270話 サーリャの……
王都を発つ日が訪れた。
色々なことがあって……
とても長い間、滞在していたような気がする。
冤罪とか牢に閉じ込められるとか、あんなことは懲り懲りだけど……
でも、今回の事件を通じて、また一つ、みんなとの絆が深くなったような気がした。
それだけは幸いというべきかもしれない。
「まあ、そんな風に考えないとやっていられない、っていうのもあるけどな」
苦笑しながら、俺は王城の門をくぐった。
兵士に案内してもらい、とある部屋へ。
ノックをして中に入ると……
「いらっしゃいませ、レインさん」
サーリャさまが笑顔で迎えてくれた。
侍女が紅茶とお菓子を用意して……
そのまま部屋を出ていってしまう。
サーリャさまが望んだことなのだろうけど、少々、警戒がなさすぎるのではないか?
一国の王女が男と二人きりになるなんて……
いや、なにもしないけどさ。
まあ、信頼されている証と思えば悪い気分はしない。
むしろ、素直にうれしいと思う。
「どうぞ、おかけになってください」
「はい。失礼します」
サーリャさまの対面に座り、紅茶をいただく。
「レインさんは、今日、王都を発つのですね?」
「はい、そうですね」
「きちんと挨拶をしたくて、お呼びだてしてしまいました。すみません」
「いえ、そんなことは気にしないでください。サーリャさまにはたくさん助けられましたから、俺も挨拶はしたいと思っていましたし……」
「そうですか。そう言ってもらえると安心します。ただ、お別れの挨拶だけではなくて、一つ、お願いがあるのですが……」
「お願いですか? どんなことですか?」
「私と結婚しませんか?」
「ぶはっ!?」
紅茶が気管に……!?
というか、王女さまの前でなんてことを……!?
俺、不敬罪にならないだろうか?
ごほごほとむせながら、そんなどうでもいいことを考えた。
「さ、サーリャさま……いきなり、そういう冗談はやめてください。さすがに驚きますから」
「あら、私、本気ですよ」
「ごほっ!?」
再びむせてしまう。
幸いというか、紅茶は口に含んでいなかったので、吹き出すことはなかった。
サーリャさまを見る。
穏やかな笑みを浮かべているものの、その目は真剣だ。
ウソとか冗談とか、そういう雰囲気ではない。
「えっと……どうしてですか? 理由を聞いても?」
「どうなのでしょうね。私も、実はよくわかりません」
「え?」
「すみません。レインさんを困らせるつもりはなかったのですが……そうですね」
考えるような仕草と時間を挟み、サーリャさまはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「私は王族なので、自由に相手を選ぶことはできません。王位継承権は低いので、まったくの自由がないわけではないですが……それ相応の相手でないと反対されるでしょうね。ですが、レインさんならまったく問題はないかな、と思いまして」
「……もしかして、俺のこと、王から聞いています?」
「すみません。気になったもので、つい」
それならば納得だ。
勇者になる資格がある俺とならば……と考えるのは、王族としては普通のことだと思う。
ただ……
サーリャさまは、俺の予想を裏切る発言をする。
「ですが……レインさんが父の求める存在でなかったとしても、私は、レインさんを求めていたかもしれません」
「え? それは……」
「レインさんと一緒なら、幸せになれるような気がしたのです。とても楽しい結婚生活を送ることができると思ったのです。私、王女である前に、一人の女なので……それなりに、結婚というものに憧れを持っているのですよ?」
ちょっといたずらっぽく言われてしまう。
サーリャさまなりの笑いどころなのかもしれない。
「簡単に言ってしまうと、一目惚れでしょうか」
「えっ……いや、それは……」
本気ですか?
そう問い返そうとして、すぐに口を閉じた。
サーリャさまの表情は変わらない。
穏やかな笑みをしていて、それでいて、真面目な目をしている。
それに、こういう冗談やウソはつかない人だということを、俺は知っているじゃないか。
だから、サーリャさまの気持ちは本物で……
俺は、それに対する答えを出さないといけない。
「えっと……それは、いつ?」
「もちろん、レインさんと初めて顔を合わせた時……あなたに助けてもらった時ですよ」
「あの馬車の……」
「ここから先は秘密でお願いしますが……実はあの時、私はすごく怯えていました。王女であるため、それなりの覚悟は持っていたつもりですが……いざ実際に命の危機にさらされると、どうしようもなく体が震えてしまい……馬車の中で縮こまっていました」
無理もないと思う。
サーリャさまは強い人だ。
そして、聡明な人だ。
でも、王女というだけで、その他は普通の女の子だ。
戦う力を持っているわけではないし、自分の身を守ることもできない。
その辺りは護衛に任せっきりになってしまう。
魔物に襲われて平然としていられるほど、強くはないだろう。
「ですが……レインさんが助けてくれました。月並みな話ですけど、あの時のレインさんは私にとって、白馬に乗った王子さまのように見えたのですよ」
「それは、また……」
過大評価がすぎるなあ、と思う。
でも、口にはしない。
サーリャさまが感じた思い、気持ちはサーリャさまだけのものだ。
それを俺が否定できるだろうか?
いや、できるわけがない。
「子供っぽいと思いますか?」
「いえ、そんなことは」
「ありがとうございます。当のレインさんにそう言っていただけると、うれしいです」
まいったな。
今日招かれたのは、挨拶くらいだと思っていたのだけど……
まさか、こんな特大の爆弾がしかけられていたなんて。
思えば、告白されるのは初めてだ。
今まで冒険ばかりしていて、そんな経験をしたことがない。
どう答えればいいのだろう?
そして、俺の気持ちは?
あれこれと考えるものの、一向に答えがまとまらない。
頭の中がぐるぐるしてしまい……
知恵熱が出てしまいそうだった。
「ふふっ。今の私の言葉、あまり気にしないでください」
こちらの気持ちを見抜いたように、サーリャさまは小さく笑う。
「私のわがままになりますが、気持ちを告げておきたくて……今すぐの答えは求めていませんから」
「それは……でも、いいんですか? 保留にするなんて、男としてダメなような……」
「いいのです。今、答えを急かしてしまうと、ダメになってしまう予感がして」
正直、なんとも言えない。
自分のことなのによくわからない。
ホント、俺、そういう方面は疎いなあ……
「ですから、虎視眈々とチャンスを伺うことにします。そして、隙あればパクリ、といかせてもらいます」
「ぱくりと……ですか」
「そう、ぱくりとです。ふふっ」
その表現がおかしくて、サーリャさまと一緒になって笑うのだった。
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