荒野を往く旅人
長い長い、とても果てしなく長い道のりを歩いてきた旅人がおりました。
舗装され、綺麗な道を歩きながらも時おりその足は、枝分かれした、荒れた道へと外れることもしばしば。
それでも、荒野の中を旅人は歩くのです。
目的地はありません。
時おりすれ違う、他の旅人にその道は間違っている、こっちの道へおいでよ言われ手を引かれます。
旅に不馴れだった頃は、他人の言葉に流されてしまった旅人でしたが、今はやんわりと断ることを覚えました。
断った結果、哀しい言葉の刃で切りつけられることもありましたが、しかしそれは些細なことなのです。
まだ旅を始めたばかりの頃。
本当に最初の頃は歩き方すら覚束なくて、他の旅人を真似して歩いていた頃は、その真似すら石を投げられました。
旅人は試行錯誤のすえ、自分なりの歩き方を見つけました。
でも、自分なりの歩き方を見つけても、気持ち悪いとやっぱり石を投げられました。
どうすればいいのかわからなくて、他の旅人の助言にしたがって、自分に嘘をつきながら歩いたこともありました。
それでも、旅人は、歩き続けました。
自分に嘘をついて、この道は楽しいのだと言い聞かせて、歩き続けました。
でも、すぐに立ち止まってしまいました。
荒野の真ん中で、ひとりきり。
立ち止まって、うつむいて、うずくまって。
そして、そのまま動けなくなってしまった頃のことを、旅人は思い出します。
思い出して、そしてなんだか可笑しくて笑ってしまいました。
旅人の足を再び動かしたのは、他の旅人が楽しそうに歩く光景でした。
石を投げられ、言葉の刃で傷つけられているはずなのに、それでもヘラヘラとニコニコと笑いながら、荒れた道を選ぶとある旅人でした。
本当なら血だらけになっていてもおかしくないのに、その旅人はまったく怪我をしていませんでした。
思わず、旅人は、楽しそうに歩く旅人を追いかけました。
そして、聞いたのです。
「どうして、貴方は怪我をしていないのですか?
どうして、貴方はそんなに楽しそうなのですか?」
楽しそうに歩く旅人は答えました。
「怪我をしていないわけじゃないよ。
だって、自分の歩く道を楽しくしたほうが、楽しいでしょう?」
楽しそうに歩く旅人にはよく見れば、あちこちに薄くなった傷痕がありました。
「自分の決めた道くらい、好きに歩きたいじゃない」
「でも、その道が間違っていたらどうするんですか?」
「間違ってないよ」
楽しそうに歩く旅人はっきりとそう言いました。
「仮に間違ったら、すぐにわかるよ。
だって楽しくなくなるから。
他の旅人に迷惑をかけない範囲で好き勝手する、これは正義だよ」
「でも、貴方に石を投げている人達がいます。あの人たちにとっては迷惑なのでは?」
「違う違う、逆だよ。
だって、進んじゃいけない道には【止まれ】か【立ち入り禁止】の看板か立て札があるもの。
私が歩いてきた道には、【注意】の看板があっただけ。
進むのは良いけど、気を付けてねの看板があっただけ。
石を投げている人達はね、自分勝手に石を投げてるだけなんだよ。
【良かれと思って】の正義の心でね。
それはね。その人たちの心を満たすだけの行為であって、本当の正義じゃないんだ。
だって、本当に正しい行いなら、もっと人がいても良いのに、徒党を組んで袋叩きにしても良いのに、たった一人で石を投げて、無抵抗のニンゲンを傷つけてる。そんな事実があるだけ。
ねぇ、迷惑なのはどっちだと思う?」
そう問われたのでした。
そんな思い出に、自然と旅人の顔に笑みが浮かびました。
旅人は荒野を往きます。
笑顔で、往きます。