158話 イリスの過去・2
人間が天族の絶滅に関わっている。
それは、どういうことなのか?
色々と考えてみるものの、情報がぜんぜん足りず、答えにたどり着くことができない。
本人にこんなことを聞くなんて、と迷う。
俺だって、故郷のことを話すとなると、まだ辛い。
イリスも同じような思いをしているかもしれない。
それでも。
今は話を進めるべきだ。
イリスのことを知るために、前に進むべきだ。
そう判断して、話を続ける。
「それは……どういうことなんだ? 辛いかもしれないが、詳しく教えてもらえないか?」
「ええ、ええ。構いませんわ。レインさまにならば、全てをお話しましょう。まあ、さきほども言ったように、それはわかりあうためではなくて……わかりあうことなんて不可能、ということを知ってもらうために、ということになりますが」
「……それでも構わない」
「ふふっ、では、続きを話しましょうか」
どこか楽しそうに、イリスがその場でくるりと回る。
「さてさて、どこまで話したでしょうか? ついつい、話が横道に逸れてしまい、忘れてしまいました」
「天族について話すところだろう」
「ああ、そうでした。そうでした。わたくし達天族について、ですわね。レインさまが、わたくし達天族について、ほとんど知らないことは理解しました。ならば、まずは天族についての説明からいたしましょう。といっても、身構える必要はありませんよ。長々と講義をするつもりはございませんので。簡単に説明させていただきますわ」
イリスが地面に座る。
土でスカートが汚れるのも構わず、体をくつろがせた。
それから、隣をぽんぽんと叩いた。
それに誘われるように、俺はイリスの隣に腰を下ろした。
小さな静寂。
この広い世界にイリスと二人きりになったような、そんな不思議な錯覚を覚える。
「天族というのは、神々から恩恵を授かった種族なのですわ」
やがて、イリスがそっと口を開いた。
「神々の恩恵を授かったという意味では、神族と似ているかもしれませんわね。ですが、神族とは決定的に違うところがありました」
「それは……?」
「わたくし達天族は、神々の尖兵なのですわ。地上に降りることができない神々の代わりに、天の意思を執行する。それが、わたくし達天族に課せられた役目。そういう点が、神族とは一番大きく異なるところですわね」
「それじゃあ……天族が神様の使い、っていうのは正しい情報だったのか」
「ええ、ええ。そうですわ。ところどころ、正しい情報が残っているみたいですね。さすがに、全てをウソで塗り固めることはできなかったのでしょう」
その言葉を聞くと……
今、俺達が伝え聞いている天族に関する伝承のいくつかはウソということになる。
いったい、どれがウソなのだろうか?
「というか、さらりと神様の話をしているな……神様が地上に降りることができないなんて、初めて聞いたんだけど」
「あら、そうなのですか? これくらいは、普通の人間でも知っていると思うのですが」
「教会に通って、神様の教えを学ぶってことがなかったからなあ……」
故郷が魔物に襲撃されなければ、いずれは教会に通うようになっていたのかもしれないけど……
そんな機会もなくなってしまった。
それに……
故郷が襲撃された時に、神様を信じることも止めたからな。
信じていない、っていうわけじゃないけど……
いざという時に助けてくれるのは自分自身、ということを理解したから、必要以上に祈るということはしなくなった。
話が逸れた。
おとなしく、イリスの話に耳を傾ける。
「わたくし達天族の使命は、神々の代わりに、天の意思を実行すること。その天の意思とは……人間を守り、その天敵である魔族を殲滅すること。その二点ですわ」
その天族が、今では悪魔と呼ばれて人の敵になっている……
なんていう皮肉だろうか。
「当時のわたくし達は、まあ……思い返すのも寒気が走るのですが、人間と良い関係を築くことができていたと思いますわ。人間はわたくし達が神々の尖兵であることを知っているので、敬われていましたわ」
「ん? ちょっと待てよ」
イリスは、まるでその光景を見てきたかのように話す。
「ちょっといいか?」
「なんでしょうか?」
「話の腰を折って悪いんだけど……イリスって、何歳なんだ?」
天族が絶滅したのは遥か昔のことだ。
それなのに、当時のことを知っているかのように話すっていうことは……
こんな見た目をしているのに、イリスは俺よりも遥かに年上?
「はぁ」
イリスはため息をこぼした。
それから、ジト目を向けてくる。
「レインさま。女性にそのようなことを尋ねるなんて、礼儀がなっていませんわよ? まして、大事な話を遮ってそのようなことを聞くなんて……」
「わ、悪い。ついつい気になって……」
「まったく……でも、そういうところがレインさま『らしい』のかもしれませんわね。何事にも囚われることがない自由……ある意味で、美徳なのかもしれません」
「えっと……ありがとう?」
「半分は皮肉なのですから、素直に受け止めないでください……ふふっ、もう、本当に仕方のない方」
ジト目から笑顔に変わる。
ふと思う。
こうして、ずっと笑っていられるようなことになれば……
笑い合えるような関係になることができればいいのに。
しかし、イリスによると、それは絶対に不可能らしい。
いったい、過去に何があったのか?
イリスの話に耳を傾ける。
「さて、少し話は逸れてしまいましたが……わたくし達と人間は、それなりに良好な関係を築くことができました。良き隣人となった、と言っても過言ではありませんでした。天族は人間に寄り添い、共に発展の道を歩みました」
最強種が人と寄り添う生活……
その光景を想像して、少し和んだ。
今の俺のパーティーみたいなものなのだろうか?
きっと、楽しくて穏やかな日々が続いていたんだろう。
そんな俺の想像は間違ってはいなかったらしく、イリスも穏やかな顔をしていた。
俺達人と過ごした日々は、あれだけ人を憎むイリスにとっても、決して悪いものではなかったのだろう。
「そんなある日のことでした。魔王が復活したのです」
「魔王が……?」
「これはレインさまもご存知ですよね? 魔王は定期的に代替わりをして、復活をして、休眠期を過ごした後、活動期に入る。その後は、全魔族を率いて人間を滅ぼすために活動をする……なぜ人間を滅ぼそうとするのか、それはわかりませんが……遥か昔から、人間と魔王の戦争は繰り返されてきました」
「そうだな……そのことは俺も知っているよ」
「わたくし達天族は、人間を守護する者。そして、魔族を討ち滅ぼす者。人間に協力する道を選び、共に魔族と戦いました」
当時の戦いを思い出しているのか、イリスは険しい顔をしていた。
「たくさんの仲間が死にました。たくさんの人間が死にました。それでも、魔王を討つことはできませんでした」
「魔王は、そんなに強いのか……?」
「ええ、とても強かったですわ。わたくし達天族が束になっても倒すことができなくて……ただただ、狩られるだけでしたわ」
イリスが唇を噛んだ。
今、どんな思いを抱いているのだろうか?
魔王に対する激情か?
あるいは、力及ばなかった自分への不満か?
その両方のように見えた。
「このままでは全滅してしまう……魔王が勝利して、全てが滅ぼされてしまう……そう判断したわたくし達は、最後の手段に出ることにしましたわ」
「最後の手段……?」
「自爆です」
「っ」
さらりと言い放たれたその言葉に、思わず息を飲んでしまう。
「わたくし達天族は、最強種の中で最大のスペックを持っています。身体能力はもちろん、強い魔力も持っていますわ。全ての力を解放して、暴走させて、敵にぶつける……そのような策がとられました」
「そんなことが……」
「天族一人の自爆で魔王を倒せるほど、敵は甘くありません。ありったけの天族がかき集められて、その全てが特攻することになりました」
「そこまでしないとダメだったのか……? そんなことをしてまで……」
「それほど、魔王の力は絶大なのですわ」
当時を思い出しているのか、イリスは苦い顔をしていた。
それでも。
イリスの話はまだ終わっていない。
なぜ人間を憎むようになったのか、その部分に触れていない。
「……続きを話してくれないか?」
「ええ、構いませんわ」
「……ごめん」
「ふふっ、同情しないでくださいませ。確かに、当時のことを思い出すのは辛いですが……わたくしの中では、もう終わったことなので。それほど気にしていませんわ」
「そうか……今は、そういうことにしておくよ。ありがとう」
辛くないなんて、そんなことがあるわけがない。
それでも、イリスは話を続けてくれる。
せめてもの思いとして、頭を下げた。
「さて……話を続けますわよ? わたくし達天族は自爆をすることになりましたが、全員、というわけではありません。そのようなことをしたら、絶滅してしまいますからね。わたくしのような若い者は特攻することなく、残されることになりました」
「そうだったのか……」
「そして、特攻が行われて……わたくし達、多くの天族の命と引き換えに、魔王に大きな傷を与えることに成功しました。次に、人間の勇者が攻撃をしかけて、刺し違える形となって、魔王を討伐することに成功しました。他にも、まあ、色々とあったのですが……そこは今回の話には関係ないので省略いたしましょう。とにかくも、そのような経緯で魔王を討つことに成功しましたが、わたくし達天族は、その数を大幅に減らすことになったのです」
壮絶な話だった。
最強種が滅びてしまうギリギリのところまで命を賭けないといけないなんて……
改めて、魔王の脅威を思い知る。
ただ……
今の話を聞いた限り、イリスが人を憎む理由が見当たらない。
まだ話は続く、ということか……
いったい、どんな理由が待ち受けているのか?
どんな真実が隠されているのか?
それを聞くのが怖くもあるが……
でも、逃げるわけにはいかない。
「それで……その後は?」
「わたくし達天族は大幅に数を減らして、その存在意義を達成することが困難になりました」
「存在意義……神様の意思の代行か?」
「ええ、その通りですわ。残ったのは、女子供ばかりでしたので。人間の守護者となることも、魔族と戦うこともできず、種の存続を図ることで精一杯でした。神々は、そのことを認めてくれましたわ」
「まあ、そうだよな。そこで無理をして働け、なんて言われてもできるわけないし……そんなことを言われたら逆に怒るよな。神様も、そんな無茶は言わなかった、っていうことか」
「ええ、その通りですわ。神々は無茶はおっしゃいませんでした」
その言葉に、引っかかるものを感じた。
神様はそのようなことは言わない。
つまり……
「ですが、人間は無茶を言いました。今までのように、自分達を守ってくれ……と」
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