297話 災いを呼ぶ者
ホライズンを見下ろせるような崖の上に一人の男がいた。
歳は60を超えているだろうか?
長い時を生きたものだけに見られる貫禄というものがある。
白髪が交じり、ともすれば60以上に見えるかもしれない。
それだけ彼の外見は老いていた。
しかし、その身にまとう覇気は老人のそれではない。
歴戦の戦士というものにふさわしいもので、中途半端な者が彼の前に立てば、その覇気に圧倒されて言葉を紡ぐことはできなくなってしまうだろう。
「ふむ」
初老の男は手にした剣を杖のようにして体を支えながら、視線をホライズンから東の方へ移動させた。
東は平原が広がり、その中央にまっすぐと街道が伸びている。
街道を外れた先をゆくと森が見えた。
その森から魔物が一匹、また一匹と現れている。
スライムのように増殖しているのか、それはいつになっても終わることはない。
スライム、ゴブリン、オーク、オーガ、キメラ……その他諸々。
下は最低ランクの魔物。
上はAランクの魔物まで、様々な魔物が集結しつつあった。
スタンピード。
魔物の大量発生による大災害。
それがまさに今、ホライズンを飲み込もうとしていた。
そんな光景を見た初老の男は、満足そうに頷く。
「やや発生は遅いが……これだけの規模のスタンピードを誘発することができたのならば、上出来という方だろうな。我ながらいい仕事をした」
初老の男は肩越しに後ろを見て、
「そうは思わぬか? リースよ」
音もなく姿を見せた魔族……リースに対して、そう問いかけた。
「あら、気づいていたんですね」
「気づかないわけがないだろう。魔力は抑えているみたいだが、儂らは同胞なのだぞ? 仲間が近くにいれば感覚でわかる」
「うーん、普通はそのようなことはないんですけどね。相変わらずヴァイスさんの気配探知能力はすごいですね」
「褒めるために顔を見せたのか?」
「いえいえ。もちろん、お仕事ですよ」
リースは初老の男……ヴァイスの隣に並び、大量の魔物の群れを見下ろした。
「ヴァイスさんのお仕事は順調なのかどうか? それを確認しに来たのですが……まったくの杞憂でしたね。これほどの短時間で、あれほどの規模のスタンピードを誘発することができるなんて。さすがです」
「様子を見るか……儂の能力を疑うようで、あまりいい気はせぬな」
「すみません。ヴァイスさんの能力を疑っているわけではないんですよ。ただ、今回の作戦は、わりと優先順位が高いので。できることなら失敗したくなくて……念には念を、と思っているんですよ」
「わからんでもないがな」
「今回の作戦の重要性を理解してくれているみたいで、うれしいです」
「儂をバカにしておるのか? 魔王様の目を覚ますことができるかもしれない……その作戦の重要性がわからないほど、耄碌しておらぬぞ」
「ふふ、そうですね。失礼しました」
二人が話をしていると、崖の下で魔物の咆哮が響いた。
いつの間にか魔物の群れが倍以上に増えていた。
「では、私は私で別の方面を見てきますので」
「ああ、任せる」
「あ、そうそう。クリオスの方はどうしたんですか?」
「さらに三度、スタンピードを誘発させておいた。しばらくの間、儂がいなくても問題はないだろう」
「なるほど、それなら安心ですね」
リースはにっこりと笑い、
「では、また後ほど」
優雅に一礼して……
その姿を霧のようにして、そのまま消えた。
――――――――――
「スタンピードだって……!?」
ナタリーさんの口から飛び出したとんでもない言葉に、俺は思わず声を大きくした。
タニアとリファもすぐに険しい顔になる。
「それは本当なのか? そんな兆候があるなんて、聞いたことないのに……」
「シュラウドさんが疑う気持ちもわかります。しかし、たくさんの人からの目撃情報があり……それと、偵察も完了しています。東の方でスタンピードが発生。おそらく、あと2時間ほどでこのホライズンに魔物の群れが押し寄せてくるでしょう」
「……なんてこった」
まさか、このタイミングでスタンピードが起きるなんて……
普通に考えてありえない。
だとしたら、やはり……
「クリオスの件と関係がありそうね」
俺の考えを代弁するように、タニアがそう口にした。
それに同調するように、リファがこくりと頷く。
「ん。可能性は高い。都合がよすぎる」
「しかし、目的がわからないな」
クリオスを狙うのは、鬼族が共存している街だから。
魔物、魔族にとって最強種は厄介な存在だ。
機会があれば排除しようとしてもおかしくはない。
ただ、なぜホライズンまで狙う?
ここは普通の街で、魔物や魔族に狙われるような理由はない。
リファが俺に助けを求めたことを知り、それを妨害しようとした?
いや、それはおかしいか。
俺とリファが出会ったのは、つい数時間前だ。
スタンピードはそれよりも前に発生していると思うから、計算が合わない。
ホライズンが狙われる理由があるはずなのだけど……
いや、今はいいか。
なによりもまず、街を守ることを考えないといけない。
「タニア、悪い。みんなにこのことを伝えてくれないか? で、ここに集めてほしい」
「それはいいけど……でも、ソラとルナは無理よ? あの二人、精霊族の里に行くって言ってたから、もう外に出ていると思うし」
「しまった、そういえばそうだった」
迷いの森は東方向ではないから、二人が巻き込まれることは心配しなくていい。
ただ、二人抜きでスタンピードに立ち向かわないといけないのは、正直、心細い。
とはいえ、どうしようもないものはどうしようもない。
ソラとルナ抜きで、なんとかしないといけないか。
「っていうか……」
タニアがギルド内を見て訝しげに言う。
「冒険者も少なくない?」
「そういえば……」
ギルドの職員達が慌ただしく動いていて……
その中で、冒険者らしき人々が武具の手入れをしている。
ただ、その数は少ない。
いつもならもっと多くの冒険者がいるんだけど……
まだ集まっていないだけなのか?
「その、実は……」
ナタリーさんが申し訳なさそうに言う。
「タイミング悪く、半数以上の冒険者の方々が出払っていまして……」
「……マジか」
「残っている冒険者は、今ここにいる方々だけなんです」
「スタンピードの規模は?」
「なんともいえないところですが……2万くらいになるという予想です」
「2万か……」
過去に10万の魔物が発生したという記録もあるから、極大のスタンピードというわけではない。
ただ、冒険者は50人くらいで……
単純計算で、1:400という戦力比になる。
さすがに厳しい。
「騎士団は?」
「今は避難経路の確保や籠城に備える準備でいませんが……150名ほどだそうです」
「それでも全部で200人か……」
「各ギルド支部、騎士団支部に応援を要請していますが、いつになるか……」
なかなかに絶望的な戦力差だ。
数千くらいならみんなの力を借りればなんとかなるかもしれないが……2万はさすがに多すぎる。
数の暴力というものはわりと圧倒的で、あるラインを超えた時、ほぼほぼ無敵と化す。
いくら最強種でも飲み込まれてしまうだろう。
そうなると……
「よし、味方をたくさん用意しよう」
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