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153話 それでも、まだ……

 大量の土煙が舞い上がり、視界が遮られる。


 スズさんも追い詰めたことがある、カムイによる全力の一撃だ。

 これならば……


「……ふぅ」


 視界がクリアーになると、イリスの姿が見えた。

 驚異的な身体能力を持っていたとしても、さすがに今のを無傷というわけにはいかなかったらしい。

 あちこちがボロボロで、血を流している。


 血の色は……赤だった。


「なんというか、まあ……ここまでやるなんて、思ってもいませんでしたわ。わたくしに一撃どころか、追い詰めてしまうなんて」

「そう言う割に余裕がありそうだけど?」

「やせ我慢、というやつですわ。レインさまに情けないところはお見せしたくないので。ふふっ」


 なんてことを言いながらも、イリスはしっかりとした足取りで立っている。

 それなりにダメージを負っていることは間違いないが……

 それでもまだまだ、というところだろうか。


 驚異的な身体能力だけじゃなくて、想像を超えるタフさを兼ね備えているなんて……

 最強種を敵に回すと、こんなに厄介なことになるなんて。


 スズさんに特訓をつけておいてもらって、本当によかったと思う。

 対最強種の訓練を積んでおかなかったら、イリスをここまで追い詰めることはできなかっただろう。

 スズさんの特訓がなければ、イリスが持つより圧倒的な力に飲み込まれて、すぐに壊滅していたに違いない。


「さて……どうする?」

「……」

「この辺で終わりにしないか?」

「そうですわね……終わりにいたしましょうか」


 予想外の言葉に、思わずきょとんとしてしまう。

 そんな俺を見て、イリスは小さく笑う。


「ふふっ、どうしたのですか? 魚が空を飛んだような顔をしていますわよ?」

「あー……いや、まさか、イリスが素直に退くなんて思ってなかったから」

「あら。わたくしは猪突猛進なイノシシとは違いますわよ? 悔しいですが……レインさまは……いえ。レインさま達は強いですわ。このまま戦ったとしても勝てるかどうか怪しいところですわね」

「ずいぶんと謙虚なんだな」

「場を冷静に分析することができなければ、死んでしまいますからね。そのような愚は犯しません」

「なるほど」

「それに、約束しましたからね。わたくしに一撃を届かせることができれば……と。一撃を遥かに超えたものをもらいましたから。ここは退くことにいたしましょう。わたくし、こう見えて、約束は守る方なのですよ? まあ、相手によりますが、くすくすっ」


 イリスがパチンと指を鳴らした。

 その合図に反応して、アリオス達と戦っていた、もう一人のイリスがこちらへやってくる。

 アリオス達は追撃する気力もないらしく、その場にへたりこんでいた。


「どうかしたのですか?」


 もう一人のイリスが不思議そうにしながら、イリスに話しかける。

 ……なんかややこしいな。


「撤退しますわ」

「あら? あら? このようなところで引き上げるのですか? わたくし、まだまだ楽しみたいのですが……」

「そういう約束をしてしまったので、仕方ありませんわ。それに、この場においてはわたくしの方が上に立っているということをお忘れなく」

「ええ、わかっていますわ。本体であるあなたに逆らうつもりはありません。では、わたくしはお役御免ということで、元の世界に戻りますわ」


 もう一人のイリスがこちらを向いて、優雅に一礼をした。


「では、ごきげんよう」


 その姿が宙に溶けるように消えた。


 天族の召喚魔法は、術者が倒れても解除されないという話だから……

 イリス自身が持つ力で元の世界に戻ったのだろう。


「ちなみに説明しておきますと……もう一人のわたくしは、己を元の世界に召喚することで帰還した、ということになりますわ。正確にいうとぜんぜん違うのですが、難しい話になりますので……なので、簡単に説明してみました」

「なるほどね……説明、ありがとう」

「いいえ、どういたしまして」

「それで……あっちの魔物も送還してもらえると助かるんだけど?」


 アクス達が戦っている魔物の群れを指さした。


「すみません。送還には相手の同意が必要なのですが、魔物にそのような知恵はないので……ふふっ、放っておくしかないですね」

「おい」

「レインさま達ならば、あのような魔物、大したことないでしょう? ふふっ……その間に、わたくしは帰ることにいたしますわ」


 イリスが踵を返した。

 その背中に声をかける。


「待て!」

「あら……まだなにか?」

「俺の疑問に答える、っていう約束は?」

「あら、ちゃんと覚えていましたのね。どさくさに紛れて、うやむやにしようと思っていたのですが……」

「おいこら」

「ふふっ、冗談ですわ。わたくし、約束を破ることもありますが……レインさまのような気に入った方相手ならば、けっこう義理堅くなるのですよ?」

「口ではなんとでも言えるけどな」

「あら、信じてもらえないなんて悲しいですわ。まあ、自業自得ですわね、ふふっ」


 くすくすとイリスが笑う。

 ただ単純に、俺との会話を楽しんでいるみたいだ。


 こうして見ると、本当に、普通の女の子にしか見えないんだけど……

 でも、イリスは村一つを壊滅させて……それだけではなくて、生き残りも追いかけてきた。


 どうしてそんなことをするのか?

 イリスの行動の源にあるものを知りたかった。


「ここでのんびりとお話……というわけにはいかないでしょう? また後日、レインさまのところへ足を運びますわ。今は、その約束で我慢してくださらない?」

「その約束、守ってくれるんだよな? アリオスのように破ったりしないよな?」

「ええ、もちろん。言ったでしょう? わたくし、レインさまのことは気に入っていますのよ? そんな方との約束となれば、きちんと守りますわ」

「なら……信じる」

「ふふっ、人間に信頼されるなんて……妙な気分ですわね」


 イリスが複雑な表情を見せた。

 喜怒哀楽……全ての感情を混ぜて一つにしたような、言葉では表現できない感情。


 しかし、そんな表情を見せたのはほんの一瞬。

 いつものように、イリスは笑みを浮かべる。


「では、また後ほど」

「ああ、またな」

「ごきげんよう、レインさま」


 イリスが丁寧にお辞儀をして……

 そして、瞬きをしているわずかな間に、その姿が消えた。

 さきほど、もう一人のイリスが自力で送還したのと同じような力を使ったのだろう。


「さて……」


 ひとまずの山は乗り越えたものの、まだ魔物が残っている。


「落ち着くことができるのはもう少し先か……カナデ、ニーナ。まだいけるか?」

「うんっ、私は大丈夫だよー!」

「ん……がん、ばる」


 二人は揃って頷いた。


「なら、残りの魔物を片付ける。いくぞ!」

「おーっ!」

「おー……」


 元気よく拳を突き上げるカナデと、尻尾をピーンと立てるニーナと一緒に、アクス達の応援に向かった。




――――――――――




 あれから、全員で魔物の対処に当たり、無事に掃討することができた。

 とはいえ、被害がゼロというわけじゃない。

 衛兵を務めていた冒険者は、最初にイリスに吹き飛ばされたことで怪我を負ったし……

 他のみんなも、細かい傷などはたくさんだ。


 幸いというべきか、大怪我はなかったものの……

 疲労も加わり、すぐに動くことはできない状況だった。


 当然、逃げたイリスを追いかけることなんてできるはずもなく……

 俺達はジスの村で休養を余儀なくされた。


 まあ、それは構わない。

 俺としては、イリスを追うつもりはなかったから……

 都合のいい感じで追撃理由がなくなり、助かったというのが本音だ。


 とはいえ、被害者がいる前でこんなことは言えないんだけどな……

 本来なら、こんなことを考えるのもダメだと思う。


 思うんだけど……


「……気になるんだよな」


 なぜ、イリスはあんなことをしたのか?

 なぜ、人間に強い憎しみを抱いているのか?


 それを知らずに、ただ『悪』と決めつけて倒してしまうなんて……

 それは臭いものに蓋をするのと一緒で、根本的な解決にはなっていない気がした。


 だから、イリスのことが知りたい。

 どうしてあんなことをしたのか、何を考えているのか。

 イリスの心に触れたいと、そう、強く願った。


「甘いのかな、俺は」

「にゃん?」


 村の外れ。

 風に当たり涼んでいると、一緒についてきたカナデが小首を傾げた。


「どうしたの、レイン? 甘いって? お菓子!?」

「いや、お菓子はないから。目をキラキラと輝かせないでくれ」

「そうなんだ……残念」


 カナデの尻尾がしゅんっとなった。


「甘いっていうのは、俺のこと。実をいうと、イリスと話がしたいって思っていて……そういうところがダメなのかな、ってさ。相手は村一つを壊滅させているのに……」

「んー、いいんじゃないかな?」


 カナデがあっさりと同意してくれた。


「甘いって言えば、甘いと思うよ。砂糖たっぷり練乳をどっさりかけたくらいに甘い?」

「うぐ……カナデもけっこう言うな」

「あっ、ご、ごめんね? レインを馬鹿にするつもりじゃなくて……でもでも、そういうことじゃなくて、レインはそのままでいいと思うの。だってだって、そういうところがレイン『らしい』って思うから。そんなレインだからこそ、私達はみーんな、一緒についてきているんだよ?」

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