131話 夜の語らい
不思議な女の子だ。
おしとやかな雰囲気をまとい、礼儀正しい。
ちょっと小悪魔のようなところが感じられるものの、年齢を考えれば、これくらいの女の子にはまあまああることだ。
一見すると、どこかのお嬢様のように見える。
貴族の令嬢、と言われれば納得してしまう。
ただ、それだけじゃなくて……
どこか異質なものを感じる。
凶悪な獣が人の皮をかぶっているような、そんな違和感。
溢れ出るオーラが、常人ではないのではないか? と思わせてしまう。
「あら、どうしましたの?」
「えっと……」
女の子の不思議な感覚に囚われて、ついつい、じっと見つめてしまった。
女の子の正体が気になるけれど……
さすがに、初対面でじっと見つめるなんて、それはまずい。
「ごめん。なんでもないよ」
「ふふふ……わたくしの自惚れでなければ、わたくしに興味があるのでは?」
「それは……」
「そのように情熱的に見られたら、その気になってしまうかもしれませんね」
「……からかうのはやめてくれ」
一瞬、ゾクリとした感覚を得た。
カエルが蛇に睨まれたような……
絶対的強者と対峙したような、そんな恐怖。
この女の子に恐れている?
まさか……とは思うものの、世の中、常識が通用しない相手はたくさんいる。
例えば、うちのパーティーにいるみんなとか。
害があるようには見えないんだけど……
でも、注意した方がいいかもしれないな。
今は、常識よりも直感を頼りにしたい。
「どうかしまして?」
「……いや、なんでもないさ」
「あら、そうですか。ふふふ」
「ところで、家は? こんな時間だし、また、あんな連中に出会わないとも限らないから、送っていくよ」
「あら、うれしいですわ。レインさまのエスコートならば、とても安心できますわ」
「俺が言うのもなんだけど、出会ったばかりの相手を、そこまで信用するのはどうかと思うけど……」
「ふふっ……問題はありません。わたくし、信用はしていませんから」
それは……どういう意味なのだろう?
信用していないのなら、どうして、そこまで気さくに接しているのだろう?
やはり、何かあるのだろうか?
女の子に対する警戒心を強くしてしまう。
本当なら、ここで別れた方がいいのかもしれない。
でも、全部俺の勘違いだとしたら?
女の子はどこにでもいるような普通の子で、何も裏がないとしたら?
その可能性を考えると、ここでさようなら、というわけにはいかなかった。
「では、せっかくなのでお願い致します」
「任された」
イリスと並んで夜の街を歩く。
静かな夜だった。
イリスと二人、俺達しか世界にいないのではないかと、錯覚してしまうような静けさが漂っている。
それは、決して心地良いものではなくて……
どこか、不気味な静寂だった。
「レインさまは、何をされているのですか?」
「俺は冒険者だよ」
「あら、そうなのですか? 失礼ですが、そのようには見えなかったもので」
「はっきりと言うなあ」
ついつい苦笑してしまう。
「この街で活動を?」
「いや。拠点は、中央大陸にある街だよ。ここに来たのは、ちょっとした依頼を請けて、その途中で……補給のために立ち寄っているんだ」
「なるほど」
「イリスは、この街の?」
「いえ。わたくしも、旅をしていますの」
「そうなのか?」
「ええ。ちょっとした探しものをしていまして……あちこちの街を巡り歩いているのですわ」
「もしかして、一人で?」
「はい、そうですわ」
「それは……危険じゃないか?」
魔物に盗賊に、街の外はたくさんの危険であふれている。
見かけで判断してしまうけれど、イリスが一人旅をできるようには見えないのだけど……
「こう見えても、わたくし、それなりに力がありますから」
「そう、なのか?」
「ええ。とても強いのですよ?」
くすり、とイリスが笑う。
なんとなくだけど……
その不敵な笑みを見ていたら、本当なのだろう、と思った。
人は見かけによらないというし……
イリスは、一人で旅をできるだけの力を備えているのだろう。
「そうなのか……悪いな。なんか、侮るようなことを言ってしまって」
「いえ、気にしていませんから」
「ただ、その上で言わせてもらうんだけど……余裕があるなら、冒険者を雇うなりした方がいいよ」
「あら。やはり、信じてくれませんの?」
「いや。そういうわけじゃなくて、これは、俺の経験則かな。イリスがどれだけ強かったとしても、一人だとけっこう厳しいものだ。誰かと一緒にいると、いざっていう時に助けてもらえるし……一緒に苦楽を共にする『仲間』を作ってもいいんじゃないかな、って、そう思ったんだ」
イリスが目を丸くした。
単純に、驚いているみたいだ。
ややあって、楽しそうにくすくすと笑う。
「ふふ……わたくしにそのようなことを言う人、初めてですわ」
「そうなのか?」
「皆、わたくしのことを知ると、そのような考えを抱かなくなりますから」
「俺も、イリスのことはよく知らないからな……知らないからこそ、今みたいなことを言えた、っていうところはあるかな」
「さて。レインさまならば、わたくしのことを知ったとしても、同じようなことを言いそうですね」
「そうかな?」
「ええ。まあ、これはわたくしの勘ですが」
イリスは歩みを止めて、ぐいっと身をこちらに寄せてきた。
そのまま、こちらの顔を覗き込む。
「……」
「い、イリス?」
「……不思議な方ですね、レインさまは。人間なのに……イヤな匂いがしませんわ。不思議と、心を許してしまいそう」
「えっと……? それは、褒められているのか?」
「最上級の褒め言葉ですわ」
にこりとイリスが笑う。
無邪気な笑みだ。
でも……気のせいだろうか?
無邪気さの中に、子供が時折見せるような、残忍なものが隠れているような気がするのは?
「あら?」
ふと、イリスが明後日の方向を見た。
そちらは、今しがた、俺達が歩いてきた道だ。
「……」
「イリス? どうかしたのか?」
「……見送りは、ここまででいいですわ。ありがとうございました」
「家がこの近くに?」
「ええ。なので、ここでお別れですわ」
「……そっか。わかった」
嘘をつかれている。
直感的にそう思ったけれど、ここで食い下がるのはちょっと違うだろう。
俺と一緒にいたくない、というよりは……ついてこられると困る、という方が正しいだろう。
気になるものの……
わざわざ隠そうとしていることを、なんの根拠もなく、暴くようなことはしたくない。
「わかった。じゃあ、ここで」
「ありがとうございました。ふふ……また、会えるといいですわね」
「そうだな。その時は、のんびりと街を散策でもしよう」
「ええ。約束ですわ」
イリスが手を振り……
それに見送られるように、俺はその場を後にした。
――――――――――
夜の路地裏に、男達の荒い吐息がこぼれていた。
そんな男達に女性が組み伏せられている。
服は乱れていて、涙を浮かべながら、必死に抵抗をしようとしている。
しかし、男達にがっちりと体を押さえつけられて、口を塞がれて……為す術がなかった。
「おい、早くしろよ」
「わかってるって。ちゃんとお前の分も残しておくから、焦るなよ」
「さっきは失敗したからな……へへ、楽しませてくれよ?」
男達は下卑た笑みを浮かべながら、ズボンを下ろそうと手を伸ばして……
その瞬間、何かがその場を駆け抜けた。
ヒュンッ、と風切り音がして……
それから一時を置いて、何かが落ちた。
女性にのしかかろうとしていた男が、そちらを見る。
腕が落ちていた。
「……あ?」
男は呆けたような声をこぼして……
それから、ようやく、自分の腕がなくなっていることに気がついた。
「なっ!? あっ、あああああ、うあああああっ!!!?」
男の腕から勢いよく血が吹き出した。
男はその場で転がり、すぐに血溜まりができる。
「ひっ!?」
男達の拘束が緩んだ隙に、女性は一気に逃げ出した。
それと入れ替わるように、新しい人影が現れる。
「ふふ」
「てめえは、さっきの……!?」
男達の前に姿を現したイリスは、うっすらと笑みを浮かべていた。
しかし、表情は冷たい。
男達を見る目は、無機質なもので……感情を感じられない。
「ちょっと声が聞こえたので、様子を見に来たら……やはり、あなた達でしたのね。わたくしで発散できなかった性欲を他者にぶつけようとする……とてもわかりやすい図式ですわ」
「こいつ……」
「やはり、ゴミはゴミですわね。虫にたかられても迷惑なので、きっちりと掃除しておきませんと。さて……そういうわけですので、お掃除の時間ですわ」
イリスはくすくすと笑い……その背中から、翼を生やした。
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