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うた姫。  作者: ミーレさん
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1バレない理由

 ここ、カルスタ帝国に転移してから、3日が経った。私は、なんとか男を演じながら過ごしている。口調や歩き方など、気をつけなければならないことが多く、なかなかに大変だ。


 けれど、それでも私……俺が男でいられた理由が、今日わかった。


***


「おはようございます。本日は王宮内をざっと案内させていただきます。」


「………ああ。」


 昨日の昼、つまりここに来てから2日目の昼には言葉を発することができるようになった俺は短く返す。意識して低めの声を出すようにして、男だと思われるようにしている。


 俺の案内をしてくれると言う男の名はバルツァー。宮中の文部官の一人でありながら、王子の側近でもある。


「こちらが訓練所でございます。ヒビキ様もお体を動かしたいときにはご自由にお使いください。」


 俺の部屋から5分ほど歩いた先に、訓練所があった。昨日、名前を尋ねられたとき、とっさに名乗ったのは兄の名前、響。兄を演じていこうと話し方、行動、考え方などを真似ていっている。


「ちょうど訓練中のようなので、よろしかったら見学なさいますか?」


 心から思う、見たくない。どの程度の訓練かは知らないけど、進んで見たいとは思わない。でも、お兄ちゃんだったら?………絶対に「面白そうだし、見ていこうぜ!」って言う……。


「………ああ、頼む」


 長文はバレる可能性が高まると思い、短く答える。


「こちらです」


 バルツァーの後をついていくと、大勢の騎士に囲まれ、戦っている者がいた。訓練と言うから騎士が一斉に剣を振っているのかと思ったが、どうやら決闘でもしているらしい。


「さあ、これで終わりか?お前の意志は随分と貧弱だったようだな!」


 かなり……一方的な勝負だ。観衆である大勢の騎士たちも止めるでもなく、ニヤニヤと笑っている。見ていて気分が良くなる光景ではない。


「えー…、ヒビキ様、申し訳ありませんが練習中ではないようなので…」


 俺の微妙な表情に気づいたのか、バルツァーが声をかけた時…勝負が大きく動く。


「行かないのからこちらから行くぞっ!」


 男が持つ剣は陽光を反射し、キラリと光る。駆け抜けざまに狙ったものは、相手の髪紐だった。


 周りの騎士たちはここぞとばかりに囃し立て、髪を下ろす形となった相手の騎士は膝をついて肩を震わせる。…酷い勝負だ。そう思うと、自然と声が出た。


「そこまでだ!」

「ヒビキ様……?」


 俺は騎士に届くよう大きな声を出して近づく。男でないとバレるかもしれない。だが、それ以上に、今膝をついている騎士を助けたい。バルツァー、巻き込んでごめん。


 周りの騎士たちは「誰?」という感じで俺を見ている。まあ、3日前に召喚された俺を知っている奴の方が珍しいだろうな。一応召喚された翌日には子爵家の位を得ているので、式に出た騎士は俺の顔を知っているだろうが。戦いに勝利した男は俺を見ると、少し驚き、膝をつく。どうやら俺のことを知っているヤツらしい。


「ヒビキ様、この度はどうされましたか?」


 随分丁寧な口調だが、それもそのはずだ。俺は魔族の進行を食い止める程の魔力を持った…男だ。国を救った俺に取り入ることができれば、甘い蜜が吸える可能性の方が高い。…俺にそんな野心はないので、残念ながら不可能だが。


「ああ…悪いが、勝手に見学させてもらった。名はなんと言う?」

「………!第三騎士のカロスと申します」

「そうか、覚えておこう」


 別に出世の力添えをしようとか、邪魔してやろうとかは思っていない。流石にあくどいことを何度もしていたらそれ相応の罰を与えるつもりだが、今はまだその時ではないだろう。騎士の訓練だと言われれば、いくらでも逃げられるし。


 今はこのいじめっ子より、膝をついている方だ。


「大丈夫か」

「……………」


 話しかけても、震えていて反応はない。よほど、負けたのが屈辱的だったのか。髪が邪魔していて、表情がよく見えない。


「……、借りるぞ」


 男の脇に転がっていた剣を掴む。そして、するりと自分が着けているリボンを解いた。

 俺の声にちらりとこちらを見た男は俺の行動に驚愕の表情を浮かべたところだった。


「………っ!?」


 そんな男の反応は一切気にせず、剣で半分にしたリボンを「ほれ」と男に渡す。まるで信じられないものを見ているかのように目を大きく開き、硬直してしまった男にしびれを切らし、俺は勝手に髪を結んでやった。


「お前、名前は?」


 自分の髪を結びながら男に尋ねる。流石に櫛がないとポニーテールにはできないので、いつもより下の方で1つにくくる。


「え…………っと、キーン……です。」

「そうか。何度もカロスに立ち向かう姿は勇敢だった。これからも訓練」


 頑張れ___そう続けようとした言葉はしかし、バルツァーに阻まれた。


「ヒ・ビ・キ・様ぁっ!!!!一体全体、何を考えておられるのですか___!?」


 ………さながら般若のようであった。


***


「あああああ、あんな公衆の面前で自ら髪を解くなど!かなりオブラートに包んで言いますけど、ヒビキ様は変態ですか!?」


 ………どうやら髪を解くことは禁忌だったらしい。変態扱いされるほどには。


「救国の英雄が変態だなど……!なぜこのような………」


「えっと………すまん……?」


 何故ここまで怒っているのか………?


「……………ヒビキ様、わかってないでしょう」


 わかるわけがない。髪を解くことの何がいけないのか。すると、バルツァーはため息を吐きつつ、説明してくれた。


「いいですか、男性が髪を解くのはベッドの上で女性を抱くときと、湯浴みのときだけ!!常識でしょう!?」


 ……常識らしい。言われてみれば、今まで出会ってきた男の人は皆、髪を結んでいた。道理で、私の変装がバレないわけである。

 それにしても……この国では髪を解くことは裸になることと同義くらいの行為らしい。……公衆の面前でいきなり裸か。なるほど確かに変態。


「………あとでキーンに謝りに行くか」

「それがよろしいでしょうね」


 バルツァーはため息まじりにそう応えた。


 それにしても、変わった常識だ。日本も昔、高位の男性は烏帽子をしなければならなかったと聞くが、似たようなものだろうか。烏帽子はなかなかに大変そうだから、髪を結ぶだけで良かった。…そこまで考えて、ふと疑問に思った。もしも髪を解くことが禁忌ならば。


「バルツァー…、髪を解くのが禁忌なら、あいつらの決闘は訓練の域を超えたものだったのではないか?」

「それは……」


 歯切れ悪く、目を逸らした態度が答えだ。キーンに会うついでに、騎士団のトップとも是非話をしたいものである。


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