156話 深い夜の中で……
「ふう」
外に出て夜風を浴びる。
さきほどまで、みんなの報告を聞いて、それをまとめて、それから明日の計画を練っていた。
イリスに関する調査は、やや難航していた。
言い伝えなどは山のように出てくるのだけど、信憑性のある情報が少ない。
伝承という形で人から人へ伝わるうちに、情報の正確性が薄れていき、曖昧なものになってしまった。
なので、封印に関する情報を得ることはできなかった。
今の所、めぼしい成果は出ていない。
まあ、これに関してはある程度予想していたことなので、落胆はない。
なにか見つかればラッキー、という程度だ。
なので、地道にコツコツやっていこうと思う。
村の防備の方は、わりと順調に作業が進んでいた。
村の左右に防壁を設置して、地を歩く魔物が侵入できないようにした。
防壁を作る際は、ニーナの物質創造がすごく役に立ってくれた。
俺が使うものと合わせて、一緒に作業をすることで、大幅に時間を短縮することができたと思う。
木を組み合わせた柵に、細い鉄線を巻き付けた罠を設置しておいた。
低ランクの魔物なら、近づくだけで傷つき、侵入することは叶わないだろう。
それと、村の前後には門を設置した。
門といっても、丸太を複数束ねたものを使っただけの簡易的なものだ。
大きな街にあるような、鉄で作られたものとは違う。
強度は低いが……
それでも、魔物の侵入をある程度制限することができる。
これがあるとないとでは、村への被害が大きく異なるだろう。
「一応、順調といっていいのかな」
夜空を見上げる。
「……さて、これからどうなるか」
イリスはこの近くにいることが明らかになった。
討伐隊が到着すれば、ただちに戦闘が行われるだろう。
まあ……
デタラメな身体能力と特殊能力を有しているから、今もこの近くにいるとは限らないのだけど。
それはともかく。
これ以上、俺達ができることはない。
ゼロとはいわないが、限りなく少ないことは確かだ。
討伐隊が失敗した時に備えて、封印方法を探すことくらい。
それだけだ。
討伐するか。
封印をするか。
どちらにしろ、それでイリスは終わりだ。
いかに強大な力を持っていようと。
いかに最強種だろうと。
国に喧嘩を売ってタダで済むわけがない。
そう遠くないうちに、この事件は収束するだろう。
……イリスの討伐という形をもって。
「……それでいいのか?」
なにか引っかかるものがあった。
このままでいいのか、と心が訴えている。
でも、どんなところに違和感を覚えているのか、それがわからない。
「ふう……厄介な相手だな」
「あら、あら。それはもしかして、わたくしのことでしょうか?」
後ろから聞き覚えのある声がした。
「他に誰がいるんだ?」
「あら、驚かないのですね」
ひょっこりと、イリスが顔を見せた。
いつものように笑みを浮かべているのだけど……
気のせいだろうか?
ちょっとだけ拗ねているような気がする。
もしかして、俺が驚いていないことをつまらなく思っているのだろうか?
……イリスならありえるな。
「初めて出会った夜のこと、覚えているか?」
「ええ、ええ。もちろんですわ」
「あの日も、こんな夜だったから……もしかして会えるかな、って思っていたんだ」
「ふふっ、運命的ですわね」
「運命……なのかな?」
「そう言った方が素敵だと思いません?」
「そうかもな」
イリスが隣に立つ。
夜風を浴びて、髪を手で押さえた。
……こうして見ていると、普通の女の子とまるで変わらない。
最強種とか。
天族とか。
悪魔とか。
そんな風には見えない。
「今日はどうしたんだ?」
「あら、もしかしてお忘れですか? レインさまが、また会いたい、とおっしゃったのですよ?」
「覚えてるけど……ちゃんと約束を守ってくれたんだ」
「こう見えても、わたくし、義理堅いのですよ?」
「アリオスは裏切ったのに?」
「ふふっ、痛いところを突きますね」
くすくすとイリスが笑う。
何かを企んでいるとか、そういう雰囲気はなくて……
俺との会話を普通に楽しんでいるみたいだ。
「ですが、あの勇者の言うことはきちんと聞きましたわよ?」
「パゴスの村人をアリオスが助けたことにする……か」
「手柄や武勇を欲していたのでしょうね。そのような取引を持ちかけてきましたわ。正直に言うと、はねのけてもよかったのですが……わたくしを解放してもらったということもあり、引き受けてしまいましたわ。あと、獲物は一気に狩ってしまうとつまらない、とも言われたので」
「最後の一言で台無しだな……」
「ふふっ、わたくしは『悪魔』ですから」
イリスは普通の女の子のように笑う。
こうして見ていると、本当に、普通の女の子と何も変わらないんだけどな……
どうして、あんなことをするのか?
できることならば、イリスの心の内側を覗いてみたい。
「一つ、お聞きしたいことがあるのですが……よろしいですか?」
「なんでもどうぞ」
「レインさまは冒険者なのですよね?」
「ああ、そうだよ」
「今回、わたくしの邪魔をしたのは依頼によるものですか?」
「まあ……それに近いかな」
イリスの調査を請けたこと。
封印の方法を探していること。
それらを話した。
そんなことをイリス本人に話していいのか、という問題はあるが……
隠していても、イリスなら簡単に暴いてしまうような気がしたので、無駄と判断して、素直に話すことにした。
「なるほど、なるほど」
なにやら得心いった様子で、イリスが頷く。
「どうしたんだ?」
「間違っていたら、違うと指摘してくださいね?」
「ああ」
「レインさまは、わたくしに関する調査を引き請けた……しかし、その依頼にわたくしの討伐は含まれていない。違いますか?」
「いや、その通りだよ」
イリスは何を言いたいのだろうか……?
「それならば、わたくしと無理に戦う必要はありませんね」
「イリス……?」
「このまま回れ右をして、適当に時間を潰して、残念ながらめぼしい成果は得られませんでした、と報告をしても問題ないわけですね。まあ、レインさまの武勇に傷はついてしまうかもしれませんが……レインさまならば、すぐに次の武勇を打ち立てることができるでしょう。あまり気にすることではありませんね」
「何が言いたいんだ?」
「退いてくださいませんか?」
イリスがこちらを見た。
吸い込まれるような瞳に、思わずぼーっとしてしまいそうになる。
「それは……」
「わたくしの件から手を退いてください」
「……どうして、イリスがそんなことを言うんだ?」
「ふふっ、決まっていますわ」
そっと、イリスが俺の頬を撫でる。
妖しい笑みを浮かべながら、ささやくように言う。
「わたくしが、レインさまのことを気に入っているから……ですわ」
「その言葉、本当だったのか?」
「あら、心外ですわ。わたくしは、いつも本当のことしか口にしませんわよ?」
「ウソもしれっとついている気もするが……」
「ふふっ、なんのことでしょうか」
いたずらっ子のように笑う。
時に妖しい笑みを見せて……
時に子供のように無邪気に笑い……
どちらがイリスの本当の顔なんだろう?
ふと、そんなことを思う。
「疑問なんだけど……どうして、そこまで俺のことを気にかけてくれるんだ? 最初の出会いは穏やかなものだったけど、その後にやりあって……そこまで気にしてくれる要素があったなんて、思えないんだけど」
「そうですわね……こればかりはわたくしの感覚なので、なんと言っていいのやら……曖昧な言葉になりますが、レインさまには、普通の人間とは違う『なにか』を感じますわ」
イリスはまっすぐに俺を見つめながら、そんな言葉を紡いだ。
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