよ。あのままパーティーに残ったとしても、ロクな目に遭ってなかっただろうからな。そのことを考えれば、抜けることができて、逆によかったと思うよ」
「んー……レインが気にしてないなら、私も気にしない!」
「いい子だな」
「にゃふぅ」
つい、反射的にカナデの頭を撫でてしまった。
ただ、カナデは嫌がる素振りを見せず、むしろ気持ちよさそうに目を細くした。
「あっ、でもでも、一個だけ訂正させて? レインは役立たずなんかじゃないよ。むしろ、すごく強いよ」
「ありがとな、慰めてくれて」
「慰めなんかじゃないよー。本気で言ってるんだよ?」
「そんなことを言われてもな……俺の力なんて、大したことないぞ? ビーストテイマーだから、動物を使役するくらいしか能がないし……」
「それがすごいんだって。レインのビーストテイマーの才能は、とびきり優れてるよ」
「なんでそんなことが言えるんだ?」
「レインなら、たぶん、私と契約できるから」
「え?」
予想外のことを言われて、思わず足を止めてしまった。
カナデはそんな俺を見上げて、にっこりと笑う。
「なんて言えばいいのかな? レインを見た瞬間、ビビビ、って電気のようなものが体を走ったの。それで、思ったんだ。レインなら、私を使役できるんじゃないかな、って。私達『猫霊族』を使役できる人なんて、世界中を見ても、ほんの一握りしかいないよ? だから、レインはすごい人なんだよ」
「そんなことを言われても……」
実感がない。
『猫霊族』を使役する?
そんなこと、考えたこともなかった……
「私を使役してみる?」
「えっ、いいのか? いや、できるかどうかわからないんだが……」
「レインならいいよ♪ 興味あるし、やってみる?」
「……」
『最強種』を使役できたとしたら、これ以上、心強いことはない。
でも、そんな打算以上に……
カナデともっと仲良くなりたいと思った。
契約を交わすことで、親密になりたいと思った。
だから……
「わかった、やってみるよ」
「うんっ♪ さすが、レイン。応援してるからね!」
「じゃあ……そこで、じっとしててもらえるか?」
「じっとしてるだけでいいの?」
「ああ。やることは、俺が全部やるから」
親指を噛んで、血を流す。
その血を使い、手の平に、ビーストテイマーのみが使用する特殊な魔法陣を描いた。
手の平をカナデにかざす。
「……我が名は、レイン・シュラウド。新たな契約を結び、ここに縁を作る。誓いを胸に、希望を心に、力をこの手に。答えよ。汝の名前は?」
ここで、カナデが自分の名前を答えたら、契約が成立する。
そうでない場合は……
「……カナデ……」
不安をよそに、カナデは自分の名前を口にした。
血で描いた魔法陣が輝く。
光があふれて……
カナデの中に吸い込まれていく。
「……んにゃ? これで終わり?」
「ああ……契約、成立だ。ほら、手の平を見てごらん」
「おー……おー? なんか、変な模様ができてるよ」
「それが、俺とカナデを結びつける契約の証だ。これで……俺は、カナデと契約したことになる」
「そうなんだ。コレが、私とレインの絆の証なんだね♪ えへへ、うれしいな♪」
「絆……」
「あれ、違った?」
「……いや、合っているよ。それは、俺とカナデの絆の証だ」
「うんっ♪ これからよろしくね、レイン♪」
「こちらこそ、よろしくな」
こうして……
俺は意図せず、『最強種』を使役することになったのだった。
19時頃にもう一度更新します。