112話 スズの試練・その3
2つ目の試練をなんとか突破した後……
俺達は、一度家に戻り、夜になるのを待った。
スズさん曰く、最後の試練は全員で挑んで欲しい、とのこと。
なので、ティナが自由に行動できる夜を待った、というわけだ。
そして、夜が訪れた。
夜になり、ティナを連れて、改めて外に出る。
そして、今度は平原へ移動した。
夜の平原は静かで、穏やかな風が吹いていた。
動物も、魔物も見当たらず、俺達しか見えない。
「さてさて」
先頭を歩くスズさんが立ち止まり、こちらを振り返る。
「それでは、最後のテストを行いますね」
スズさんはニコニコしていた。
「うー……嫌な予感がするにゃ」
「どうしたんだ、カナデ?」
「お母さんがああいう顔をしている時は、大抵、ろくでもないことを考えている時だから……」
「なるほど」
娘だからこそ知る、母の怖さがあるのだろう。
カナデは怯えているような感じで、耳をぺたんとさせていた。
「……うぅ」
「大丈夫だ」
「にゃ……レイン?」
そっと、カナデの手を握る。
俺の熱を伝えるように……
強く握りしめる。
「にゃー……痛いよ?」
「ごめん。でも、今はこうした方がいいかと思って」
「……うん。ちょっと、安心できるかも」
「テストがどんなものであれ、絶対に突破してみせるから。カナデを里に戻したりしないから。俺達を頼りにしてくれ」
「……レイン……」
「そういうことなのだ! 我に任せるがいいぞ、ふはははっ」
「ソラも全力を尽くします」
「あたしが協力してあげるんだから、そんなしょぼい顔をしないの」
「わたし、も……がんばるっ」
「ウチも、カナデのためにできることをするで!」
「……みんな……」
カナデの涙腺がうるっと緩む。
でも、今はまだ泣くところじゃない。
カナデはぐっと我慢して、前を向いた。
「うーん……なんだか、私が悪者になってしまっているような?」
「すみません。でも、カナデが嫌がっている以上、スズさんの思惑通りに事を進めさせるわけにはいかないので」
「……それは、カナデちゃんが帰りたくない、って言っているから? カナデちゃんが帰る、って言えば、おとなしくしてくれるんですか?」
「……それもないですね。俺達は、カナデと一緒にいたい。カナデが帰ると言っても、たぶん、説得して考え直させると思います。ただのわがままですけど……押し通らせてもらいます」
「なるほど、なるほど」
スズさんが機嫌よさそうな感じで、コクコクと頷いた。
笑顔はずっと浮かべたままだ。
「……私が思っていたよりも、カナデちゃんは成長しているのかもしれませんね」
「それは、どういう……?」
「さあ、おしゃべりはここまでですよ。最後のテストを始めましょう」
問いかけるよりも先に、スズさんは話を打ち切ってしまう。
今、話し合いで解決できそうな雰囲気があったのだけど……
気のせいだったのだろうか?
「最後のテストって、何をするんですか?」
「私と戦ってもらいます」
「……え?」
「私と戦ってもらいます」
スズさんはにっこりとしながら、二度、同じことを繰り返した。
できれば、聞き間違いであってほしかったが……
そういうわけにはいかないか。
「スズさんと……」
「戦う……」
タニアとルナが、顔をひきつらせていた。
無理もない。
昼の鬼ごっこで、スズさんの無茶苦茶な能力を肌で実感しただろうからな。
ただの鬼ごっこでアレなのだ。
実際に戦うとなると、どれだけの力になるのか……想像もつかない。
「って、こんなことで怯んでられないわよ! ふんっ、最近は歯ごたえのある連中がいないし……ちょうどいい訓練になるわ」
「う、うむっ。天才である我の相手には、ちょうどいいというもの! ふふんっ、楽しみになってきたぞっ」
タニアとルナは、己を鼓舞するように、そう言った。
若干、強がっているところは隠しきれていないけれど……
それは仕方ないと思う。
正直なところ、俺も動揺しているくらいだ。
スズさんと戦う……か。
果たして、勝率はどれくらいあるのだろう?
昼間の能力を見る限り、真正面から激突したら、まず勝てないだろう。
搦手を使うか、罠にハメるなりしないと……
「戦うといっても、勝敗の条件はどうなるんですか?」
「そうですね……気絶するか、動けなくなったところで負けにしましょうか」
「なるほど……それなら」
一つ、作戦を思いついた。
うまくハマれば、なんとかなるかもしれない。
「私は一人。そしたら、みなさん全員でかかってきていいですよ」
「ちょっと、そんなこと言っていいの?」
「そうなのだ。いくらなんでも、我らを舐めすぎではないか?」
「そうですか? ちょうどいいハンデだと思いますが……」
「「むかっ」」
タニアとルナが、揃ってこめかみを引きつらせた。
あからさまな挑発なんだけど……
放っておくことにしよう。
挑発に乗せられる形だとしても、やる気が出るのならば、その方がいい。
さっきみたいに、少しでも臆していたら勝負にならないだろうからな。
「……ご主人、ご主人」
そっと、ティナに声をかけられた。
「……ウチ、戦いとか苦手なんやけど……」
「……今回は協力してくれないか? ティナが鍵を握っていると言っても、過言じゃないんだ」
「……ウチが? でも、大したことはできへんよ?」
「……すごく大事な役割があるんだ。それは、ティナしかできないことだ」
考えている作戦の一部を伝えた。
「……なるほど。確かに、ウチにしかできん仕事やな」
「……頼めるか?」
「……任せとき。期待に応えるメイド、ティナちゃんやで」
頼もしい返事だ。
これなら、本当になんとかなるかもしれない。
「制限時間はなし。一本勝負。私が負けた場合は、カナデちゃんを連れ帰るのは諦めます。でも、レインさん達が負けた場合は、カナデちゃんは連れて帰ります。それでいいですか?」
即答はせず、みんなを見る。
みんなは俺に任せるというように、コクリと頷いた。
改めてスズさんに視線を戻して、頷いてみせる。
「ええ。それで構いません」
「いい返事です。それに、良い目をしていますね……ふふっ、カナデちゃんのことがなければ、ゆっくりとお話をしたいところです」
「話なら、いつでもできますよ」
「そうですね、お別れ会は必要でしょうから」
「スズさんを見送る会、の間違いでは?」
「ふふっ。本当におもしろい子ですね。私を相手に一歩も引かないなんて……カナデちゃんを連れ戻すためということは忘れて、純粋に、レインさんと戦うことが楽しみになってきました」
スズさん、出会った時と比べると、ちょっと性格が変わっているような……?
「……お母さん、アレでバトルマニアなところがあるから」
「……なるほど」
カナデに耳打ちされて、スズさんの意外な一面を知る。
いや、意外と言うほどでもないのか?
猫霊族の中でも最強と聞くし……
そのことを考えると、カナデの言葉も納得してしまう。
「さて、どうしますか? 私は、すぐに始めてもいいですが……」
「ちょっと待ってください。作戦会議をしたいので」
「はい、どうぞ」
みんなを集めて、小声で作戦会議を開く。
「レイン、どうするの? お母さんと戦うなんて、すっごい無茶だと思うんだけど……」
「考えがある」
「鬼畜テイマーによる作戦だな」
「期待しているわよ、鬼畜テイマー」
「その呼び名、やめてくれないか……?」
意外と、タニアとルナは余裕があるのかもしれない。
「鍵はティナだ」
「ティナさん、ですか?」
「知っているだろう? 猫霊族は物理は最強だけど、魔法絡みの攻撃は弱い。だから、俺達でスズさんの動きを止めて、そこで、ティナに憑依してもらう」
「あ……そうすれば……」
みんなの顔に理解の色が広がる。
ティナと出会った時、他でもない、猫霊族のカナデが言っていたことだ。
猫霊族は簡単に憑依されてしまう……と。
ティナがいれば、なんとかなるはずだ。
その後……
細かい作戦をつめて、作戦会議を終了する。
そして、スズさんに向き直る。
「おまたせしました」
「いえいえ、気にしていませんよ。それじゃあ、そろそろ始めるということで、構いませんね?」
「はい」
「遠慮しないで、全力でかかってきてくださいね。私、こう見えても頑丈なので、ちょっとやそっとのことでは怪我しないので」
言われなくてもそのつもりだ。
下手に手を抜いたりしたら、一瞬でやられかねない。
「では……始めます!」
『よかった』『続きが気になる』など思っていただけたら、
評価やブックマークをしていただけると、すごくうれしいです。
よろしくおねがいします!