204話 タニアの戦い
ゴッサスはその巨体を活かして、突進した。
石畳の地面を砕き、周囲の建物をなぎ払いながら、タニアに襲いかかる。
タニアはちらりと後ろを見て、一瞬、迷う。
タニアの後ろは住宅街になっていた。
無数に家が並んでいる。
これだけの騒ぎだ。
さすがに、避難は終わっているだろうが……
これ以上、家が壊されるような事態は避けたい。
「このぉおおおおおっ!!!」
タニアは全身に力をこめて……
真正面からゴッサスの体当たりを受け止めた。
ゴガアッ!!!
攻城兵器が炸裂したような轟音が響いた。
「むぐぐぐぐぐっ……!!!」
自身の何倍もある巨大なゴッサスの突撃を受け止めた。
弾き飛ばされることはなく、後ろに押される程度に留める。
「こっ、のぉおおおおおおおおおおっ!!!」
「うおおおっ!?」
タニアはゴッサスの尻尾を抱えるようにして掴み、振り回して、広場に向けて投げ飛ばした。
さすがに、自分が投げ飛ばされるなんて思ってもいなかったのだろう。
ゴッサスはされるがまま、宙を飛び……
受け身を取ることなく、広場に落ちた。
「あーもうっ、めちゃくちゃ重いわね、あんた……ちょっとはダイエットしなさい」
さすがのタニアも、肩で息をしていた。
今の一撃で、かなりの体力を消費してしまった。
ただ、ゴッサスを広場に移動させることに成功した。
ここならば、大きな被害が出ることはないだろう。
まあ、ベンチや噴水などは無残な形になっているが……
それはもう、どうしようもないことだと諦めてほしい。
「いくわよっ!」
タニアは魔力を集中させて、火球を撃ち出した。
火球は放物線を描いて、ゴッサスに着弾する。
ゴッサスは爆炎に包まれるが……
頑丈な鱗に阻まれて、その身が傷つくことはない。
しかし、それはタニアも予想済みだ。
同じ竜族なので、この程度でダメージを与えられるとは思っていない。
今のは、ただの目くらましだ。
爆炎に紛れるように突撃して、距離を詰める。
ゴッサスの懐に潜り込み……
鱗に覆われていない腹部に拳を打ち付ける。
「ぐぁっ!?」
タニアの拳が深々とめり込み、ゴッサスが身悶えた。
タニアは、苦しみに暴れるゴッサスに追い打ちをかけて、その顎を蹴り上げる。
下から上に、刈り取るような鋭い一撃。
痛みを堪えながらも反撃に移ろうとしていたゴッサスだけど、手痛いカウンターを食らうハメになり、思わず後退してしまう。
しかし、ゴッサスも100年を生きている竜族だ。
20年も生きていないタニアに負けるなんて、プライドが許さない。
痛みを無視して、ゴッサスは体を回転させて、尻尾を叩きつける。
「くぅっ!?」
タニアの体が吹き飛んだ。
近くの建物に叩きつけられて……
その衝撃で、肺の空気を吐き出してしまう。
呼吸困難に陥り、行動不能に陥ってしまう。
それは、一瞬と呼べるくらい短いものだけど……
ゴッサスには十分な時間だった。
前足を振り上げて、建物の壁をえぐるように叩きつける。
為す術なく、タニアはその下敷きになってしまう。
「このっ……女の子の扱いが、まるでなってないわね……!」
タニアは全力で、自分を押しつぶそうとするゴッサスに抗う。
しかし、単純な力比べになるとタニアが不利だった。
さすがに、100年を生きている竜族ともなると、力はタニアを上回る。
タニアは考える。
どうするか?
いっそのこと、自分もドラゴン化するか?
そうすればこの状況をひっくり返せるだろうが……
しかし、そんなことをすれば、周囲の被害がとんでもないことになってしまう。
迷っていると……
「ドラグーンハウリング!」
どこからともなく魔法が放たれて、ゴッサスの巨体を叩いた。
完全に無防備だったゴッサスは、その一撃に耐えられず、よろめいてしまう。
その隙に脱出して、タニアは一度、距離をとった。
「今のは……」
「大丈夫か!?」
「俺達も加勢するぜ!」
ホライズンの街の冒険者達だった。
今までは、住民の避難を最優先にしていたのだろう。
しかし、タニアが劣勢に陥るところを見て、我慢できず……参戦したというわけだ。
「私達もいるぞ!」
「みんな、いくぞ!」
新たに騎士団も駆けつけた。
それぞれ武器を手に、ゴッサスに攻撃を加える。
ゴッサスの防御力は高く、攻撃が届くことはない。
それでも、誰一人として手を止めない。
タニアだけに任せることなんてできない。
自分たちも戦う。
そんな意思が伝わってくる。
「くっ、つまらないことを……愚かな人間が!」
「この人たちのことを見て……みんなが力を貸してくれるこの光景を見て、まだ愚かっていうの? まったく……あんたの方がよっぽど愚かじゃない!」
ゴッサスの攻撃で、タニアはそれなりのダメージを負っていたけれど……
不思議と力が湧いてきた。
戦う冒険者達を見ていたら、痛みなんてどこかに消えてしまう。
自然と笑みを浮かべて……
タニアも突撃する!
「今度はあたしの番よっ!」
変身の一部を解除して、翼を生やした。
空高く舞い上がり……
そして、魔力をその身にまとい、急降下。
その一撃は、さながら、天の怒り。
自分こそが最強であるという傲慢な考えに罰を与える、神の一撃。
風を切り裂くようにして、タニアが直上から蹴撃を叩き込む!
「ぐあああああっ!!!?」
鋼鉄よりも硬い鱗を砕き。
タニアの一撃が、ゴッサスの体の芯まで届いた。
骨を砕く、確かな手応えが伝わってくる。
「ぐっ……なんだ、その力は……」
ゴッサスはかろうじて踏みとどまり、倒れることだけは避けた。
しかし、体に力が入らないらしく、フラフラとよろめいていた。
タニアは、ちらりと冒険者たちを見て……
「あたしの力の源は、そうね……あんたには一生理解できないわよ」
不敵な笑みと共に、そう言い放った。
「くっ……」
「さて……まだ続ける? お互い、まだまだやれそうだけど……でも、これ以上となると、手加減は難しいわよ? 同じ竜族なんだから、できれば、ここらで終わりにしたいんだけど……」
「ふざけるな! このようなところで俺が退くなどと……あってたまるものか!!!」
ゴッサスが怒りに吠えた。
彼にとって、これは竜族の誇りを賭けた戦いだ。
退くということは、すなわち、自らの過ちを認めるということ。
タニアの言葉が正しいと認めること。
そんなこと、できるわけがない。
例え倒れたとしても、突き進むしか道は残されていないのだ。
しかし、ただ倒れるなんてことは許されない。
人間の味方をする、愚かなタニアを断罪しなければ、死んでも死にきれない。
……ゴッサスが胸に抱いているものは、誇りなどというものではなかった。
それは、もはや執念と呼ぶべきものだった。
勝機を見出すべく、ゴッサスは素早く視線を走らせて、現状を分析する。
そして……
「動くなっ」
「ひっ!?」
ゴッサスは尻尾を伸ばして、こっそりとこの場の様子を見ていた子供を捕まえた。
それは、さきほどタニアが助けた女の子だった。
タニアが驚く。
「あなた、どうして……!?」
「お、お姉ちゃんのことが気になって……ご、ごめんなさい……ひぅっ!?」
尻尾で締め付けられて、女の子は恐怖に声を震わせた。
「動けばどうなるか、わかっているな?」
「……陳腐なセリフね。あんたの言う、竜族の誇りとやらはどこへいったの?」
「ふん。好きに言うがいい。勝てばいいのだ、勝てば」
「このっ……!」
「動くなと言ったぞ」
「あ、うううぅ……」
女の子が苦しそうな声をあげて、タニアは飛び出そうとしていた体を止めた。
直後……
ゴッサスは前足を振り上げて、タニアを押しつぶした。
「かはっ……!?」
まともに一撃をくらい、タニアは声にならない悲鳴をあげた。
「タニア!?」
「てめえ!!!」
騎士団と冒険者達が武器を構えるが……
ゴッサスは尻尾を動かして、これみよがしに子供を締め付けてみせる。
タニアを助けなければいけない。
しかし、子供を見殺しにすることもできない。
騎士団と冒険者達の足が止まってしまう。
「くっ、この……!」
「貴様のような竜族がいるから、人間共がつけあがるのだ」
「あぁ……!?」
ゴッサスが前足に力をこめた。
踏みつけられる形になっていて、タニアの全身に圧力がかかる。
みしみしと、自分の骨がきしむ音が聞こえた。
「このまま、貴様を踏み潰すこともできる」
「こい、つぅ……!」
「だが、同胞を手にかけるのもしのびない。最後のチャンスだ。愚かな考えを捨てて、俺に恭順するがいい。そうすれば助けてやる」
「お断り、よっ」
迷うことなく。
考えることすらなく。
タニアは、きっぱりと言い切った。
「ここで、あんたなんかに従うわけ、ないじゃない……! あんたみたいな石頭と違って、あたしは、人間のことは好きよ……? だから、ずっと、一緒にいる……それが、あたしの『誇り』よっ!!!」
血を吐きながらも、タニアはゴッサスを睨みつけて、力強く言い放つ。
その瞳には、ゴッサスなどとは比べ物にならない、強い意思の光が宿っていた。
ゴッサスは、無自覚のうちに、一歩、下がってしまいそうになる。
100年を生きた竜族が、20年も生きていない女の子に気圧されていた。
「くっ……もういい。そんなに死にたいのなら、貴様が好きな人間と一緒に死ね!」
ゴッサスが吠えた。
その次の瞬間。
「お前が死ね」
死神のごとき冷たい声が響いて、ゴッサスの尻尾が斬り飛ばされた。
ゴッサスの尻尾を斬り飛ばしたのは……レインだった。
204話をとばしてしまいました……
なので、今日は2話投稿します。
失礼しました。




