138話 亡骸の記憶
平で丸い石の上に、木々が散らばっている。
これが、元は祠だったのだろう。
かろうじて、根本の部分は原型を保っていた。
それを見る限り、さほど大きくない祠のようだ。
たぶん、元は俺の腰くらいの大きさしかないだろう。
破片に埃がついていたり、汚れが付着しているところを見ると、長年、野ざらしにされていたみたいだ。
パゴスの村の人達は、祠の存在を知っていたけれど……
本当に、そこに悪魔が封印されているなんて思ってもいなかったらしく、放置していたのだろう。
「にゃー……自然に壊れたのかな?」
「ボロボロですし、それもあるかもしれませんね」
カナデとソラが、砕けた祠の跡を見て、そんな感想をこぼした。
しかし、それに対してアクスが首を横に振る。
「いや、違うだろうな」
「にゃん? どうして?」
「こいつを見てくれ」
アクスが、壊れた祠の一部を手に取る。
それは、祠の骨組みなのだろう。
雨風にさらされた影響で、ボロボロになっているが……
一部が、半ばできれいに切断されていた。
「自然に朽ちたのなら、こんな傷はつかない。剣か斧か……刃物で壊されたんだろうな」
「おー」
「意外ですね。まさか、アクスがそんなことを見抜けるなんて」
「ひでえこと言わないでくれるか!?」
女の子からの口撃には弱いらしく、アクスはちょっぴり涙目になっていた。
「それ、間違いないか?」
「おいおい、レインまでそんなことを言うのかよ」
「ただの確認だよ。他意はないって」
「……残念ながら、アクスの言うことは正しいわ」
フォローするように、セルがそう言った。
その手には、宝石のような石が握られている。
「それは?」
「この祠を魔物から守っていた結界……の成れの果て、ね」
「結界なんてものが?」
「この近辺には魔物がいるわ。そこから守るために、結界が敷かれていたみたいね。もっとも、雨風はしのぐことができず、ボロボロになっていたみたいだけど……」
「つまり……結界があるから、普通は、魔物が手を出すことはできない。祠を壊すことができるのは、人だけだ……と?」
「そういうことになるわ。まあ、魔族が出てきたら、結界を壊すことができたかもしれないから……絶対、とは言えないけど」
「ふむ……」
誰かが祠を破壊した可能性が高いことは突き止めたのだけど……
それは何者なのか?
いったい、どんな目的があったのか?
悪魔のことを知っていたのか、知らなかったのか?
未だ、わからないことが多い。
「他に手がかりらしきものは?」
「それらしいものは見当たらないが……セルはどうだ?」
「こちらもダメね。壊れた祠の残骸以外、見当たらないわ」
「そっか……無駄足だったかな」
祠は人為的に壊されたかもしれない、ということはわかったものの……
肝心の悪魔に関する情報がない。
ここに来れば、再封印方法とかわかるかもしれないと期待していたのだけど、どうも、空振りだったみたいだ。
「……いや、無駄足ということはないぞ」
「ルナ?」
「レイン、みんな。こっちに来てちょうだい、おもしろいものを見つけたわ。あっ、ニーナはそこで待機。ティナはニーナの様子を見ていてちょうだい」
タニアが、少し離れたところで手招きをしていた。
でも……なんで、ニーナは留守番なのだろう?
「? え、と……わかった、よ」
「よくわからんが、ニーナと留守番しとけばいいんやな? オッケーや」
二人は異論ない様子で、その場で待機。
俺達は、少し離れたところ……急勾配になっている山の斜面に移動した。
足場が危ういから、ニーナは待機させたのだろうか?
そんなことを思うが……すぐに、それが思い違いであることを知る。
「これは……」
「レイン達は祠を調べていたでしょ? だから、あたしとルナは周辺を調べていたんだけど……そうしたら、この人を見つけたの」
タニアの視線の先……山の斜面に引っかかるように、人の死体があった。
「うっ、これは……」
「……ひどいわね」
アクスとセルが顔をしかめる。
Aランクの二人は、死体と出会うことも少なくはないだろう。
そんな二人が顔をしかめてしまうほどのもの。
なんとなく察してほしい。
「うにゃ……これは……ちょっと、きついね……」
「なかなか、くるものがありますね……」
死体は何日も放置されていたのだろう。
虫が湧いていて……獣か魔物によるものなのか、あちこちが損傷していた。
そんなものを見て、カナデとソラが顔を青くする。
タニアがそんな二人に、心配そうに声をかけた。
「二人共大丈夫? きついなら、ニーナと一緒に休んでた方がいいわよ」
「タニアは、平然としているね……すごいにゃ」
「ぜんぜん平気、ってわけじゃないわよ。ただのやせ我慢。本音は、今すぐにここから離れたいわ」
「……なら、私も我慢するよ。タニアだけにきつい思いはさせられないからね」
「そ、そう……まあ、二人がそうしたいならいいけど……きついなら、無理しないように。いいわね? べ、別に心配してるわけじゃないんだからねっ?」
なんだかんだ言いながらも、タニアはちょっと余裕がありそうだった。
「あれは……刺し傷か?」
「ええ。おそらく、剣によるものね」
アクスとセルは、冷静に死体を観察していた。
もう死因を突き止めたらしい。さすがだ。
セルがあごに手をやり、考えるような仕草をとる。
「どうして、こんなところに死体があるのかしら……?」
「わからねえが……無関係、とは考えにくいな」
「ええ、そうね。人為的に壊された祠に、その近くにある死体……なにかしら関連があると考えるのが自然でしょうね」
「ふむ」
俺も、頭の中で情報を整理してみる。
壊された祠と、その近くで見つけられた死体の関連性は?
「……目撃者、とか?」
「にゃん? どういうこと、レイン」
不思議そうなカナデに、ふと思いついた可能性を教える。
「いや、確証はなにもないんだけど……こんなところで倒れるなんて、あまりにできすぎているだろう? 壊れた祠との関連性があると考えるのが普通だ」
「うん、そうだね」
「なら、どういう関連があったのか? この人が祠を壊したのか? でも、見たところ武器は持っていないし、壊してから自殺、なんてことをするのもわけがわからない。なら、犯行現場を目撃していて、それがバレて、口封じに殺された……と考えてもいいのかな、って思ったんだ」
「なるほど……興味深いわね」
俺の話を聞いていたセルが、深く頷いた。
「ただの推測で、根拠なんてなにもないぞ?」
「それでも、一応、筋は通っているわ。可能性の一つとして考えるのに、問題はないと思う」
「それに、あの死体は、明らかに他殺だからな」
アクスが、そう補足した。
「どうしてわかるんだ?」
「刺し傷が背中からによるものだった。自殺するのに、そんな面倒なことはしないだろ?」
「そんなことがわかるのか……」
さすが、Aランクの冒険者だ。
スズさんに鍛えられたことで、俺達はそれなりに成長したと思っていたんだけど……
こういう冒険者の知識や経験などは、まだまだ足りないところがあるな。
二人を見習わないといけない。
「さて……調査はこんなところかな」
これ以上、調べるものは何もない。
一度、パゴスに引き返して、そこで情報を整理しよう。
……なんてことを思っていたら。
「レインよ。我らが、あの死体の記憶を見てやろうか?」
ルナがそんなことを言い出した。
「そういえば、二人は、記憶を探る魔法を使えたっけ。でも、あれって死体相手にも使えるものなのか?」
「ちょっと面倒だが、できないことはないぞ? 我らが力を合わせれば、ちょちゃいのさいだ」
また言い間違えていた。
「じゃあ、頼めるか?」
「任されたのだ!」
「任せてください」
ソラとルナは張り切り、翼を展開して、魔法の詠唱を始めた。
そんな二人を見て、アクスとセルが驚く。
「おぉ、本当に精霊族だ……」
「話には聞いていたけれど……本当なのね。驚いたわ」
アクスとセルの驚きの視線を受けながら、二人は魔法を唱えた。
光が死体の中に吸い込まれていく。
「むぅ~」
「……」
ルナは奇妙なうなり声をあげながら。
ソラは静かに沈黙をしながら、魔力をコントロールする。
ややあって……
二人は、そっと目を開けた。
「どうだった?」
「その……ちゃんと、死体の記憶をサーチすることができました。それで、犯人が見えたには見えたのですが……」
「うん? なんか、歯切れが悪いが……どうしたんだ?」
「レインよ。聞いて驚くでないぞ? この人を殺した犯人……それと、そこの祠を壊した犯人は同一人物だった。そして、そいつは……勇者だ」
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