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250話 誘い

「いい夜ですね。月が綺麗で……ふふっ、散歩をするにはとてもいい日です」


 こちらが警戒していることなんて気にしていない様子で、モニカは穏やかに笑う。

 言葉だけを捉えれば、散歩の最中に出会った……ということになる。


 周囲に人が潜んでいる様子もないし……

 なによりも、モニカは俺に対して敵意を向けていない。


 でも……


 この女は危険だ。

 俺の直感がそう告げていた。

 頭の中で警報が鳴り響いていた。


 いつでも動けるように身構えながら……

 ギリギリのところまでは、この女の素性を探ろうと、話を続けることにした。


「あんた……確か、アリオスの仲間だよな?」

「そうですね。仲間というか……まあ、本当のことを言うと監視役ですが」

「監視役?」

「ほら。アリオスさまは……ちょっと、おいたがすぎたでしょう? そこで、国王が監視役として私を派遣したのですよ。これ以上、いたずらをしないように。また、勇者にふさわしいか見極めるために」

「そんなことをペラペラと話していいのか?」

「一般人に話してしまうのは、いけませんね。でもまあ……アリオスさまと親しいレインさんになら、問題はないかと」

「別に親しくない」

「ふふっ、そうですね」


 くすくすとモニカが笑う。

 年相応の無邪気な笑い方だ。


 それなのに……

 まったく気を抜くことができない。

 むしろ、より警戒を強くしてしまう。


 いったいなにが、俺に脅威を与えているのだろう?

 この女のどこに恐れているのだろう?


「その監視役がなぜこんなところに?」

「一度、レインさんと話をしてみたくて」

「俺と……?」

「ええ。あ、その前に一つ聞いておきたいんですけど……魔道具は無事に奪取できましたか?」

「なっ……!?」


 こいつ……俺の行動、目的を把握している!?


 思わずカムイを抜いて構えてしまうが……

 モニカは武器を抜かず、自然体のまま、体を無防備に晒している。

 そのまま両手を挙げた。


「誤解なさらず。戦う気はありませんし、レインさんの邪魔をするつもりもありません」

「……その言葉を信じろと?」

「はい」


 にっこりと笑いながら、モニカは静かに頷いた。

 変わらず、邪気というものは感じられない。

 しかし……だからこそ危うい。


 監視役とはいえ、一応、アリオスの仲間なのに……

 そのアリオスを裏切るようなことをしておいて、罪悪感の欠片も感じていない。

 普通の人とはまるで異なる構造の心をしているみたいだ。


「まあ、私に敵意はないことは確かなのですが……それを素直に信じろというのも、無茶な話ですね。はい、自覚しています。なので、端的にこちらの話したいことのみを伝えることにしますね」

「やはり、なにか目的が?」

「目的というか、問いかけですね」

「問いかけ?」

「レインさん……あなたは現状に満足していますか?」


 そう問いかけられた瞬間……

 ゾクリと背中が震えた。


 隠されていたモニカの中の悪意が一気に噴出したというか……

 いつの間にか死神と入れ替わっていたというか……


 もしかして今、自分は、とんでもないものを相手にしているのではないか?

 そんな悪寒を覚えてしまい、背中が震える。


 それでも、ここで弱味を見せるわけにはいかない。

 そんなところを見せたら、弱っている動物が魔物に襲われるように、一気に食らいつかれるような気がしたからだ。


 努めて表情を無に保ち……

 わずかに眉をひそめてみせる。


「満足っていうのは……どういう意味だ?」

「そのままの意味ですよ。レインさんのことは、それなりに調べさせていただきました。ビーストテイマーでありながら、最強種を使役するという、とんでもない力の持ち主。やろうと思えば、もっと大きなことができるはずなのに……それなのに、ただの冒険者に収まっている。もったいないと思いません? 自分の力をもっと自由に振るいたいと思いません? 何者にも縛られることなく、好き勝手にしてみたいと思いません?」

「……思わないな。俺は、やたら大きな夢とか野望は、自分にはふさわしくないと思ってる。だいたい、そんなものがなくても、十分に満たされることができる。俺は……大事な仲間がいれば、それで十分だ」

「ふむふむ。まあ、予想していた答えですね。あまりにも予想通りなものだから、私の思考が読まれているのではないかと疑うほどに、予想通りですね」


 バカにされているのかいないのか。

 いまいち判断がしづらい。


「では、別の提案をしましょう」

「別の……?」

「アリオスさまに復讐をしたくありませんか?」

「なっ……」


 その誘いは……それこそ、悪魔の誘いのようだった。


「レインさんは力があるのにも関わらず、パーティーを追放された。これに対して、思うところはありませんか?」

「それは……」


 昔のことだ。

 それに、今はもうみんながいる。

 気にしていない。


 いないのだけど……

 欠片も意識していないとなると、ウソになるかもしれない。

 俺は聖人君子じゃない。

 あんな扱いを受けて、不当にパーティーを追放されて……

 思わないところがないなんて、あるわけがない。


 アリオスに対して復讐を考えなかったというと、それはウソになる。


「それだけじゃありません。レインさんの仲間を侮辱して、一方的に絡んできたこと……許せませんよね? ホライズンの領主の息子……彼が魔族化したのも、アリオスさんのせいですよ」

「それは本当なのか……?」

「ええ。証拠はありませんが……まあ、私はちょっとしたツテがあり、そのことを知っているので。あれは、子供じみた八つ当たりで、レインさんに嫌がらせをするために、アリオスさまが仕組んだことです。それと……悪魔の一件。アリオスさまが軽はずみな行動をとらなければ、あの天族は今も眠ったままで……レインさんが心を痛めることもなかったでしょう」

「……」

「そして……今回の一件。ある程度、理解しているのでは? アリオスさまが裏で糸を引いていることに」


 確証はないが……

 アリオスを疑ったことはある。

 都合よく魔道具を手にしていて、俺が人を殺す映像が用意されていて……

 アリオスが俺を陥れるためにしたことと考えれば、ある程度、辻褄は合う。


 ただ、なぜそんなことをするのか、そこは疑問なのだけど……


「私と組みませんか?」


 モニカが手を差し出してきた。


「私が協力をすれば、現状を打開することができます。レインさんの冤罪を晴らせるし、仲間も無事に助けることができます」


 それは抗うことが難しい誘惑だった。

 俺のことはどうでもいいが……

 仲間を無事に助けられると言われたら、少しは考えてしまう。


「それだけではなくて、アリオスさまに復讐をすることができます。アリオスさまは勇者という立場にあぐらをかいて、好き勝手してきました。その被害者は、レインさん……あなたです。アリオスさまのせいで、レインさんは色々な害を受けてきた。被害者であるあなたは、復讐する権利があります」

「……とても騎士の言葉とは思えないな」

「まあ、私も色々とあるので。それで……どうしますか? 私と組みますか?」


 悪魔がささやくように……

 モニカは優しく、本当に優しく笑い、こちらをじっと見つめてきた。


 モニカの問いかけに、俺は……

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