150話 最凶との戦い・7
声の主はタニアだ。
竜の翼を展開させて、必殺のドラゴンブレスを放つ。
目標はイリスじゃない。
イリスが放った魔法だ。
俺に食らいつこうとした魔法が、タニアのドラゴンブレスに飲み込まれる。
圧倒的な光の奔流に抗うことはできず、イリスの魔法はことごとく消滅した。
「ふぅ」
助かった。
今のは本気で危なかった。
タニアの援護に感謝だ。
でも、距離が離れていたような……?
疑問に思い、タニアの方を見ると……
「んっ」
ニーナが一緒にいた。
ティナの入ったヤカンを小脇に抱えて、その一方で、タニアと手を繋いでいる。
神族が持つ瞬間転移の能力で近づいてきたのだろう。
ニーナもスズさんの特訓を軽く受けていたので、そういう連携は得意になっていた。
って、カナデが見当たらない?
「うにゃあああああっ!!!」
空からカナデの叫び声。
いつの間にか特大のジャンプを決めていたらしく、落下するようにしてイリスに接近する。
「あらあら、そのようなことをしたら……ふふっ、良い的ですわね。来たれ。異界の炎」
イリスの手から炎があふれた。
それは禍々しい漆黒の色に変化して、獣のように疾走する。
空にいるカナデには、それを避ける術はない。
そのままイリスの炎の餌食になるしかない。
……と、イリスは思っただろう。
「にゃんっ!」
「え?」
炎が着弾する直前……
カナデが宙を蹴った。
その反動で体が横にスライドして、炎を避ける。
スズさんが見せた技だ。
空中を蹴るという無茶苦茶な技だけど……
カナデにも引き継がれていた。
もっとも、成功率はそんなに高くないらしく、3割程度と言っていたが。
「うにゃにゃにゃっ!!!」
カナデがくるくると回転。
そのまま隕石のごとく落下して……
イリスに激突する!
「くっ!」
落下速度+猫霊族の力。
さすがにこれはたまらなかったらしく、イリスは顔を歪ませた。
ただ、それでも大きなダメージを受けた様子はない。
というよりは、予想外の行動に驚いた、といった方が正しいだろうか?
イリスはすぐに落ち着きを取り戻すと、いつもの涼しい顔で魔法を使う。
「来たれ。異界の炎。来たれ。嘆きの氷弾。来たれ。殲滅の雷撃」
「うにゃ!?」
三つの魔法を次々と放たれて、カナデが慌てた。
逃げる場もないほどの暴力の嵐がカナデに迫る。
「ふぅううう……」
カナデは深呼吸をして、乱れた集中力を落ち着けた。
それから、全身に力を込める。
「にゃっ!」
迫りくる炎を拳で迎撃!
拳圧が唸る炎をかき消した。
続けて、氷弾を足で薙ぐ。
槍のように放たれたカナデの蹴撃は、氷弾を貫き、粉々に打ち砕いた。
しかし、そこが限界だ。
手も足も使い、三つ目の魔法を防ぐ手段がない。
でも、カナデに焦りの表情はない。
奥の手を隠している?
いや、そうじゃない。
ただ……
「ドラグーンハウリング!」
カナデをかすめそうなくらい、ギリギリなところでタニアの魔法が炸裂した。
竜の咆哮を模した衝撃波がイリスの魔法と激突して、相殺する。
カナデには頼りになる仲間がいる。
きっと仲間がなんとかしてくれる。
そう思っていたからこそ、焦るようなことはしなかったのだろう。
「あらあら」
攻撃が不発に終わったものの、イリスの表情は変わらない。
未だ、余裕の笑みを浮かべている。
「やりますわね。さすが、わたくしと同じ最強種」
「ふふーんっ、私達は強いんだからね」
「ってか、あんたもなかなかやるじゃない。四つの魔法を同時に使うなんて、見たことも聞いたこともないわよ」
「ふふっ……そこはからくりがあるといいますか、ちょっとした秘密があるのですわ」
「ふーん……それって、どんな手品なのかしら?」
「教えてほしいのですか?」
「今後の参考までに」
「なら、教えてさしあげますわ」
「へ? 教えてくれるわけ?」
素直なイリスの言葉に、タニアが変な顔になる。
隣のカナデも訝しげな表情を浮かべる。
「にゃー……素直に教えるなんて怪しいんだけど。なんか企んでる?」
「いいえ、そのようなことはなにも」
「うそっ。自分の手の内を晒すようなこと、普通はしないんだから!」
「普通に考えるとそうですわね」
『ですが……』と間を挟んでから、イリスは話を続ける。
「警戒することもないほどに力に差があるとしたら? それならば、手の内を晒しても問題はないでしょう? むしろ、適切なハンデではないでしょうか? このまま一方的になぶるというのも楽しいですが……ふふっ、無駄に足掻いてくれる方が、もっと楽しいですから」
「……悪趣味だな」
「ふふっ、どうしてか、このような性格に育ってしまったもので」
俺の言葉すら楽しそうに受け止めながら、イリスが笑う。
「わたくしの魔力は精霊族に匹敵しますが……ですが、精霊族を上回る、ということはありません。少し下、というくらいでしょうか? なので、複数の魔法を同時に使用するなどという芸当はできませんわ」
「でもでも、実際に使っていたじゃない」
カナデのもっともな言い分に、イリスは笑って応える。
「あれは魔法ではありませんわ」
「へ?」
「あんた、なに言ってるわけ? あれが魔法じゃないとしたら、なんだっていうのよ?」
タニアが噛み付くように言う。
「失礼。言い方が悪かったですわね。魔法は魔法ですが、種類が違いますの。わたくしが使っているのは、『召喚魔法』ですわ」
「それは……」
なにか心当たりがあるのだろうか?
タニアの顔がこわばる。
「炎を生み出すのではなくて、炎を召喚する……それがわたくしの使う召喚魔法。どのようなものでも、この場に召喚することができるのです。そして、この召喚魔法の特徴は……際限なく使用できるということ」
「なっ……」
「わたくしが扱う召喚魔法は、とても便利なものなのですよ? 同時にいくつまで……という制限はありませんわ。また、召喚する対象も絞られることはありませんわ。わたくしがわたくしを召喚したように、大量の魔物を召喚したように……そういった制限は一切ありませんの」
イリスが笑う。
その余裕の笑みの正体をようやく理解した。
今の言葉が本当なら、イリスは文字通り、無制限に魔法と同じ力を行使することができる。
ありとあらゆる種類の力を。
一回に一つまで、という制限もなく。
イリスは、そんな力を持っているというのか……?
だとしたら……
「さて……改めて聞きますわ。まだ続けますか?」
「……」
「軽くやりあってみたわけですが、決定打を与えることはできません。全力を出していないのはわたくしだけではなくて、そちらも同じみたいですが……くすくすっ」
イリスが子供のように無邪気に笑う。
……子供が持つ残酷な一面を押し出したような、ひどい笑みを浮かべる。
「全てを出し切った場合……果たして、どちらが最後まで立っていられるのでしょうか? レインさまは、わたくしを地に伏せさせる自信がありまして?」
「……正直、ないな」
スズさんに鍛えられて、強くなったという自信がある。
以前、現れた魔族なら一人で対処できると言える。
しかし、イリスは別だ。
想像以上の化物だ。
スズさんに特訓をつけてもらわなかったら、一秒と保たなかったかもしれない。
正直、真正面から相手をしたくないのだけど……
「でも、ここで退くわけにはいかない。俺の後ろにはなんの罪もない人達がいる。その人達に手を出させるわけにはいかない」
その瞬間、イリスの笑みが消えた。
「罪がない……? おかしなことをおっしゃるのですね」
「イリス?」
「罪ならありますわ。拭いきれない、忘れてはいけない、決して償うことのできない罪が。人間は、それだけに罪深い存在なのですわ」
そう言うイリスの顔は、底のしれない憎しみにあふれていた。
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