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169話 説得

「協力できないのではなくて、協力しない……それが答えだ」


 長はきっぱりと言った。

 その言葉からは、強い拒絶を感じる。


 俺が人間だからというだけではなくて……

 それ以外の理由も何かありそうだ。


 これは、一筋縄ではいきそうにないな。

 でも、諦めるわけにはいかない。

 俺は、やり遂げると決めたのだから。


「どうしてか、理由を聞いてもいいですか?」

「人間に話すことは何もない」

「……」

「こうして、顔を合わせただけでも、わしらの最大限の譲歩と思うがいい。それ以上のこと……協力するなどということは、決してない。さあ、話はこれで終わりだ。早々に里を立ち去るが……」

「こりゃ」


 ぽかんっ、とアルさんが長の頭を叩いた。


「な、何をする、アルっ」

「若い者がせっかく里を訪ねてきたというのに、その態度はなんじゃ。いくら相手が人間でも、それ相応の態度というものがあるじゃろうに」

「し、しかし、人間などに……あいたっ!?」


 また叩いた!?


「人間じゃからこそ、だろうに。そのような態度をとれば、妾達精霊族の品位が疑われるというもの。そんなこともわからんのか」

「むう……」

「あと、妾が話を通したのじゃ。問答無用で追い払うでない。妾の顔を潰すつもりか」

「しかしだな……」

「しかしもなにもないわ。ほれ、やり直すがいい」


 アルさんと長があれこれと言葉をぶつけていた。


 その様子をぽかんと眺めていると、ソラとルナが、そっと耳打ちする。


「……母さんは、長よりも長く生きているのです」

「……だから、長といえど、母上には頭が上がらないのだ」

「……なるほど」


 二人の説明で納得するが……


 しかし、見た目だけで言うのなら、アルさんが孫で長がおじいちゃんという感じだよな。

 見た目と中身が逆転している。


 スズさんのこともそうだけど……

 最強種の女性っていうものは、歳を重ねるほど幼く見えるようになるのだろうか?


「はあ……人間よ」


 再び、長の視線がこちらに向いた。


「今すぐ出て行け、という言葉は取り消そう。もう少しだけ話を聞く」

「ありがとうございます」

「大体の話はアルから聞いているが……昔、封印した天族が解放されたみたいだな」

「はい。それで、もう一度封印をしたくて……そのために必要なアイテムを貸してくれませんか?」

「人間などに協力することは……」

「んー? 今、何か言ったかのう?」

「……もう少し、詳しい話を聞かせるがよい」


 傍らでアルさんが拳を見せつけて、長がたらりと冷や汗を流しながら、話を切り替えた。

 どう見ても脅しているのだけど、それでいいのだろうか……?


 とはいえ、こうでもしないと話が進まないのは確かか。

 すみません、と内心で謝りながら、それでも、話を続ける。


「イリスを放っておくことはできません。もう一度、封印しないといけない」

「わしらには関係のないことだな。聞けば、封印は人間が解いたそうではないか。自業自得というものだ」

「ええ、そうですね。だからこそ、俺達の手でイリスを止めなければいけない」


 まっすぐに長を見つめた。

 長もこちらの瞳を覗き込む。


 視線と視線がぶつかり……


 やがて、長がため息をこぼした。


「ふぅ……頑固な人間だな。普通、ここまで冷たくあしらわれれば諦めるぞ」

「諦めるつもりなんて、これっぽっちもありませんから」

「なにがそこまでお主を突き動かす? 人間を守るためか?」

「それもあります。でも、それだけじゃない」

「というと?」

「イリスを助けるためでもあります」

「ほう?」


 俺の言葉に、長が興味を示したみたいだった。

 話を続けろというように促されたので、俺の思いを語る。


「イリスは復讐のことしか考えていない。自分のことはまるで考えていない。そんな風に生きることなんて、普通はできない。遠からず自滅してしまう。だから、俺はそれを止めたいんです。イリスを助けたいんです」

「敵なのに……か?」

「敵といえば、敵なのかもしれません。でも……」


 いつの日だったか。

 リバーエンドで、イリスと過ごした夜の時間を思い返す。


 あの時は……

 あの時だけかもしれないけど……


 でも、確かにイリスと心が通じていたような気がする。

 イリスにとってただの気まぐれで、他愛のない時間かもしれない。

 俺も、そこまで深くは考えていなかった。


 それでも。


 忘れることはなくて、今も、記憶に残っている。

 だから、断言できる。


「敵かもしれないけど、心を通わせることはできます」

「……」

「イリスの全部を理解できた、なんてことを言うつもりはありません。俺が理解できたのは、たぶん、ほんの一部……それも、ただの同情にすぎないかもしれない」

「自覚はしているのだな」

「でも、同情するのはいけないことですか?」

「……」

「同情するっていうことは、相手の気持ちになって考えることだ。それが悪いこととは、思えない」

「ふむ……ものは言いようだな」

「でも、俺の本心です」


 否定するようなことを言う長に、言葉を並べていく。


「イリスを助けるために封印をする。矛盾しているかもしれないけど……現状では、これが一番だと思うんです。だから、そのために力を貸してください」

「……討伐した方が早いと思わないのか?」

「それじゃあ、なにも解決しない。いや、俺達人間にとっては問題は解決するのかもしれないけど……ただ、臭いものに蓋をしただけです」


 今回の事件は俺達人間が引き起こしたことだ。

 だから、俺達人間が責任をとらないといけない。

 それも、自分達に都合がいいような討伐という形ではなくて……

 せめて、封印という形をとらないといけないと思うのだ。


「殺されて、殺して……殺して、殺されて……そんなの悲しいじゃないですか。どこかで、この連鎖を断ち切らないといけないんだ」

「……」

「俺が……俺達が、この連鎖を断ち切る。ここで、終わらせる」

「……いいだろう」


 長は静かに、深く頷いた。


「そこまでの思いと覚悟を抱いているのならば、もはや問うことはない」

「それじゃあ……」

「力を貸すこともやぶさかではない」


 ほっとなり、緊張していた体から力が抜けた。

 ようやく、前に一歩進むことができた。


 この調子でさらに前へ進んで……

 そして、イリスを止めてみせる。

 改めて、胸の中で決意を固めた。


「ただ、条件がある」

「こりゃ。この期に及んで何を言っておる。難癖つけるつもりなのか?」


 アルさんが睨みつけるが、今度は長は怯まなかった。


「協力してもいい、というのは本心だ。このまま、あの天族が野放しになっていると、我ら精霊族にも被害が及ぶかもしれないからな」


 精霊族はイリスに封印を施した張本人だ。

 イリスの復讐の対象に含まれる可能性もゼロとは言えない。


「ただ、この人間に任せてもよいものか、それは判断しかねる。まずは力を見ないといけない。力を見ずに全てを託すなど、愚か者のすることだろう?」

「むぅ、それは……」


 アルさんは返す言葉をなくしたみたいだ。


 ただ、長の言っていることは正論だ。

 俺に力がなければイリスを封印することはできないわけで……

 それを証明しなければ、信用してもらうことはできないだろう。


 言葉ではなくて、直接、その目で確かめてもらう他にないと思う。

 となると……


「人間。お前の力がどれほどのものなのか、見せてもらうぞ」


 やっぱり、こういう展開になったか。

 でも、構わない。

 そうすることでイリスを封印する方法にたどり着けるというのならば、どんなことでも受けて立つまでだ。

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