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蟋蟀奇譚  作者: 城聖 香
8/13

焼ける家。

業火に包まれて、生まれてから今まで過ごした処が焼け落ちていく。

ガストンの街の外れ、敵国の襲撃を受けて、そこかしこで、家が、店が、人が燃やされていく。

街を守るはずの門は、破壊槌で壊されその役目を果たせない。

開きっぱなしの入り口からは、馬に乗り、色褪せた鎧を纏う元騎士が、粗末な皮鎧に身を包んだ傭兵がパラパラと入り込んで来る。

家の裏口、門から走る大通りに面している玄関と違い、人目には付きにくい。

悪運が重なった。

劣化した蝶番が破損し、壊れかかった門に気付けていれば。

街を守る騎士様や衛兵が、後一日早く戦争から帰ってくれば。

国が滅び、野盗と化した一団が、街を見つけなければ。

激しい通り雨が、街に迫る悪魔の気配を、消さなければ。

全ては悪い方へ、重なった。

街の見張りは、雨に遮られ敵の接近に気付いた時には門が破壊されていた。

侵入され、わずかな時間で、辺りは阿鼻叫喚の地獄に変わった。

裏通りを抜けて、領主様の館へ向かいなさいど叫んだ父も、後から追いかけるからと、抱きしめてくれた母も、家から出て来る様子は無い。

玄関を蹴破って入って来た、薄汚れた、嫌な笑い方の兵。

私が裏通りを走り出した時に聞こえた絶叫はーー。


狭い裏通りは、私の他にも数人が同じ様に領主様の館へと向かっていた。

泣きながら、それでも足は前へと向かっている。

兵隊、いや野盗の影は無いが、そちらこちらで聞こえる破壊音と絶叫は、嫌でも恐怖を喚起させる。


それでも。

あの角を曲がれば領主様の館がーー。

曲がった彼女達を待っていたのは、助かる事の無い、絶望だった。

火の手が上がった、領主様の館。

犯される女性と、殺される男性。

こちらに気づく、血走った目。


「町娘にしちゃ、上玉だな。いい子だから大人しくしてな。気持ち良くしてやるからよ」


逃げる事も叶わず、道端に押し倒される。

冷たすぎる石畳に、仰向けにされた私に馬乗りになる歯の欠けた男。

腰からナイフを外すと、胸元から、一気に服を切り裂いた。


「ここの兵が戻って来る前に、楽しんどかないとな」


手が迫る。

怖い。

怖い。

そこで初めて、私は抵抗した。

身体をよじり、叫び、手足をばたつかせた。

予想外の抵抗だったのか、相手が一瞬動揺した隙に抜け出し、四つん這いで逃げ出した、いや、逃げようとした。

ガンッと目の前に星が散る。

頭部に走る衝撃、遅れて来る激痛。

その場でベシャッと崩れ、また仰向けにされる。


「逃げようとする悪い子は、お仕置きだな」


腰の剣が抜かれる。

振り上げられる剣。

振り下ろされる。


「ーーあああああっ!」


右足がーー。


「さて、楽しませてもらうかな」


剣を仕舞った男は、ズボンを下ろし、そしてーー。


「ーー下衆、死んだ方が良いねぇ」


紅く染まった何かが突然現れ、絶望を、蹴り飛ばした。


「右足か、エルロウが来るまでは厳しいかもねぇ」


何かは、懐から細い紐を取り出し、私の太ももの辺りをきつく縛る。


「あ、あぁ、だ誰?」

「とりあえず、大人し、っく!」


振り下ろされた斬撃は、私を助けてくれた何か、紅い男によって止められた。


「不意打ちたぁ、穏やかじゃないねぇ」

「貴様、その足は【レッドオーガ】だな!噂には聞いていたが、本当にバケモノみたいだな」


【レッドオーガ】と呼ばれた紅い男は、立てない私を背に、私を襲った男に向かい合う。

足?

ちらりと視界に入った、彼の足は真っ赤で、爪は鋭く尖り、捻れ、まるでお伽話に出てくるオーガみたいでーー。


「何時もは隠しとくんだかねぇ、今日は特別さぁ」


私の視線に気付く事なく、彼、【レッドオーガ】さんは、足で石畳を蹴りつける。

丈夫なはずの石畳は、それだけでヒビが入っていた。

その間に、相手の男の後ろには、どんどんと兵が集まって来る。

十や二十じゃ効かない。

私は気付くと【レッドオーガ】さんの背に括り付けられていた。


「多少揺れますが、死ぬときゃ一緖なんで、勘弁で」

「な、んで?」


足からの出血の為か、薄れゆく意識の中で、私は聞いた。


「それが、格好いいでしょう?」


【レッドオーガ】さんは私に優しげに微笑んでくれた。


「いくら伝説の【レッドオーガ】だとしても、この人数相手に、足手まといを背に、生きていられると思うか?」


いつの間にか、後ろにも兵は回り込んでいた。

いやらしい笑みを浮かべる相手に、【レッドオーガ】さんの口の端が、にやあと釣り上がる。


「へぇ、大層なこって。ところでーー」


笑みが深くなる。


「冥府は、見えたかい?」


両手に剣を持った【レッドオーガ】さんが、一歩踏み出し、私は意識を手放したーー。


次に気付いた時、私は大きな布に包まれ、寝かされていた。

右足の辺りが少しむず痒い。

周りを見回すと、私を助けてくれた【レッドオーガ】さんが、何やら小柄な女性に怒られている。

独断専行、無謀な突撃、猪突猛進、難しい言葉が次から次へとぶつけられているが、【レッドオーガ】さんは聞き流しているようだ。

と、彼と目が合う。


「おっ、目、覚ましたみたいですねえ。エルロウさん、起きましたんで、お願いしますよ」

「あっ、まだお説教は終わってーー」

「まあまあ、あいつも反省してるみたいだし、怪我の事もあるから、今日の所はこんなもんにしといてやろう」


尚も何か続けようとした女性を、別の男性が止めた。


「隊長!……まあそうおっしゃるなら」


【レッドオーガ】さんに呼ばれたらしい、すらっとした、ローブを着た女性が私に近づいてきた。


「お嬢ちゃん、足の具合はどう?」


足、切り落とされた足。

スッと視線を向けると、切り落とされたはずの足がついていた。


「あれっ、足、何で……?」

「貴重な貴重な秘薬よ。貴方の分で取り敢えず打ち止め。また作らないとね」


そう言って、エルロウさんは笑った。

その後、繋がった辺りを撫で回したり、軽く突いたり、抓ったり、くすぐったりされた。

そして気付くと、【レッドオーガ】さんは私の横にかがみこんで、エルロウさんと一緒に私の足を覗きこんでいる。

少し恥ずかしい。


「しっかりくっつくもんなんですねえ」

「そりゃあ、秘伝の薬、効果抜群だもの。ただ、時間が経ってしまうと、無理よ。貴方のーー」


エルロウさんが口ごもる。

ん、【レッドオーガ】さんに違和感。

足にはグリーブ、身に付けている鎧は傷だらけで、赤く染まっているのに、グリーブだけは綺麗。

違う。

エルロウさんに言われて、頰をかいているのは右手。

じゃあ、左手は?

私の視線と表情に気付き、【レッドオーガ】さんは微笑んだ。


「これも、格好良いでしょう?」


その後、取り乱した私をなだめるのに、そこに居た人達が集まってくれた。

後日聞いた話では、街が襲われているとの報告を聞いた【レッドオーガ】さんは、一人で街へと駆けて来たらしい。

何でも、生まれつき足が異常な形で、普段はグリーブで隠しているが、素足だとあり得ない程の運動神経を発揮出来るとの事だ。

街に着いた【レッドオーガ】さんは、私の悲鳴を聞き、相手を蹴り飛ばし、街にいた大半の兵をほとんどを斬り飛ばしたらしい。

その中で、私を何度か庇う中で、左腕を失ったそうだ。

本隊が到着した時、【レッドオーガ】さんは、エルロウさんに私の足を治すように伝え、自分は無くした腕を探しに行ったらしい。

何でも、握っていた剣ごと切り落とされたらしく、『貫』だけじゃ駄目だと呟きながら、死体の山を漁っていたようだ。

秘薬は私の分で無くなってしまった。

斬れた部分をくっつけるのは難しいらしく、少なくても切り落とされて一週間以内でないと効かないらしい。

薬を作るのに、一ヶ月はかかるそうで、【レッドオーガ】さんの腕には間に合わないとの事だった。

何で自分の腕に薬を使わなかったのか聞いたが、彼は一言、「それが、格好良いんですよ」と、言ったきりだった。


そして、戦争は終わり、街は復興された。

町の名前は、ガストンからイグニスへと変更され、新しい領主には小柄な女性を止めていた、見覚えのある男性が着いた。

横には、見覚えのある、小柄な女性がいた。

エルロウさんは、新しくなった街で薬屋を始めた。

【レッドオーガ】さんは、グリーブだけはそのままに、鎧を脱ぎ、奇妙な赤い服を着て、そのまま街に住み着いた。

私は、あの時の【レッドオーガ】さんに憧れ、騎士を目指した。


そしてーー



門番の罰が終わり、セリエは寮に向かって歩いていた。

任務終了の報告をシャナにしに行くと、何故かシャナな生暖かい笑顔でセリエを迎えた。

何かを言いたそうにしているシャナに、二度と無断の夜間外出をしない事を約束し、セリエは部屋を出た。


〈蟋蟀は、どんな服装が好みーー、っと、これではまるで恋する乙女のようだな〉


側から見ればそのものだが、本人はその事に気付いていない。

浮ついた気持ちを隠したつもりのセリエは、軽い足取りで家路を急いでいた。


「あの、騎士様」


と、後ろから声を掛けられ、セリエは立ち止まった。

振り返ると、笑顔の男が立っていた。


「少し、お聞きしたい事があるのですが」


セリエは笑顔で応じると、男に向き直った。


〈甘い、匂い?〉


男の方から嗅いだ事の無い、甘い匂いが漂ってくる。

何か話しかけてきているようだが、どうにも集中出来ない。

セリエはだんだんと、意識がふわふわして来るように感じていた。


「き、……さま、騎士、ま」

「だい、じ、ょ、ぶだ」


立ってられなくなり、その場に座り込んでしまうセリエ。

そして、瞼が重くなりーー。


「騎士様、しょうがないですね」


目を閉じる直前、セリエが見たものは、下卑びた笑みを浮かべた男が、大きな布でセリエを包もうとしている姿だった。

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