167話 器
「なにやら、気をつかわせてしまったみたいですまないのう」
しばらくして……
アルさんは、ソラとルナと離れてこちらに顔を向けた。
どこか満たされたような顔をしていて、ソラとルナと再会することができてよかった、と思う。
「いえ。ソラとルナのためでもありますから」
「ふむ」
アルさんがまじまじと俺の顔を見つめてきた。
「な、なんですか?」
「そのようなことを自然と言えるなんて……うむ、よくできた小僧じゃの。褒めてやるぞ」
「えっと……ありがとうございます?」
「おっと、小僧のままじゃいかんな。ちゃんと名前で呼ぶことにしよう。えっと……なんっじゃったかの?」
「母さん。ソラ達の主様は、レインというのですよ」
「我らの主殿だからな。しっかりと覚えてくれ、なのだ」
ソラとルナが説明すると、おおっ、という言葉と共に、アルさんが手の平をぽんと打つ。
「そうじゃった、レインと言っておったな。レイン・シュラウドと……うん? シュラウド?」
「どうしたのだ、母上よ?」
「いや、なんていうか、聞き覚えがあるような……ん、なんでもない。まあ、気の所為じゃろう」
なんだろう?
アルさんが、なにか不思議そうな顔をしているが……?
「それはそうと」
大した問題ではなかったのか、そのまま流してしまう。
「娘達から話は聞いたのじゃ。なんでも、妾に聞きたいことがあるとか」
「はい。実は……」
イリスの封印が解けたこと。
もう一度封印するために、その方法を探していること。
その手がかりとして、アルさんに話を聞きに来たということ。
それらのことを話した。
「ふむ……」
話を聞いたアルさんは、難しい顔をした。
「一応、確認しておくが……イリスを封印したのは母上なのだな?」
「うむ。確かに、あの天族は妾とその仲間達が封印したぞ」
ルナの問いかけに、アルさんは静かに頷いた。
当時を思い出しているらしく、なんともいえない感情をのぞかせていた。
「あやつの……イリスの暴走はすさまじくてな。なにもかも、全てを飲み込むような勢いで破壊を続けた。当時、妾達精霊族は人間と袂を分かちつつあったが……それでも、放っておけないという結論になってな。他の最強種達と力を合わせて、イリスを封印したのじゃ」
「ちなみに、なぜ封印だったのだ? 倒す、という選択肢はなかったのか?」
「倒そうと思えばできたがな……イリスがああなった背景を考えると、命を奪って終わり、などという結末にはしたくなかったのじゃよ。憎しみは時が癒やしてくれるかもしれない。そう考えて、妾達は封印という選択をとったのじゃが……うまくいかなかったみたいじゃな」
アルさんが悲しそうな吐息をこぼした。
この人は、きっと優しい人なんだろう。
イリスに起きた事件を自分のことにように考えることができて、同情することができる人だ。
そんなアルさんなら、俺達の力になってくれるかもしれない。
期待を込めて、問いかける。
「力を貸してくれませんか?」
「……」
「イリスは再び、復讐を果たそうとしている。過去と同じ悲しみと苦しみを繰り返そうとしている。俺達はそれを止めたい。だから、もう一度、イリスを封印したい」
「それはなぜじゃ? 人を守るためか」
「それもありますが……それよりも、イリスを助けたい」
「助けたい?」
「イリスは復讐を果たすためなら死んでも構わないと思っている。たぶん、今のまま暴走を続ければ、いつか討伐されてしまう。そんな結末は、俺は嫌だ。だから……俺は、イリスを助けるために封印をする」
「それは、危険を取り除いたことにならないぞ? 後世で問題になるかもしれないぞ?」
「元は、俺達人が撒いた種です。それに……イリスが死ぬよりはいい」
「その行動をなんというか、自覚しておるのか?」
「単なる俺のわがまま、エゴですね」
「自覚していながら、なお、その道を歩み続けようというのか……」
アルさんが驚いたような顔をした。
次いで、じっと俺を見つめてくる。
「……レインならば、あるいは、イリスの心に届くかもしれないな」
「届いてみせます」
「断言するか。くくく、おもしろいな」
アルさんが笑う。
それは、どこか優しい感じがする笑みだった。
「うむ。レインの話は理解したぞ。納得もした」
「それじゃあ……」
「しかし、イリスを封印した方法は、精霊族の中でも秘技にあたる。頼まれたからといって、簡単に教えるわけにはいかないのじゃ。妾達精霊族は、今は、人間がどうなろうと知ったことではないからな」
「むぅ、母上は意地悪なのだ」
「なら、どうしろと言うのですか?」
娘達の抗議に、アルさんはにやりと笑う。
「決まっておるじゃろう? こういう時は、古今東西、力を示してみせよ、という展開が王道なのじゃ」
「そういう展開になりますか……」
思わず身構えてしまうが……
アルさんは何もしようとしない。
「……と言いたいところなのじゃが」
「?」
「レインには、娘達を助けてもらった恩があるからのう。恩はきっちりと返さないといけないのじゃ」
「それじゃあ……」
「うむ。妾でよければ協力するぞ」
にっこりとアルさんが笑った。
「紛らわしい言い方をしますね……」
「最初から協力するつもりなら、そうと言ってほしいのだ」
「それではつまらないのじゃ。あと、レインの人となりを知っておきたい、という思いもあったのじゃぞ?」
娘達のジト目を受けながらも、アルさんは涼しい顔をしていた。
なるほど。
こういうところは親っぽいな。
子供が永遠に逆らうことができない存在だ。
「それで、イリスを封印する方法は……?」
「ふむ……封印は魔法を使用するのじゃ。その魔法については、超級に分類されるが……まあ、ソラとルナなら簡単に習得できるじゃろう」
「ふふん、我は魔法の天才だからな!」
どことなくうれしそうに、ルナが胸を張った。
アルさんに褒められてうれしいのかもしれない。
「母さんはついてきてくれないのですか?」
ソラの言う通り、アルさんがもう一度、封印を施してくれるのが一番なのかもしれないが……
「妾は門番をしないといけないからな。どこぞの娘達が任を放り出したせいで、妾にしわ寄せが来て大変なのじゃ」
「うっ」
「それに……今回の件を他人に任せて良いのか?」
「いえ。俺達で決着をつけたいです」
そうだ、アルさんの言う通りだ。
イリスの件を他の誰かに任せるわけにはいけない。
俺達で解決しないと。
「うむ、その意気じゃ。ただ……」
「ただ……」
「一つ、問題があってな。イリスを封印しておく『器』が必要なのじゃ」
「器?」
コテン、とルナが小首を傾げた。
一方で、俺はアルさんの言いたいことをなんとなく理解した。
イリスが封印されていた祠……そこには、何かしらのアイテムが収められていた。
おそらく、伝説級のアイテムだろう。
そのアイテムを媒介にすることで、イリスを封印していたのだろう。
「昔は、イリスの封印に『天の涙』を使ったのじゃが……」
「天の涙? どこかで聞いたことがあるな……」
「勇者にしか扱えない、伝説の装備の一つじゃ」
「ああ、道理で」
アリオス達と旅をする中で、どこかでその単語を聞いていたのだろう。
それと、アリオスが祠を壊した理由をようやく理解した。
イリスを解放するのが目的ではなくて、伝説の装備を手に入れるためだったのか。
しかし、その結果、イリスが解放されてしまい……
アリオス達はその責任を負うこともなく、逃げ去った。
……ホント、ろくでもない連中だ。
そろそろどうにかした方がいいかもしれない。
まあ、今はアリオスのことはどうでもいい。
封印の方が問題だ。
「妾が開発した魔法は、対象の魂を器に封印するというものなのじゃ。イリスほどの力を持つ者を封印するとなると、それ相応に強力な器が必要となる。レイン達は、伝説の装備に匹敵するアイテムを持っているか?」
「それは……」
「その顔を見る限り、ないみたいじゃな」
「すみません」
「別に謝る必要はないのじゃ。伝説級のアイテムなんて、普通は持っておらんからの。しかし、うーむ……どうしたものか」
アルさんが難しい顔をして、うーんうーんと悩む。
俺達も一緒になって思考をフル回転させる。
「にゃー……勇者の装備を奪う、っていうのはどうかな?」
「それはちょっと……というか、アリオス達がどこにいるのかわからないからな」
「竜族の秘宝でもかっぱらってくる?」
「後々で問題にならないか、それ?」
「えっと……えっと……ふぁあ」
「思いつかないなら無理に考えなくてもいいからな?」
「ウチのヤカン使うか?」
「ティナが憑依してるヤカンは伝説のヤカンなのか……?」
みんなであれこれと話し合うものの、解決策が出てこない。
それを見たアルさんが、仕方ない、という感じで声を出す。
「こうなったら、奥の手を使うのじゃ」
「と、言うと?」
「精霊族の里には、色々なアイテムが保管されている。その中には、伝説級のアイテムも存在する。それを使うことにするのじゃ」
「「えっ?」」
娘二人が揃って驚きの声をあげた。
「我が言うのもなんだが……そのようなことをしていいのか? 問題になるぞ?」
「ついに、母さんが盗みを……ソラは盗人の娘になってしまったのですね」
「ええいっ、妾が盗みをすることを前提に話をするでないわ! ちゃんと、真正面から行って貰い受けるに決まっておるじゃろう」
「そんなこと、可能なんですか?」
「限りなく難しいじゃろうな」
言葉とは反対に、アルさんはあっさりと言う。
「里の秘宝を持ち出すということは、里の皆に認められなければならぬ。妾ではなくて、レイン達が認められなければならぬ。相当に難しいことは確かじゃが……しかし、だからといって諦めるのか? 違うじゃろう。レイン達は諦めないのじゃろう?」
「もちろん。それしか道がないというのならば、どこまでも突き進んでみせます」
「うむ。その意気じゃ。それだけの心構えがあれば、きっと、突破口が見つかるじゃろう」
アルさんがにっこりと笑い、よくできましたというように俺の頭をなでた。
ちょっと照れくさかった。
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