180話 イリス戦・1
「せめてもの情けですわ。苦しまないように、すぐに終わらせてさしあげます」
イリスが魔法を唱える。
「来たれ、異界の炎。全てをここに」
イリスの両手の上に炎の塊が浮かび上がる。
一つ、二つ、三つ……
数え切れないほどの弾丸が出現した。
今の俺は魔法を使うことができず、身体能力も大幅にダウンしている。
普通に考えて、あれだけの攻撃を避けることはできない。
できないのだけど……
「なっ!?」
イリスが魔法を放ち……
そして、驚愕に目を大きくした。
俺は体を捻り、横に飛び、身を低くして……
全ての炎弾を避けてみせた。
「……体が軽いのですね。まるで、サーカスの団員ですわ」
「ビーストテイマーは、動物をテイムするためにあれこれと体が動かないといけないからな。これくらいは余裕だ」
「まだ軽口を叩けるのですね……わたくし、自覚していないものの、手加減をしていたみたいですね。これならばどうですか? 来たれ、異界の炎。来たれ、殲滅の雷撃。来たれ、嘆きの氷弾」
炎、雷、氷……三種の魔法が同時に顕現する。
それらは暴力の嵐となり、俺を食らい尽くしたいというように、荒れ狂う。
しかし、俺は落ち着いていた。
今の状態では、一撃でも食らったらアウトなのだけど……
それでも、焦ることはない。
冷静に魔法の軌道を見極めて……
安全地帯を見つけて、そこに体を滑らせる。
イリスの魔法は全て外れて、不発に終わる。
「なっ……どうして……」
二度も続けて偶然は起きない。
俺がイリスの攻撃を避けたのは、必然なのだ。
そのことをイリスはようやく認めたらしく、苦い顔をしていた。
「いったい、何をしたのですか? 今のレイン様は、魔法を使うことができない……それどころか、猫霊族と契約したことで得た力も、ほとんど消えているはず……わたくしの攻撃を避けられるはずがありませんわ。それなのに、どうして……」
「見切った」
「……はい?」
「すでに、イリスとは一度戦っているからな。そこで、イリスは惜しげもなく自分の手札を披露しただろう? あれだけたくさんの攻撃を見せられれば、対処法も思いつくさ」
「なっ……そ、そのようなふざけたこと……」
「まあ、身体能力まで低下したのは誤算だけど……それでも、これくらいならなんとかなる」
イリスの攻撃は確かにとんでもない。
恐ろしい脅威だ。
それでも、イリスはミスをしない神様というわけじゃない。
どこかしらに『穴』がある。
そこを突くことができれば、渡り合うことはできる。
「たった一度の戦いで、わたくしの力を見極めて……? まさか、そのようなことが……その成長速度は、まるで……」
「今度はこっちからいくぞ!」
「っ!?」
イリスが驚いているうちに、こちらから攻撃をしかけた。
ナルカミのワイヤーを射出して、イリスの体を一時的にでも拘束する。
その間に突貫。
懐に潜り込み、両手を突き出すようにしながら、全体重をかけてぶつかる。
「うあっ!?」
イリスの小さな体が吹き飛んだ。
とっさのことで、ガードが遅れたみたいだ。
「くっ……このようなことで!」
イリスはすぐに体勢を立て直した。
俺はかまうことなく追撃に移るが……
繰り出した拳は、簡単にイリスに受け止められてしまう。
「少し驚いてしまい、無様なところを見せてしまいましたが……心を乱さなければ、これくらい、なんてことはありませんわね」
「……」
「所詮、レイン様は、なんの力もない人間。とてつもない才能はあるみたいですが……しかし、わたくしに届くほどではありませんわ」
「それはどうかな?」
「え?」
左足を軸に体を捻る。
右足の爪先を突き入れるように、イリスの脇腹を蹴りつけた。
「あっ……!?」
最強種であるイリスが、普通の人間とさほど変わらない俺の攻撃に顔をしかめた。
イリスがふらついたところで、膝を踏み抜く。
さすがに硬く、骨を折るにまでは至らない。
しかし、確実なダメージを与えた。
イリスは足をかばうような仕草を見せて、俺を力任せに振りほどいた。
そして、おもいきり殴りつけてくる。
「っ!」
イリスの拳を両手の平で受け止めて、その瞬間に飛ぶ。
紙のように吹き飛ばされるものの、深刻なダメージはない。
あえて自分から飛んだことで、ダメージを遥かに軽減したのだ。
「いったい、何をしたのですか……? わたくしに、ダメージを与えるなんて……」
「確かに、イリスは強い。魔法だけじゃなくて、身体能力も猫霊族並だ。でも、弱点はあるんだよ」
「弱点?」
「俺達人と同じ体をしている以上、身体構造上、どうしても鍛えられないところがある。俺は、そこを狙ったんだ」
スズさんとの特訓で学んだことだ。
「そんなこと……的確に実戦でこなせるなんて……」
「それなりに修羅場はくぐっているからな。ある程度、やってのけるだけの自信はあるさ」
「くっ……!」
ここに来て、初めてイリスが警戒するように足を止めた。
攻撃をしても通じるのだろうか?
手痛い反撃をくらわないだろうか?
そんな風に迷っているのが見てわかる。
良い流れだった。
ただ、俺が優勢というわけではない。
むしろ、劣勢だ。
先手を打つことでイリスに動揺を与えることに成功したものの……
決定打に至ることはない。
むしろ、いつ、どこで、逆転をされてもおかしくない。
それだけの力の差があるのだ。
イリスは動揺していることで、力の差があることを忘れているが……
本来ならば、魔法を連打するだけで終わりなのだ。
ある程度は見極めたとはいえ、いくらなんでも、無限に避け続けることはできない。
俺がギリギリの綱渡りをしているという事実は、決して悟られてはいけない。
「レイン様は、どこにそのような力を隠していたのですか?」
「どこに、って聞かれてもな……いつもいつも全力でやっているぞ? この前、イリスと戦った時も全力だ」
「どうでしょうか。力を隠していたとしか思えませんね。でなければ、ここまで手こずるなどということ、ありえませんわ」
「追い詰められたネズミは猫を噛むこともあるさ」
「自身をネズミとおっしゃるのならば、素直に狩られていただけませんか?」
「それは断る。痛いのは苦手なんだ」
「減らず口を……!」
イリスの両手に魔力が収束して、光が集まる。
ただ、今までに見た魔法とは違う。
「わたくしの魔法が見切られているというのならば……まだ、レイン様に見せたことのない魔法を使うしかありませんわね」
「本気、っていうわけか」
「レイン様、あなたを『敵』と認めましょう。全力で排除いたしますわ」
イリスが翼を広げた。
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