144話 最凶との戦い・1
「あら? あなたは……」
アリオスの姿を認めて、イリスがちょっと気まずそうな顔になった。
いたずらが見つかった子供みたいだ。
一方のアリオスは、不機嫌そうだ。
イリスを相手に臆することなく、強気に告げる。
「君とは以前に会ったことがあるな? 確か、イリスと言ったか」
「……」
「なぜ、ここにいる? 君はまだ、リバーエンドにいると思っていたが……?」
「……」
「まあいい。今すぐ、引き返せ。今なら見逃してやろう。でなければ、パゴスの時と同じように、少々痛い目にあってもらうよ?」
「……はぁ」
強気な姿勢を崩さないアリオスの言葉に、イリスは、呆れるようなため息を返した。
その態度が予想外だったらしく、アリオスがわずかにうろたえる。
「な、なんだ、その態度は? もしかして、僕が手を出さないと思っているのか? だとしたら、とんだ勘違いだ。僕は村人たちを守るためならば、どんなことでもしよう」
「なら、わたくしと戦いましょうか」
「……なんだって?」
アリオスがぽかん、と間抜けな顔を見せた。
そんなアリオスのことを、イリスはくすくすと笑う。
「いくらわたくしを解放してくれたとはいえ……所詮は、人間。しかも、勇者。そのような者に、いつまでもわたくしが従うと思いまして?」
「なっ……き、貴様! 話が違うぞっ」
「解放してくれたお礼に、あなたに協力をする……そういう約束でしたが、もう、飽きました。というか、そろそろパゴスの生き残りは殺したいと思っていたので……協力関係はここまでにいたしましょう」
「なっ、ぐっ……貴様……恩知らずが! よくもそんなことが言えるなっ。貴様は、この僕が解放してやったんだぞ!? それなのに裏切るつもりか!?」
「約束は破るためにあるものですわ」
「ぐうううっ……!」
アリオスは怒り心頭といった様子で、顔を真っ赤にするけれど……
今の話は聞き捨てならない。
「おい、アリオス。イリスが言っていることは本当か?」
「そ、それは……そんなわけがないだろう。僕の名誉を貶めようと、デタラメを口にしているだけだ」
「デタラメ、ねぇ……」
本当のことを言っているとしか思えないのだけど……
今は、そのことで問答をしている時間はなさそうだ。
「さあ……そろそろ、始めましょうか」
イリスが自分を抱くような仕草をとった。
すると、その背から八枚の翼が生える。
「まさか……天族……?」
「さあ、存分に殺し合いましょう」
――――――――――
イリスの放つ魔法が、村の入口を焦土に変えた。
炎が巻き上がり、草木が吹き飛ぶ。
遠くで様子を眺めていた村人達は、悲鳴をあげて逃げ出した。
それを開戦の合図とするように、イリスが突貫してきた。
「アリオス、協力しろっ!」
「ちっ、なぜ君なんかと……!」
文句を言いながらも、アリオスはイリスに手の平を向けた。
俺も魔力を集中させる。
「ファイアーボール!」
「ギガボルト!」
特大の火球と紫電がイリスに向かい、生き物のように食らいつく。
爆発。
そして、雷撃の嵐が吹き荒れた。
視界が粉塵で塞がれる。
何も見えない。
だけど……イリスの禍々しい気配は、消えることなく、こちらに迫っていた。
「レインっ!」
「っ」
横からカナデに突き飛ばされた。
その直後、粉塵の中からイリスが現れて、手を剣のように振るう。
シュンッ!
さきほどまで立っていた大地に、鋭利な亀裂が入る。
おそらく、魔力を刃のように編み込み、見えない攻撃としたのだろう。
「アリオスっ!」
「これは、どういうことなのですか!?」
アッガスとミナが駆けてくるのが見えた。
その後ろに、リーンもいる。
「ちょっとちょっと、なんでそいつと戦ってんのよ!? そいつ、あたしらの駒になったんじゃなかったの?」
「もしかして、裏切ったのですか?」
「くっ、やはり、このような事態になったか……だから、俺は反対だったんだ」
「いいから、君たちも手伝えっ! 撃退するぞっ」
どうやら、イリスのことは、アッガス達も知っていたらしい。
問い詰める対象が増えた。
とはいえ……
この場を乗り切らないことには、話をすることも、問い詰めることもできない。
なんとかしないといけないな。
「ったく、なんであたしがこんなことを……」
「……こうなった以上、仕方ない。いくぞ、リーン、ミナ」
「はいっ! ホーリーアロー!」
先にミナが動いて、光の矢を放つ。
「レッドクリムゾンっ!」
続けて、リーンが魔法を解き放つ。
二人の魔法は、以前、見たものと違い、威力が桁違いに増していた。
唱えている魔法は上級だけど、実質、超級くらいの威力はあるかもしれない。
なんだかんだで、別れてから鍛錬を積んでいたらしい。
「ふふっ」
二人の魔法を目の前にしても、イリスは笑みを崩さなかった。
迎撃をするわけでもなく。
避けるわけでもなく。
魔法に対して、無防備に体を晒している。
……そういえば、さっきの俺とアリオスの魔法も効果がなかったみたいだけど、どうやって防いだのだろう?
疑問に思い……
その瞬間を見極めるために、俺はあえて手を出さず、様子を見守る。
リーンとミナの魔法がイリスに着弾した。
紅蓮の業火がイリスを包み込んだ。
それを包み込むように光があふれて、全てを浄化する。
しかし……イリスは健在だった。
「なっ!?」
「ちょっと待ちなさいよ、なにそれ!? どんな手品を使ったのよ!」
驚くミナとリーン。
それも仕方ない。
上級魔法は、確かに直撃したはずなのに……イリスはかすり傷すら負っていないのだから。
「……見間違いか?」
他のみんなは、気がついていないみたいだけど……
俺は、その瞬間を見た。
ミナとリーンが放った魔法は、イリスに触れる手前で爆発したような気がする。
まるで、イリスの体の周りに薄い結界が張られているような……
だとしたら厄介だ。
戦いながら結界を張ることができるなんて、とんでもない力を持っていることになる。
「魔法がダメなら、こちらはどうだ!?」
二人の魔法の爆炎を隠れ蓑にして、アッガスがイリスに接近した。
巨大な大剣を直上から振り下ろす。
「あら? 今度は、あなたがわたくしと遊んでくれるのかしら?」
「なっ!?」
イリスは、大剣を片手で受け止めた。
巨大な質量を受け止めたというのに、イリスは平然としていた。
そんなこと、ありえるのだろうか?
カナデなら同じような芸当はできるだろうけど……
大剣の質量や威力に体が押されてしまうだろう。
イリスを見ていると、それすらもない。
鳥の羽を受け止めたというように、微動だにしなかった。
「さあ、踊ってちょうだい」
「ぐっ……おおおおおぉっ!!!?」
イリスが、とん、とアッガスの腹部に手を添えた。
そっと、触れただけのように見えた。
たったそれだけのことで、アッガスの巨体が紙のように吹き飛んだ。
十メートル以上を飛んで、木々をなぎ倒して、ようやく止まる。
今、何をした……?
ただ触れただけにしか見えなかったのに……
「あなた達には、これをプレゼントしてあげますわ」
「こ、これは……」
「きゃあああっ!!!?」
イリスがぱちんと指を鳴らした瞬間、ミナとリーンが吹き飛んだ。
詠唱はしていないから、魔法ではないと思うが……
いったい、どういうことだ?
イリスの不可解な能力……そして、底が見えない圧倒的な力を目にして、俺は冷や汗をかいた。
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