175話 譲れない道
タニアが上空で円を描くように旋回した。
それを追うように、光の線が地上から追いかけてくる。
重力が逆転したように、下から上へ。
セルの弓から次々と光の線が放たれて、俺達を執拗に狙う。
「なによ、あいつ!」
「タニア、一度、着地した方がいい。このままだと良い的だ!」
「了解!」
タニアは大きく距離をとり、セルの弓の射程範囲外に逃れた。
そこで俺達を下ろして、再び人の姿に戻る。
そうこうしている間に、アクスとセルが距離を詰めてきた。
声が届く範囲で足を止める。
「いきなりな挨拶だな」
俺は二人を警戒しながら、そう言葉を投げかけた。
「悪いな。いきなりドラゴンが現れたから、つい、驚いて攻撃しちまった」
「弓を撃ったのは私だけどね」
「……それ、ホントか?」
「どういう意味だ?」
「つい、で攻撃するにしては、大胆すぎないか?」
なにしろ、相手はドラゴンなのだ。
ただこの辺りを飛んでいただけかもしれないし、普通は、様子を見るというものだ。
それをしなかったということは……
アクスとセルは、俺達ということを理解していながら攻撃をした……という可能性がある。
そんなことを考えた俺は、二人を警戒していた。
そして……その考えは的中することになる。
アクスが苦笑した。
「やれやれ……相変わらず、勘の鋭いヤツだな。その目、俺達がレイン達がいるって理解していながら攻撃した、って考えているな?」
「答えは……そのとおりよ」
「……やけにあっさりと認めるんだな」
「下手なごまかしはきかないだろうからな」
「どうして、そんなことをしたのかしら?」
タニアは二人を睨みつけながら、問いかけた。
その眼圧に負けず、アクスは静かに答える。
「お前らが向かっていた方向に、例の悪魔が潜伏してる……そこに向かっているってことは、悪魔を封印する方法を見つけたんだな?」
「ああ、そうだ」
「やっぱりか。まあ、あんなことを言って別れたから、封印方法を見つけないうちに突撃することはないと思っていたが……まさか、この短期間で見つけるとはな。大したやつだよ、お前達は」
「で……二人は俺達の邪魔をする、ってことでいいのか?」
「そうね」
セルは静かに……本当に静かな声で頷いた。
「上は、悪魔を討伐するという決定を出したわ。封印するという選択肢は消えた」
「なあ、わかるだろ?」
アクスが、これが最後というように、願うような表情をしながら語りかけてくる。
「封印なんてしても、今回みたいに、いずれ、破られる。あの悪魔が解放される。そんなことになったら意味がねえ。後世に憂いを残すわけにはいかねえんだ。ここでケリをつけなくちゃならない」
「だから、殺すのか?」
「そうだ」
アクスは迷うことなく頷いた。
「レインが悪魔に同情するのはわかる。正直言うと、俺もちょっとは同情してる。でもな。過去にひどいことされたからって、今の人間に八つ当たりするのは違うだろ?」
「……」
「あいつはもう何人も殺した。欲望のまま、憎悪のまま、殺した。もう、止まらねえ」
「……」
「憎しみってもんは、時間が癒やしてくれることはねえよ。ずっとずっと、持ち続けるものなんだ。少なくとも、俺はそう思う。だから、俺達にできることなんてない。人間である俺達にできることなんて、ないんだよ。唯一、できるとしたら……あいつを殺して、止めてやることだけだ」
「……」
アクスの言うことは正しい。
圧倒的なまでの正論だ。
人を守るための行動で……
それでいて、イリスのことも考えている。
それでも。
「……俺は納得できない」
「お前っ」
「俺達、人が撒いた種だ。それなのに、今になって、自分達の都合で死んでくれなんて……あまりに身勝手じゃないか」
「それは仕方ないだろう! あいつは、もう何人も殺しているんだ! これからも、何人も殺していくぞ!」
「そうさせないために、俺は、イリスを封印する」
「だから! そんなことをしても、いずれ、あいつは解放されるんだぞ!? ただのその場しのぎにすぎねえんだよ! 甘いこと言ってるんじゃねえ! いつまでも青臭い理想論、語ってるんじゃねえぞ!!!」
アクスが激高する。
一時とはいえ、仲間だったアクスに、そんな目を向けられることは辛い。
だけど。
俺は、もう決めたから。
「わがまま、だっていうことはわかっている。俺のエゴだ。でも……イリスを殺して……これ以上、さらに被害者を増やして……罪を重ねて……手を血で染めて……そんなことをしたら、俺はもう、笑うことなんてできない」
「っ」
「まっすぐに生きていくことなんてできない。殺されたから殺して……それが正しいことなんて、どうしても思えない。甘いさ。青臭い理想論さ。でも、それの何が悪い?」
「お前……」
「簡単に諦めて、殺すなんて選択肢を選ぶよりは、よっぽどマシだ! これ以上、誰かが泣くところを……誰かが死ぬところを見たくないんだよっ!!! 例え、それがイリスであろうとも……だ!!!」
叫ぶようにしながら、胸の内に抱えていた本心をぶちまけた。
イリスを殺すことが正しい?
答えは、イエスだ。
でも、それは人にとっての正解で……
イリスからしてみれば、とんでもない大外れということになる。
そして、俺からしてみても不正解だ。
結局のところ……
何が正しくて何が間違っているのかなんて、個人の裁量にすぎないのだ。
絶対的な正義なんてものはない。
圧倒的に正しい答えなんてものはない。
ならば。
俺は、俺が信じた道を行く。
「あーもうっ、お前っていうヤツは……!」
アクスがもどかしそうに、がしがしと頭をかいた。
そんな相棒を見て、セルが弓を構える。
「セル……?」
「事前に言ったでしょう? レイン達を説得することはできない、って」
セルの声は、どこまでも落ち着いていた。
「レイン、あなたの言い分は理解したわ。聞くまでもないだろうけど……他のみんなも、レインと同じ気持ちなのね」
「もちろんだよ!」
「ええ、そうなるわね」
「ソラは、イリスを助けたいと思います」
「我は、我のやりたいようにやるぞ」
「私……このままなんて、いけないと思う……」
「ウチは、レインの旦那に従うで」
みんな、次々に同意を示してくれた。
そんなみんなを見て、セルはわずかに微笑み……
次いで、厳しい表情を作る。
「わかった、アクス。レイン達を説得することは不可能なのよ。私達と同じように、レイン達も確固たる決意を持って、この場に立っているの」
「……んなこと、わかってるさ」
「ならいいのだけど」
そう言って、セルはこちらを見る。
「隠し事は好きじゃないの。素直に言うと、私達はレイン達の足止めを命じられたわ」
「それは……」
「あの後、私達はレイン達の行動を包み隠さず、上に報告した。上は、悪魔の討伐の邪魔をされることを恐れた。そして、私とアクスに、レイン達の足止めを命じた。その間に、悪魔を討伐するために」
「……」
「さて、どうしましょうか?」
「……決まっている」
本当は、こんなことはしたくない。
でも、それ以外に道がないというのならば……
俺は、突き進むだけだ。
カムイを構えた。
「二人が邪魔をするというのなら、強引にでも押し通らせてもらう」
「やっぱり、そうなるのね……」
セルは、わずかに悲しそうな顔をして……
でも、次の瞬間には、いつもの冷静な顔に戻っていた。
「互いに譲れないものがあるのならば……ここで、どちらが上か、決めましょう」
セルは弓を構えた。
「悪いが、手加減はしねえからな。死んでも恨むなよ」
アクスが剣を構えた。
「それは俺のセリフだ。みんな、準備はいいか?」
「にゃー……レイン、本当にやるの?」
「ここで退いてくれるような二人じゃない。辛いなら、カナデは下がっていても……」
「……ううん、やるよ。レインにばかり、辛いこと、押し付けることはできないからね!」
カナデも構えた。
それに続いて、みんなも攻撃準備に入る。
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