202話 襲撃
「あーあ、すっごいヒマね」
騎士団のホライズン支部の客室。
そこに軟禁されているタニアは、読んでいた本をぱたんと閉じて、テーブルの上に置いた。
時間を潰すために、適当な本を読んでみたものの、琴線に触れるようなことはない。
むしろ、大量の活字に目が疲れてしまった。
ソファーの背もたれに寄りかかり、ぼんやりとする。
「……これ、いつまでじっとしてないといけないのかしら?」
明日まで?
それとも、明後日まで?
あるいは、来週まで?
いつになれば事件が解決するのかわからない。
出口のない迷路に放り込まれたような気分だ。
げんなりとしてしまうが……
しかし、タニアに不安はなかった。
「早くしてよね、レイン。あんまり遅いと怒るわよ?」
タニアは一人、つぶやいた。
その声には、レインに対する信頼の色があった。
もしも、レインが失敗したら?
そんなことはまったく考えていない。
レインなら、うまく解決してくれる。
そんな絶対の信頼があった。
「……あれ?」
ふと、タニアは自身が口に乗せた感情に気がついた。
レインならなんとかしてくれる。
仲間ならなんとかしてくれる。
無条件でそう信じていた。
不思議に思う。
以前ならば……レイン達と出会う前ならば、ありえないことだった。
竜族こそが最強であり、頂点に立つものだ。
人間のことを信頼するなんてありえない。
そう思っていたはずなのに……
いつの間にか、レインを信じるようになっていた。
仲間というものを大切に思うようになっていた。
タニア自身、どのようにして、どのようなことがきっかけになって、このように変化したのかわからない。
ただ一つ、言えることは……
「ま……こういうのも悪くないわね」
信頼できる人がいる。
だから、こうして安心して待つことができる。
タニアは口元に笑みを浮かべて、ソファに横になった。
そのまま目を閉じて、昼寝をしようと……
「……って、なによ。うるさいわね」
やけに外が騒がしい。
悲鳴や大きな物音が聞こえてきた。
「人が寝ている時は静かにしなさいって、親に教えられなかったの? もうっ、非常識なんだから」
さすがに、昼寝をする者のことまで気遣うことはできないのだけど……
そんなことは知らないというように、タニアは不機嫌そうにしながら、窓の手前に移動した。
窓を開けて外を見ると……
「グルァアアアアアッ!!!」
ドラゴンがいた。
「……」
あまりに予想外の光景に、タニアは、一瞬思考が停止してしまう。
「……え? どういうこと?」
すぐに我に返ったタニアは、目の前でドラゴンが暴れている光景を見て、疑問顔になった。
なぜ、こんなところにドラゴンが?
もしかして、アレが例のニセモノなのだろうか?
だとしたら、レインは失敗した?
あるいは、行き違いになった?
色々なことを考えるものの……
「まったくもう……こんなにうるさくされたら昼寝できないじゃない!」
放っておくことはできないという結論に至り、タニアは窓から飛び出そうと……
「タニアっ!」
勢いよく客室の扉が開いて、ステラが入ってきた。
「あら、どうしたの?」
「よかった……無事だったか」
ステラは安心したような表情を浮かべた。
騒動を知り、タニアの身を案じたみたいだ。
「ここにいると危険だ。地下に避難を……って、窓を開けてどうするつもりだ?」
「ちょっと、そこで暴れているヤツを黙らせてこようかな、って」
「む、無茶を言うな!? 相手はドラゴンなんだぞ!?」
「あたしもドラゴンなんだけど」
「そ、そうだが……しかし、一人では危険だろう? これだけの騒ぎだ。レイン達もすぐに戻ってきてくれると思う。それまで……」
「待っていたら、街がどんどん壊されちゃうわよ」
「し、しかしだな……今、タニアは疑いをかけられている。おとなしくしていないと、上からの心象がさらに悪くなってしまうかもしれないんだ。下手したら、今回の事件、全てタニアの責任ということになるかも……」
「ありがと」
「なに?」
「あたしのこと、心配してくれてるんでしょ? だから、ありがと」
ステラがきょとんとしている間に、タニアは窓の縁に足を乗せた。
「でもやっぱり、このまま放っておく、ってのはできそうにないのよね。その方が楽にきまっているんだけど……レインと一緒にいたせいかしら? こういう時は体が勝手に動いちゃうのよ」
「……やれやれ」
ステラが苦笑した。
どうあってもタニアを止めることができないということを理解して……
それと同時に、タニアの気持ちも理解したのだ。
なぜなら。
街を守るために、今すぐに飛び出していきたいと、ステラも同じ想いを抱えているのだから。
「少しだけ待ってくれないか? 我らもすぐに出撃する」
「あたしを閉じ込めておかなくていいの?」
「全ての責任は私が持つ。だから……力を貸してほしい」
「ふふんっ、あんた、話がわかるじゃない。そういうの、嫌いじゃないわ」
タニアがにやりと笑う。
それに応えるように、ステラも笑う。
「でも、あたしは先に行っておくから。すぐにアイツを止めないと、とんでもない被害になりそうよ」
「むぅ……しかし」
「ここであれこれ言っている時間も惜しいの。わかるでしょ?」
「……わかった。すまないが、頼む。私達も、準備を調え次第、すぐに駆けつける」
「援軍、期待してるわよ」
タニアはそう言い残して、窓から外に飛び出した。
――――――――――
どこからともなく飛来したドラゴンの存在に、街の人々はパニックに陥っていた。
悲鳴をあげて逃げ回る。
昼ということで、人が多いのが災いした。
逃げようとする人々が互いにぶつかり、倒れてしまう。
そこにさらに人が突っ込んでしまい……
そんな人々を、ドラゴンはどこか楽しそうに見下ろしていた。
そして、なぶるような動きで建物を薙ぎ払う。
ドラゴンの巨大な爪跡が建物の壁に刻まれる。
破片が飛び散り、人々の悲鳴がさらに大きくなった。
「や、やあああ……」
この混乱で親とはぐれた女の子が、地面にへたりこんでいた。
そんな子供を見つけたドラゴンは……笑った。
己の巨体を見せつけるように、ゆっくりと女の子のところへ歩み寄る。
そして、ゆっくりと巨腕を振り上げて……
「ふ・ざ・け・ん・なぁああああああああああっ!!!!!」
「グァッ!?」
直後、横からものすごい勢いでなにかが飛んできて、ドラゴンの顔を叩いた。
ドラゴンの巨体がぐらりと揺れて、地面に倒れる。
「あんた、どこのどいつ!? 子供を狙うなんて、同じ竜族として恥ずかしいわ。恥を知りなさいっ!!!」
タニアが地面に降り立ち、鋭い目でドラゴンを睨みつけた。
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