160話 それでも
これからどうするか?
イリスと戦う?
イリスの境遇に同情はする。
でも、その愚行は過去の人がしたことだ。
今を生きる人にはなんの罪もない。
それは復讐ではなくて、単なる八つ当たりだ。
それを見逃してもいいのだろうか?
イリスを止めなくていいのだろうか?
……戦うべきなのか?
あるいは。
イリスに協力をする?
過去の出来事とはいえ、それで人の罪が全て消えるわけじゃない。
今まで積み重ねられてきたものがある。
俺達人が、天族を実験台にすることで力を得て、生き延びることができたというのならば……
それは、人そのものに刻まれた『罪』だ。
決して拭うことはできない。
そんな人を粛清するイリスは、ある意味で、正しいのかもしれない。
だから、イリスに協力することも、間違ってはいないのかもしれない。
「俺は……」
どうする?
どうすればいい?
どの道が正しい?
「……」
考える。
考える。
考える。
俺にとって正しいことは?
イリスにとって正しいことは?
……いや、そうじゃない。
正しいとか間違っているとか、そういうことに囚われていたら、この問題の答えを出すことはできない。
天族は、自分達が正しいと信じる道を進んで裏切られた。
人は間違っていることをして天族を裏切った。
同じ尺度で物事を考えたら、同じ失敗をしてしまうかもしれない。
だから、俺が考えるべきことは……
俺がどうしたいか。
俺自身の心と向き合い、その答えを得ることだ。
「レインさまの答えを聞かせてくれませんか?」
「俺は……」
答えはまだ見つからない。
その間に、イリスはたたみかけるように言葉を投げかけてくる。
「このようなこと、許せると思いますか?」
「……思わない」
「わたくしの復讐は間違っていると思いますか?」
「……思わない」
「なら、わたくしの邪魔をしないでくれませんか?」
「……」
返す言葉がない。
イリスは、小さく笑う。
「安心してください。わたくしがレインさまを気に入っているという話、あれは嘘偽りのない本心ですわ。なので、レインさまに手を出すことはしません。もちろん、レインさまの仲間に手を出すつもりもありませんわ。レインさまの仲間は、人間ではなくて最強種ですからね。同胞に手を出すようなことはいたしません。まあ、お一人、幽霊という奇特な方がいらっしゃいますが……まあ、それも例外として見逃しましょう」
「……」
「どうですか? 悪い話ではないと思いませんか?」
そうかもしれない。
だけど……
「……イリスは、いつまで復讐を続けるんだ?」
「ふふっ、決まっていますわ」
イリスは笑いながら言う。
「死ぬまで、ですわ」
それが当然であるように。
当たり前のことであるように。
世の真理であるように。
イリスは迷うことなく言い切った。
その答えを聞いて。
逆に、俺の中である決意が固まった。
ようやく、答えを見つけることができた。
「俺は……」
「はい、レインさまは?」
「……イリスの言葉を受け入れることはできない」
「……あら」
イリスの瞳に妖しい光が灯る。
「わたくしの申し出を受け入れてくださらない、と? あくまでもわたくしと戦う、と? 殺し合いを望んでいる、と?」
「いや、それも違う」
「え?」
不思議そうに、イリスがきょとんとした。
「イリスを放っておくことはできない。でも、殺し合いをするつもりはない」
「それは……どういう意味ですの?」
「俺は、イリスを止めてみせる。殺すことなく、止めてみせる」
「……」
イリスが失望するような顔を作る。
そして、これみよがしにため息をこぼした。
「呆れましたわ……レインさまは、現実が見えていないのですか?」
「見えているさ」
「いいえ、見えていませんわ。まだ、わたくしとの和解を望んでいるのでしょう?」
「そうなるな」
「はぁ……わたくしの話をちゃんと聞いていたのですか? 聞いていれば、和解が不可能ということくらいわかりますよね?」
「そうだな、果てしなく難しいかもしれない」
「なら……」
「それでも」
イリスの言葉を遮り、強い口調で言う。
俺の決意を伝えるように。
俺の想いを伝えるように。
しっかりとイリスの目を見て、想いを……言葉を紡ぐ。
「俺は諦めない」
「……」
「俺には復讐を止める権利なんてない。むしろ、イリスの復讐は正当なものだって思えてしまう」
「それならば……」
「それでも、ダメなんだ」
「なにがダメなのでしょうか? わたくしにもわかるように、教えてもらえませんか?」
「だって……イリスは死ぬつもりだろう?」
「……」
返事はない。
つまり、そういうことだ。
「イリスは復讐のことだけを考えて、生きることを考えていない。復讐を果たすことができれば、他のことは……自分の命さえどうでもいいって、そう思っているんだろう? 違うか?」
「……否定はしませんわ」
「そんなことを知ったら……放っておけるわけないだろう」
「レインさま、あなたという人は……」
「復讐をするだけなら、止めなかったかもしれない。でも、復讐の果てに死ぬつもりでいるなら……止めるよ。どんなことをしてでも止める。だって、イリスに死んでほしくないから」
イリスに生きていてほしい。
これは、俺のわがままだ。
それでも。
俺は、このわがままを押し通してみせる。
イリスの復讐が正しいかどうか。
それは難しい問題で、一言で片付けることはできない。
だけど、このままイリスが死んでしまうことは、間違っていると思うから……
だから、全力で抵抗させてもらう。
「レインさまは、わたくしの生き方に干渉する権利があるのですか?」
「ないな」
「なら、口を出さないでくれませんか?」
「イヤだ。俺はわがままなんだ」
「……」
イリスはぽかんとして、
「ふっ、ふふふ」
楽しそうに笑った。
「本当におもしろい方……ふふっ、そういうところが、わたくしは気に入ったのかもしれませんわね」
「イリスが俺のためを思って言ってくれてるのは、本当なんだろうな。それはうれしく思うよ。それでも、俺は……イリスを止めると決めた」
「……わかりましたわ」
イリスが俺から離れた。
立ち上がり、背を向ける。
「残念ですが……わたくし達は、戦わないといけないみたいですね」
「そうだな。でも、殺し合いをするつもりはない」
「あら。甘いですわね。わたくしは手加減はしませんわよ?」
「そうだろうな。でも、俺はイリスを殺さない」
それは俺の決意表明だった。
そういった言葉が、少しでもイリスの心に響くと信じて……
できる限りの言葉を投げかける。
「ふふふっ……わたくしを止められると思っているのですか? 殺し合いをすることなく、生きて止めることができると?」
「難しいだろうな……それでも、やってみせるさ」
「楽しみにしていますわ」
イリスは笑い……
そして、消えた。
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