11話 仲間
「……にゃぁ……」
テーブルの向かい側に座るカナデが、この世の終わりが来たみたいな顔をして、どんよりとしたため息をこぼした。
盗賊団の事件で忘れていたが、薬草採取の依頼も完了していた。
そのことを思い出して、ついさきほど、ギルドに報告をした。
大量の薬草を確保したことで、報酬は三倍。
銀貨一枚を手に入れることができた。
ただの薬草採取の報酬としては破格だ。
それに加えて、盗賊団を討伐した報酬で、金貨三枚。
当分、宿に困ることはない。
とはいえ、安定した生活を望むとなると、先はまだまだ長い。
気合を入れるためというか、最初の報酬だから、パーッとおいしいものでも食べようと思ったんだけど……
「……お魚がないにゃあ……ない、にゃあ……にゃううう……」
そうなのだ。
この『ホライズン』は、内陸奥地にある街なので、海産物がない。
たまに、海の方からやってきた商人と取引を交わすことで海産物が手に入る場合があるらしいが、それは稀だ。
『ホライズン』では魚は高級食材として重宝されており、見かける機会もないし、たとえ市場に出回ったとしても、貴族などがすぐに買い占めてしまうらしい。
一般冒険者が通うような食堂に魚があるはずもなく……
すっかり魚を食べる気になっていたカナデは、これ以上ないくらいに意気消沈していた。
「私のお魚ぁ……お魚ぁ……」
「えっと……肉もおいしそうだぞ? ほら、この鶏肉の香草焼きなんて、うまそうじゃないか?」
「お魚がほしいの……肉の気分じゃないの……」
これは重症だ。
なんとかしてやりたいけど……うーん。
「っと、そうだ」
ふと思い出して、荷物袋をあさる。
勇者パーティーにいた頃に、海に立ち寄ったことがあるんだけど……
確か、その時に……
「あった」
「にゃ?」
「焼き魚は無理だけど……ほら、魚で作った保存食」
「にゃっ!!!?」
カナデはがばっと跳ね起きて、ものすごい勢いで保存食を手に取る。
「お、おおおぉ……お魚の匂いにゃ……こ、これ、もらっていいの? 食べてもいいの?」
「いいよ。そのために出したんだから」
「うぅ……あ、ありがとう……レインはお魚の恩人にゃあ」
「それ、なんか言葉がおかしいからな。あと、食べるのはちょっと待った。他にも、何か注文しておこう。さすがに、席だけ借りるのはマナー違反だ」
「了解♪」
――――――――――
食事を終えた頃には日が暮れていた。
初日から無理をするつもりはないので、宿に移動する。
とりあえず、一週間分の部屋を確保した。
「おーっ、ベッドだぁ♪ ここ最近、ずっと野宿だったからうれしいよー」
「……どうしてこうなった?」
一緒の部屋にいるカナデが、さっそくベッドに乗り、子供のようにはしゃいでいる。
対する俺は、頭を抱えたい気分になっていた。
俺とカナデで一部屋ずつ。
それで一週間の予定だった。
部屋を二つ確保すると、その分出費が増すけれど、それは仕方ない。
相手は猫霊族とはいえ、年頃の女の子だ。
一緒の部屋で寝るなんてこと、普通に考えてダメだ。
それなのに……
他に空いている部屋がないということで、俺とカナデは二人部屋に押し込められてしまったのだ。
「どうしたの? レインは寝ないの? ベッド、ふかふかだよぉ♪」
「あー……俺はいいよ。というか、今日は野宿するよ」
「えっ、なんで!?」
「女の子と同じ部屋で寝るなんて、ダメだろう?」
「えー……」
なぜか、がっかりされた。
「私、レインが一緒でも気にしないよ?」
「気にしてくれよ。俺は男なんだぞ」
ひょっとして、異性としてまったく意識されていないとか、そういうオチなのか?
それはそれで微妙な気分になるな。
「にゃー、それくらいわかってるよ。レインは男の子。私は女の子」
「なら、同じ部屋で寝ることがアウトな理由、わかるよな?」
「わかるけど、わからないよ」
禅問答のようなことを言われて、少し混乱してしまう。
「そりゃあ、ちょっとは恥ずかしいよ? ううん……けっこう恥ずかしいかも。レインみたいな男の子と同じ部屋で寝るなんて……にゃあ、顔が赤くなっちゃう」
「なら……」
「でもでも、レインのことは信じているもん」
「……」
「レインは、絶対に変なことはしないよ♪ そう信じているから平気なの。そうじゃなかったら、同じ部屋で寝るなんてことしないよー」
お人好しなのか、世間知らずなのか……
やれやれ。
カナデを説得するのは骨が折れそうだ。
「いいか? そんな簡単に人を信じるものじゃない。俺たちは、今日出会ったばかりなんだぞ? そんな相手を信じるなんて、どうかしてる」
「むーっ、なんかバカにされてる気がするよ」
「バカにはしてないが、もっと危機感を持てと言っているんだ。カナデはかわいい女の子なんだから」
「にゃあ……かわいいって言われちゃった♪」
「カナデに手を出すつもりなんてないが……俺だって男なんだ。事故だってありえるかもしれない」
「大丈夫だよ♪」
「なんで、そう言い切れる?」
「だって、レインのことを信じてるもん」
話が堂々巡りだった。
「はぁ……なんで、そんな簡単に人を信じることができるんだ?」
「人を信じてるわけじゃないよ? レインを信じているんだよ」
「その違いがよくわからないな」
「もしも他の人だったら、信じていないよ? でも、レインは違うよ。だって、私達……仲間だよね?」
「……」
その言葉は、俺の胸に深く突き刺さる。
仲間……
勇者パーティーにいた時のことを思い出した。
仲間と思っていた連中は、仲間でもなんでもなかった。
俺の勝手な思い込みだった。
なら、カナデは?
信じることができない?
仲間と思えない?
……そんなことはない。
カナデは……仲間だ。
出会ったばかりで、まだお互いのことをよく知らなくて、突拍子のない行動に驚かされることもあるけれど……
でも、仲間だ。
俺の大切な仲間だ。
「レインは私の仲間。だから、信じてるんだよ♪」
「……そっか」
まいったな。
カナデを説得するつもりが、逆に、こちらが説得されてしまった。
「わかったよ。野宿は止める。ここで寝るよ」
「にゃあ♪ それが一番だよ」
カナデの顔に笑顔が戻る。
たぶん、俺も笑顔になっていたと思う。
「あ、でもでも、着替えをする時はあっちを向いててほしいな。さすがに、恥ずかしいし……にゃあ」
「わ、わかっているから! そういう時は、さすがに遠慮しないでくれ」
「うんっ」
にっこりと笑うカナデ。
太陽のような笑顔だ。
その笑顔を見ていると、とても温かい気持ちになることができる。
できることなら……
ずっと、カナデと一緒にいたいな。
かなり恥ずかしいことを考えてしまうが……
それは、紛れもない俺の本心だった。
初めてできた、俺の『本当』の仲間。
絶対に手放したくないと思った。
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