159話 イリスの過去・3
「それは……」
思わず言葉を失う。
魔王との戦いで、天族の大半は死んでしまった。
もはや今までのようにはいかず、人間を守るどころか、種の存続さえ危うい。
そんな状態に陥っているというのに、今まで通りに守ってほしいと言われても……
できるわけがない。
あまりにも無茶な要求だ。
当時の人達は、何を考えていたんだろう?
無茶苦茶な要求を天族にして……
そんなことが通ると思っていたのだろうか?
そんなことが許されると思っていたのだろうか?
そして、それを聞いたイリスはどう思っただろう?
天族はどう思っただろう?
「わたくし達はどうしたと思いますか?」
「……断った?」
「いいえ、違いますわ。今まで通り、変わらずに、人の守護者であろうとしました」
意外な言葉が飛び出した。
「どうして?」
「不思議に思いますか? まあ、わたくしも不思議ですわ。当時のわたくし達は、頭がどうかしていたのかもしれませんね。種の存続が危ういというのに、それでもなお、人間の守護者であり続けようとするなんて……」
「もしかして……それが、天族の存在意義……だからなのか?」
「ふふっ、正解ですわ」
イリスが笑う。
それは、どこか自嘲めいた笑みだった。
「わたくし達天族は、人間を守るために作られました。他の生き方は知りません」
他の生き方は知らない。
それは、とても悲しい言葉に思えた。
自由があるようで、まったく自由がない。
鳥籠の中の鳥のようなものだ。
ただ、与えられた役割をこなすことしかできないなんて……
こう言ってはなんだけど、どこか壊れているのかもしれない。
「苦い顔をしていますね」
「まあ……」
「どう思いました? 素直な感想を聞かせてくださいませんか?」
「……おかしい、と感じた。自分の意思がないというか……言い方は悪いが、生き方を他人に依存しているように思う」
「依存……ふふっ、その通りですわ」
再び、イリスが自嘲めいた笑みをこぼした。
その寂しい笑みを見ていると、胸が締め付けられるように痛くなる。
「わたくし達天族は、神々に与えられた使命をこなす種族だった。誰かに使命を与えられて、それをこなすことを生きる道としてきた。それ故に、自分で道を選ぶことができなくなっていたのです」
「それは……寂しいな」
「そうですわね、寂しい生き方ですわ……ですが、当時のわたくし達は、それが最善であると信じて行動しました。まあ、他に生き方を知らないということもありますが……」
「そう言うってことは、これからも守ってほしい、っていう人達の言うことを受け入れたんだよな?」
「ええ、受け入れました。わたくし達は、個体数を減らしながらも、なおも人類の守護者であり続けようとしましたわ。その結果……どうなったと思いますか?」
そんな問いを投げかけられた。
どうなった……か。
普通に考えるなら、人の守護者であることはできない……だよな?
個体数が激減して、残った天族も女子供ばかり。
今まで通りの力を発揮することはできない。
「……守ることはできなくなった、か?」
迷いながらも、そんな答えを出した。
「んー……半分正解、ということにしておきましょうか」
「違うのか?」
「半分は正解ですわ。わたくし達、生き残りの天族には大した力は残されていませんでしたわ。人間の守護者であろうとしても、圧倒的に力が足りない。今までのように、魔物から人間を守ることも、魔族を排除することもできなくなりました」
「普通に考えて、そうなるよな……」
であれば、半分正解という言葉には、どんな意味があるんだろうか?
残り半分の真実は、いったい……?
「正解は……人間を守ることができなくなり、わたくし達天族は糾弾されることになりました、ですわ」
「な……」
あまりといえばあまりの展開に、言葉が出てこない。
「力を失い、以前のように動くことができなくなったわたくし達を、人間は責めましたわ。どうして助けてくれないんだ? 苦しんでいる俺達を見て楽しんでいるのか? 本当は守るつもりなんてないんだろう? ……色々なことを言われましたわ」
信じていたものに、裏切り者扱いされるなんて……
その時の天族の絶望と失望は、どれくらいだろう?
想像することもできない。
それが、イリスが人間を見限った理由?
人間を憎むようになった理由?
いや……まだ、なにかがあるような気がした。
それだけで、ここまでの強い憎悪を持つことはできないはずだ。
だとしたら、これ以上、なにが……?
「色々なことを言われましたが……それでも、わたくし達は愚直なまでに人間の守護者であろうとしましたわ。それ以外の道を知らない、ということもありますが……いつか、想いは届くと信じていたところがあります。通じ合えることを願い、信じて、できることをしていきましたわ」
「……その結果を聞いてもいいか?」
「はい」
イリスの顔から表情が消える。
なんの感情も映さない顔で、小さく、一言だけつぶやく。
「裏切られましたわ」
それは、どういう意味なのか?
過去の人間は、いったいどんなことをやらかしたのか?
聞くのが怖い。
人の罪と向き合うのが怖い。
でも、ここで逃げたら、二度とイリスと向き合うことはできない。
俺は覚悟を決めて、話の続きをする。
「何があったのか、教えてくれないか?」
「……当時、わたくし達天族だけではなくて、人間も滅びの危機に瀕していました。長年続いた魔王との戦いで全てが荒廃していましたから……故に、何か手を打つ必要がありました。当時の人間達は考えました。この荒れ果てた世界を生きるには、人間の体は脆弱すぎる……ならば、どうすればいいか? 人間達は、どのような答えを導き出したと思います?」
とてつもなくイヤな予感がした。
「答えは、とても簡単なものですわ。力がないのならば、力ある者から奪えばいい。ねえ……とてもシンプルな答えでしょう?」
「まさか……」
「人間達は言いました。今までひどいことを言ってすまなかった。自分達が間違っていた。せめてものお詫びとして、あなた達をもてなしたい。来てくれないだろうか?」
「……」
「その言葉に、わたくし達は喜びました。ようやく想いが通じた……そう勘違いしたのです。そして、わたくし達は招かれるまま、人間の街に赴いて……そのまま拘束されました」
無表情だったイリスの顔に、憎悪の色が点いた。
それ以外の感情は見当たらない。
ただただ、強い憎しみを抱いて……
ギリギリと。
血が出てしまいそうなほどに拳を強く握りしめていた。
「人間に捕らえられたわたくし達は……まあ、ここは省きましょう。聞く側も話す側も気分のいい話ではないので。とにかくも……わたくし達天族は人間に捕らえられて、実験体にされました。天族の力の源はなんなのか? 天族の力を人間が得ることはできないか? 天族の力を利用することはできないか? そのような目的のために、色々な実験を受けて……一人、また一人と、わたくしの仲間は死んでいきました」
イリスに、どんな言葉をかければいいのだろう?
考えるけれど……ダメだ。
なにも言葉が見つからない。
「わたくし達が愚かだったのかもしれません。ただ相手を甘やかすのみで、真の対等な関係になろうとはしなかった。愚直に前へ進むことしかせず、それで、いつかわかりあえると盲信していた。愚かと言われても仕方ないですわ……ですが。ですが!」
イリスの口調が荒くなる。
当時のことを思い出しているのかもしれない。
握った拳を震わせて……
唇を噛んで、怒りを露わにしている。
「あのような裏切りを受けないといけないなんて……そのような残酷な運命はありますか!? わたくし達は、愚かだったとしても、何もしていないのです。何も間違ったことはしていないのです。それなのに、仲間はひどい扱いを受けて、全て殺されてしまいました。許せるわけがありませんわ」
「……イリス……」
「……運良く逃げ出すことができたわたくしは、ようやく目を覚ますことができました。人間の守護者? 天族の使命は人間を守ること? そのようなことは全てまやかしですわ。天族の最後の一人であるわたくしの使命は……家族や仲間の仇を討つこと。人間を殺して殺して殺して……この力ある限り、殺し尽くすことですわ」
「……今を生きる人は、過去と関係ないのに?」
「ええ、関係なくても殺しますわ。わたくしは、もう、人間という種族そのものを嫌悪して、憎悪して、敵視しているのですから。あのようなことをされて……過去は過去と、割り切ることができますか? わたくし、あいにくと子供なので、そのようなことはできません」
「そう、だな……割り切ることができるなら、苦労はしないよな」
「ふふっ、わかってもらえてうれしいですわ」
イリスが人を憎む理由をようやく理解した。
そして……共感してしまう。
俺も、家族を失ったことがある。
父さんも母さんも友達も……全てを失ったことがある。
あの時、復讐を考えなかったということはない。
生きることに必死で、それどころではなかったということもあるが……
もしも余裕があったら、復讐を考えていただろう。
それだけじゃない。
もしも、みんなが失われたとしたら?
カナデ、タニア、ソラ、ルナ、ニーナ、ティナ……
みんなが理不尽に殺されたとしたら?
冷静でいることなんてできないだろう。
絶対に復讐を考えると思う。
だから……俺は、イリスの思いに共感してしまった。
同情してしまった。
「ふふっ……失礼。少し取り乱してしまいました」
全てを語り終えたイリスは、いつもの笑みを浮かべた。
でも、俺は知っている。
その笑みの向こうに、途方もない絶望と憎悪が隠されていることを。
……決して癒やすことのできない悲しみが隠されていることを。
「これが、わたくしが語ることができる全てですわ。ああ、つけくわえるならば……解放されたわたくしは、その後、復讐のために力を身に着けて、人間を殺して回っているうちに悪魔と呼ばれて……その後、封印されてしまいました。それで、今に繋がる、というわけですわ」
「……ありがとう。話しづらいことを話してくれて」
「いえいえ。レインさまの頼みですから。まあ、わたくしと和解することなんて不可能、と思い知っていただくためでもありますが」
「それは……」
「さて……一つ、お聞きしたいのですが、よろしいですか?」
イリスがこちらを見た。
じっと、瞳を覗き込むように、顔を合わせてくる。
「わたくしの話を聞いて……わたくしのことを知り……その上で、レインさまはどうされるおつもりですか?」
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