215話 Bランク
ナタリーさんに呼ばれて、ギルドへ向かう。
一人で行くのもつまらないので、タニアが一緒だ。
肩を並べて街を歩くのだけど……
「……なあ、タニア?」
「なに?」
「なんか、距離が遠くないか?」
俺とタニアの間には、人一人分の距離が空いていた。
普段は、普通に肩を並べているのだけど……
「き、気のせいじゃない?」
「そんなことはないような……」
「べ、別にレインの傍にいるのが恥ずかしいとか意識しちゃうからとか、そういう理由じゃないわよ!? いいっ、勘違いしないでね!?」
よくわからないことを言われてしまう。
タニアは頬を染めて、軽く視線を逸らしていた。
尻尾が落ち着きなくゆらゆらと揺れていた。
照れている……のだろうか?
いつも一緒に過ごしているから、なんとなくだけど、タニアの感情がわかるようになった。
でも、なにに対して照れているのか、それがわからない。
俺、なにもしていないよな?
「ちょ、ちょっとレイン……あたしのこと、そんなに見つめないでよ」
「え? ダメなのか?」
「あ、当たり前でしょ。女の子をじっと見つめるなんて、マナー違反よっ」
言われてみれば、それもそうか。
「悪い。なんかタニアの様子がおかしいから、つい」
体調が悪いとかそういう感じはしないので、たぶん、大丈夫だろう。
必要以上に構うと、うっとうしがられるかもしれないし。
「うーっ……あたしに言われたからといって、すぐに視線を外すなんて……べ、別に、あたしのことを見たいならそう言えば……」
「どうしたんだ、タニア?」
後ろの方で立ち止まり、タニアはブツブツと何事かつぶやいていた。
「な、なんでもないわっ」
「ほら、早く行こう。このペースだと、昼を回るぞ」
「もうっ……そういうところばかり気にしてないで、もっと身の回りのことを意識してほしいのに」
「どういう意味だ?」
「レインが自分で考えてちょうだいっ」
なぜか怒られてしまった。
理不尽だ……
――――――――――
「おめでとうございます♪」
ギルドに到着すると、笑顔のナタリーさんに出迎えられた。
おめでとう、と言われても心当たりなんてない。
というか、このパターン、どこかで覚えがあるような……?
「この度、シュラウドさんの冒険者ランクがBランクにアップしました」
「え? Bランクに?」
「はい。ここ最近のシュラウドさんは、立て続けに大きな事件を解決しましたからね」
ナタリーさんは自分のことのようにうれしそうに語る。
「まず、パゴスに現れた悪魔の討伐ですね」
「あれは……」
イリスを倒そうと思って倒したわけじゃない。
俺にとっては望まない結果だ。
でも、周囲はそう捉えていないらしく……
イリスの事件は、俺が解決したことになっていた。
「俺、他の冒険者と敵対していたんだけどな……」
「その件については、すでに説明がされていて、解決済じゃないですか。シュラウドさんは悪魔の張った罠に気がついた。説明する時間がないと判断して、あえて戦うことで他の方々の足を止めた。もしもあのまま討伐隊が遺跡に突入していたら、どうなっていたか……」
「まあ……なぜか、そういうことになっているんだよな」
ホントは俺の独断専行なのだけど……
絶妙な具合に状況が噛み合ってしまい、そう判断されることになった。
「それから、先日のドラゴン襲撃事件。シュラウドさんのおかげで、深刻な被害が出ることはなく、事件を解決することができました。あ、もちろん、タニアさんのおかげでもありますよ。私達冒険者ギルド一同、感謝しています」
「ま、まあ……ただの気まぐれだし? そんなに感謝しなくてもいいし?」
タニアが照れていた。
「いずれの功績もすばらしいものです。よって、私達冒険者ギルドは、シュラウドさんのBランクへの昇格を決定しました。おめでとうございます」
「……」
「あれ? うれしくないんですか? Bランクですよ、Bランク。高位ランクの冒険者になれば請けられる依頼も増えますし、色々な待遇を受けられるようになりますよ? 例えば、橋の通行料が無料になるとか」
「うれしくないかと問われれば、そんなことはないんだけど……」
ちょっと複雑な気分だった。
ドラゴン襲撃事件はともかく……
イリスの事件は、俺は望む結果を手に入れることができなかった。
それなのにお祝いをされても……
「こーら」
「いてっ」
こつん、とタニアに頭を軽く叩かれた。
「レインってば、また色々と余計なことを考えてるわね?」
「余計なことなんかじゃ……」
「余計なことよ」
タニアが断じる。
「素直に喜べないっていうレインの気持ちは、わからないでもないわ。一緒にいて、レインの考えていることを聞いてきたんだもの」
「……」
「でもね。過去は変えられないの。起きたことを覆すことはできないの」
「それは……」
「だから、前を向きなさい。いつまでも後ろを向いていたら、いつか道を踏み外して、転んじゃうわよ。そうならないように、前を向いて歩くの」
「……」
「忘れろ、なんてことは言わないわ。覚えておくだけでいいの。ただ、それだけでいいのよ。わかった?」
「……ああ、そうだな」
タニアの言葉が心にすぅっと入り込んでいく。
胸の奥に抱えていたモヤモヤしたものが、わずかに消えたような気がした。
「ありがとう、タニア」
「ふぇ!?」
カナデにするように、ついついタニアの頭を撫でてしまう。
「あっ、悪い。子供扱いするつもりじゃなくて、ただの感謝の気持ちを表現したつもりだったんだけど……怒ったか?」
「そ、そそそっ、そんなことは……!?」
「嫌か?」
「……別に」
タニアは赤くなり、そっぽを向きながら……それでも、離れようとしない。
むしろ、もっとというように頭を差し出してきた。
「す、好きにすれば?」
「じゃあ、そうするよ」
赤くなるタニアを撫でた。
「あのー……話の途中なのに、目の前でイチャイチャしないでくれませんか?」
ナタリーさんにジト目で怒られてしまった。
「とにかくも……そういうわけで、シュラウドさんはBランクに昇格することになりました。本人が拒否するのならば、昇格を取り消すこともできますが……」
「いや、そんなことはしないよ」
「よかったです。もしも断られたら、どうしようかと思っていました」
「断る人なんているの?」
タニアの問いかけに、ナタリーさんは疲れたように言う。
「たまにいるんですよね。ランクアップすると色々な特典がつきますが、その分、責任も大きくなりますから。それを嫌い、低ランクのままでいることを望む人も、ある程度ですがいるんですよ」
「へー、そんな人がいるのね。あたしにはよくわからないわ。上があるのなら、とことん極めてみたいって思うもの」
「冒険者の方が全員、タニアさんのような考えならうれしいんですけどね」
ナタリーさんが苦笑して……
それから、ふと思い出した様子で言葉を続ける。
「そうだ。シュラウドさん、Aランクの昇格試験を受けてみるつもりはありませんか?」
「昇格試験?」
今しがたBランクになったばかりなのに、Aランクの話をするなんて……どういうことなのだろう?
こちらの疑問に答えるように、ナタリーさんが説明を始める。
「Bランクまでは、冒険者ギルドの判断で昇格させることができるんですよ。でも、Aランクに昇格するには、一定の功績と、特別な試験を受けないといけないんですよ。シュラウドさんの場合は、功績については申し分ないので、試験を受けて合格すれば、Aランクになることができるんですよ」
「なるほど、そういう仕組みになっていたのか」
「Aランクに昇格すれば、さらに色々な恩恵を受けることができますよ」
「例えば、どんな?」
「そうですね……色々とあって、一言では説明できませんが、ざっくりとまとめると貴族並の権力を持つことができます」
「そんなことが……?」
「ただ力が強いだけでは達成することができない依頼、というものがありますからね。そういった事例に対処するために、Aランクの冒険者には、貴族に等しい権力が与えられるんですよ。まあ、あくまでも冒険者なので、貴族のように街を統治したり市政に関わることはできませんが……ですが、Aランクの冒険者が本物の貴族になり、為政者になったという話はありますよ」
とんでもない話だけど、わからないでもなかった。
力だけではなくて、権力もなければ動くことができない事件というものは、たまに見かける。
以前、この街を治めていた領主とその息子エドガーの事件も、それに類するものだろう。
「でも、そんな簡単に権力を与えられるものなの?」
「Aランク冒険者の認定には、国王も関わっていますからね。なので、まったく問題ないんですよ」
「へー。人間のトップが定めたことなのね。人間のくせに、わりとマシなことを考えるじゃない」
タニアが感心したように頷いていた。
「その試験っていうのは、いつ行われるんだ?」
「タイミングのいいことに、もうすぐですよ。場所はここではなくて、王都ですけどね」
「なるほど」
「どうしますか? シュラウドさんがAランク昇格の試験を受けるというのなら、すぐにその旨を王都の方へ連絡しますが……あと、紹介状の作成もしますよ。どうしますか?」
「それは……」
ナタリーさんの問いかけに、すぐに答えることができない。
色々なメリットがあるように思えるが、もちろん、メリットばかりじゃない。
責任は大きくなるし、迂闊な行動はできなくなるだろう。
どうするべきか?
俺は真剣に考えてみた。
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