1004話 堕ちる
「ぐっ……あああぁ、うあああああーーーーーっ!!!?」
突然、レインが獣のような叫び声をあげた。
己を抱きしめるようにして、ガクガクと震えている。
それを見て、エーデルワイスは絶望的な表情に。
「あぁ……なんて、なんて愚かなことを。あれほど、その力は使うなと言っていたというのに……くっ!」
「エーデルワイスさん、どういうこと!?」
シフォンの問いかけに、エーデルワイスは苦々しい表情で答える。
「……我が主は、私と契約したことで二つの能力を得た。一つ、私個人のエーデルワイスの力だ。そしてもう一つは……私の中に眠る魔王と契約して得た力だ」
「それじゃあ……」
「さきほどまで振るっていたのは、私と契約した力。そして今、我が主が振るおうとしているのは……魔王の力だ」
エーデルワイスではなくて、『魔王』と契約したことで得た能力。
その内容について、エーデルワイスは、だいたいの予想がついていた。
魔王とは。
魔王の力とは。
その答えは、魔族の負の思念の集合体だ。
怨霊といってもいい。
ただし、その力は桁外れではあるが。
宿した者は強力な力を得ることができる。
しかし、『個』は消えてしまう。
魔王としての役目を果たすだけの『器』になってしまう。
エーデルワイスも、そうだ。
彼女は魔族として突出した力を持っているが、しかし、魔王の宿命から逃れることはできない。
魔王であることを求められて、受け入れざるをえなかった。
最強種であるエーデルワイスでさえ、そうなってしまうのだ。
勇者の血を引いているとはいえ……
一端とはいえ……
人間が魔王を受け入れてしまえば、どうなってしまうのか?
……新しい魔王が誕生する。
「ちっ……愚かなことをする」
ラインハルトは舌打ちをした。
魔王の力を使うレインに恐れたわけではない。
レインの選択を愚かと断じていた。
そのような真似をしても意味はないと。
ただただ、破滅するだけだと。
「ぐっ、ううううう……!」
レインは苦しそうに己を抱いて、吠える。
その足元の影から、黒い手のようなものが伸びてきた。
一本だけではなくて、二本、三本……
どんどん増えていく。
それらはレインの体に絡みついていく。
まるで、お前もこちらに来いと、道連れにしようとする亡者のようだ。
「レイン!」
「レイン君!」
ユウキとシフォンは叫ぶ。
己を取り戻してほしいと、レインに呼びかける。
ただ、反応はない。
レインは、闇に……
『魔王』に飲まれていく。
「それがお前の選択か……力に抗うために力を頼る。つまらない選択だな。……刃よ」
ラインハルトの右手に剣が顕現した。
その刃は透き通るほどに透明で。
シンプルな作りではあるものの、とてもきれいな作りだ。
イノセンティア。
ラインハルトが初代勇者として活躍していた頃、使っていた剣だ。
当時のまま、というわけではない。
見た目は変わっていないものの、何度も何度も改良が重ねられている。
その威力は、シフォンが持つ彗星の剣よりも上だ。
「新しい世界の脅威になる前に、ここで首を切り落としてやろう」
「待て!」
エーデルワイスが立ちはだかる。
ユウキとシフォンも続く。
「我が主をやらせるとでも?」
「逆に聞くが、このまま新しい魔王が誕生するのを見逃すというのか?」
「それは……」
「レインが魔王の力に手を出した時点で、お前達は負けた。終わりだ……敗北を受け入れろ」
「「「……」」」
返す言葉がない。
そんな様子で、三人は黙ってしまう。
事実、レインは魔王になろうとしていた。
そのような力に手を出してはいけないと言われていたのに……
ここから逆転する方法は、もう……ない。
そして、レインを放置するわけにもいかない。
それならば、ラインハルトの言うことは……
「……勝手に決めないでもらおうか」