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245話 妄執

「レインが脱走した?」


 アリオスがその報告を受けたのは、レインが牢を抜け出した翌日のことだった。


 全て自分が思い描いた通りに事が進んでいる。

 そろそろレインを裁きにかけよう。

 そして、己が犯した愚行を後悔させてやろう。


 そんなことを考えるアリオスは上機嫌だったけれど……

 レインの様子を見るために騎士団本部を訪ねたところで報告を受けて、機嫌が急下降する。


「そんな話、聞いていないが……どういうことだ?」

「はっ、それはその……」


 アリオスに睨みつけられて、騎士がしどろもどろになる。

 そんな部下を見かねたらしく、上位の騎士がアリオスの対応にあたる。


「昨日、被疑者が脱走しました。殺人犯が市街に潜伏していると市民が知れば、動揺が広がるでしょう。そのため、内密に処理する必要が……」

「僕は市民じゃない。勇者だ。そして、この件に関わっている。それなのに、なぜ報告をしない?」

「……失礼しました。被疑者は単純に脱走しただけではなくて、とても大きな問題を引き起こしたために混乱していて……報告が後々になってしまいました」

「問題? なんだ、それは?」

「こちらへ」


 騎士に案内されて、アリオスは個室へ移動した。

 内密の話なのだろう。


「実は……被疑者は、面会に来た姫さまを人質に取り、脱走したのです」

「……なんだって?」


 アリオスがぽかんとなる。


「問題が問題だけに、急いで解決する必要があり……そのために慌ただしくなってしまい、アリオスさまへの報告が遅れてしまいました。申し訳ありません」

「レインのヤツは、王女を人質にしたというのか? それは本当に?」

「はい、間違いありません。幾人の部下が目撃しています。現在、箝口令を敷いていますが……事が事なので、隠し通すことは難しく、いずれ露見するかと」

「なるほどね」


 アリオスは口元に手をやり、考えるような仕草をとる。

 それは、笑みを隠すためのものであった。


 当然ながら、脱獄は重罪だ。

 より重い罪状が与えられることになる。


 それだけではなくて、王女を人質にしたとなれば、もはや国家反逆罪は免れない。

 よほど運が良かったとしても、生涯、鉱山などでの重労働。

 普通は死刑だ。


 アリオスは悩んでいた。

 レインを陥れたものの、その罪状は殺人罪だ。

 確実に死刑にできるとは限らない。


 しかし、王女を人質にして誘拐したのなら、もう死刑は確定したようなものだ。

 まさか、自分で自分の首を締めてくれるなんて。

 なんてありがたいのだろう。


 アリオスはこみ上げてくる笑いを我慢するので必死だった。

 本当なら、今すぐに高笑いをあげて、ざまあみろとレインを罵倒してやりたいところだ。


「つきましては、アリオスさまの力をお借りしたいのですが……」

「ふむ。そうだね……大変な問題だ。もちろん、僕も力を貸すよ」

「ありがとうございます。今は姫さまの捜索をしつつ、情報を集めている最中なので……まとまり次第、アリオスさまのお力を借りるかもしれません」

「今度は遅れることなく、きちんと報告してくれよ」

「はっ!」


 敬礼する騎士に見送られて、アリオスは騎士団本部を後にした。




――――――――――




「あっ、アリオスだ。おかえり」


 滞在している城の客室に戻ると、リーンに出迎えられた。

 特にやることがないらしく、リーンは爪の手入れをしていた。


 ミナとアッガスの姿もある。


 ミナは本を読んでいた。

 教会が発行している、神の教えについて書かれた本だ。

 アッガスは黙々と武具の手入れを行っていた。


 モニカの姿はない。

 監視役といっても、24時間一緒にいるわけではない。

 外に出る時は一緒に行動するが、そうでない時は別行動をしている時が多い。


 アリオスは大して気にすることなく、モニカのことを意識から外した。


「なんか姿が見えなかったけど、どこ行ってたの?」

「ここ最近はゆっくりしていましたが、そろそろ活動をするべきでは?」


 ミナがぱたんと本を閉じて、アリオスにそう問いかけてきた。

 それに対して、アリオスはニヤリと笑って見せる。

 ……悪意が凝縮されたような、とても醜い笑顔だった。


「そうだな、活動をしないといけない。そして……とんでもない事件が起きた」

「ん? どゆこと?」

「レインが脱走したらしい」

「へ? あのゴミ虫が?」

「しかも、こともあろうに姫さまを人質にしたらしい」

「マジで!?」


 リーンは大きな声をあげて驚いた。

 ミナは目を丸くしていて、アッガスは武具の手入れを止めてアリオスを見ていた。


「今は情報を集めている段階らしいが……いずれ、僕達も動くことになるだろうね」

「まさか、王女さまを誘拐するなんて……アイツ、ヤケになったのかしら?」

「どちらにしても、許せることではありませんね」


 リーンとミナが口々にレインを非難した。

 アッガスは……なにを考えているかわからない顔で、じっとアリオスを見つめている。


「僕達の手で王女さまを救い出そう。そして、レインを討つ。問題はないね?」

「ええ、いいんじゃない? 王女さまを助けたとなれば、あたし達の株が上がるっしょ。金一封とかくれないかしら?」

「リーン。このような時にお金の話をするなんて……」

「いいじゃん、いいじゃん。ここのところ良いことなかったし……手柄立てて、一気にのし上がるチャンスだし。このチャンスを逃すわけにはいかないわね」

「リーンの言う通り、僕らに対する周囲の評価を変える良い機会でもある。失敗のないように、しっかりとやろうじゃないか」


 そして……レインを殺してしまおう。

 アリオスは心の中で、ひっそりと付け足した。


「……ははは」


 リーンとミナは、どのようにしてレインを捕えるかという話を交わし始めた。

 そんな二人に意見を求められて、黙っていたアッガスも話に加わる。


 やる気を出す仲間を見て、アリオスは満足していた。


 認めたくはないが、レインは強敵だ。

 過去に一度、自分を倒した力もあるし……

 最強種を従えているという点も厄介だ。


 戦う時は総力をあげてかからないといけない。

 なので、仲間達がやる気を出すのはいいことだ。

 レインに罰を与えるために。

 自分の思いを満たすために。

 仲間達にはがんばってもらうことにしよう。


 ……アリオスはそんなことを考えていた。

 その思考に、仲間に対する思いやりなどは一切ない。

 あるのは、いかにして役に立ってもらうか。

 それだけだ。


「待っていろよ、レイン……今度こそ終わりにしてやる」


 あの日、あの時……

 アリオスはレインに負けた。


 その時から全てが狂い始めた。

 勇者である自分がないがしろにされて、役立たずのはずのレインが持ち上げられる。

 おかしい。

 そのようなことはあってはならない。

 間違いは修正しなくてはならない。


 そして……そのチャンスがやってきた。


 いうなれば、レインは道化だ。

 ひたすら滑稽に踊ってもらい……

 そして、場を盛り上げてもらおう。


 そんなレインを踏み台にすることで、次の段階へ進む。

 華々しい未来が約束されている。


 ……アリオスは暗い思考を巡らせながら、隠しきれない愉悦に満ちた笑みをこぼした。

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[一言]やはりクズにはクズな仲間?が集まるんだな…
[一言] 勇者パーティーの一員が金一封とはみみっちい。 「莫大な恩賞をせしめてやる」くらいのことは言ってほしかった。
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