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蟋蟀奇譚  作者: 城聖 香
7/13

翌日、蟋蟀は朝からレオニード邸へ向かった。

昨日の夜の一件の報告の為だ。

入り口横に立つ門番担当が、蟋蟀を見て、ふいっと目を逸らす。

セリエだ。


「おはようございます。セリエちゃん。何で門番なんてやってるんです?」


基本、門番の担当は新人騎士がやる事になっていたはずだ。

少なくてもセリエは、ベテランではないにしろ、それなりの年功だから、普通はやるはずもない。

蟋蟀の問い掛けに、セリエは目を合わさずに、何かボソボソ言っている。


「えっ?何ですかい?」

「ーーーーだ」

「?」


セリエの顔が蟋蟀の方を向く。


「夜間無断外出の罰を受けたんだ!」


真っ赤になったセリエが、若干涙目に見えた。


「ああ、許可取って無かったんですかい?」


イグニスでは、日が落ちてから、日が昇るまでの間、寮に住んでいる騎士が無断で外出する事が禁じられている。

結婚して、所帯を持った騎士も、基本休日以外は寮にて生活している為、そこは厳格に定められている。


「何でまたあんな所に来たんですかね?」

「いや、その……、お前が街の外に向かうのがたまたま見えて、それで……」

「セリエちゃん、そんなキャラでしたっけ?」


顔を少し赤くして、もじもじしているセリエに、蟋蟀が首をひねる。


「昨日、あの後エルロウさんに色々アドバイスされて、ツンデレ過ぎも良くないと言われてーー」

「あの人の差し金ですかい」


蟋蟀は嘆息した。


「まあ、素直なセリエちゃんも良いですが、俺は何時もの方が良いと思いますよ」


にっと笑う蟋蟀に、セリエも苦笑いを浮かべる。


「まあ、もう少し自分に正直になってみるさ。それと、昨日のお酒の約束、まだ有効?」

「ああ、それじゃあ、今の仕事片付けたら行くとしますかね」

「ホントか?!予定は早目に決めてくれよ。乙女には準備が必要だからな」

「……乙女?」


再度首をひねった蟋蟀に、セリエの鉄拳が襲い掛かる。


「あぶなっ!本気では勘弁して下さいよ」

「馬鹿にするからだ!」

「その対応の方がこちらも楽ですねえ」

「……なかなか奥が深いのだな」


腕を組んで、セリエは何かを考えだした。


「そいじゃ、シャナさんに用があるんで失礼しますね」


また色々と悩みだしたセリエを置いて、蟋蟀はレオニード邸に入っていった。

家以上、城未満の建物の中を、勝手知ったる他人の家とばかりに、蟋蟀はずんずんと進み、シャナの部屋に着いた。

軽くノックをすると、どうぞとの返事があり、蟋蟀は中に入った。

中ではシャナが机に向かい、何やら書いていた。


「お忙しそうですが、大丈夫ですかい?」

「すぐ終わるから待っててもらえる?」


書き終えた書類に封蝋を施し、机の横の箱に入れる?


「最近は何でも書類を提出しなくちゃいけないから、手間が掛かって仕方がないわ」

「時代は変わったんですねえ」

「今は何でもかんでも、書類を出さないと始まらないからね。ーーさて」


眼鏡をずらし、目頭を揉みながら、シャナは蟋蟀に向き直った。


「なんか仕草が年寄ーー」


不用意な蟋蟀の言葉は、最後まで続けられる事は無かった。

予備動作無しで、抜き打ちに振るわれたファルシオンは、蟋蟀の首に僅かに触れるか触れないかの所で止まっている。


「腕、落ちてないようで何よりですねえ」


自分の命が風前の灯火にあるというのに、蟋蟀は微笑んでいた。

まるで、自分の首に突きつけられた刃が見えていないように。


「蟋蟀、わざとやってるでしょう?」

「何の話ですかね」

「あまら、揶揄わないでくれないかしら」

「揶揄うなら、セリエちゃんが一番ですかね」


まったく、と言いながらシャナはファルシオンを仕舞った。


「セリエの件も、報告してくれるのよね」


机の横にあった椅子に座り、蟋蟀は苦笑しながら昨日の一件を話す。

流石に顔中汁まみれのセリエの話は割愛したが、甘い匂いと、リックの件、そして死体が消えた件では若干眉をひそめた。


「ま、報告はこんなトコですねえ。中央酒場にはこの後顔出してみますよ」


その言葉にシャナは頷く。


「ええ、ーーふう、調査に行かせた衛兵にはお仕置きがひつようね」


眼鏡が一瞬光ったような気がするが、蟋蟀は気付かない振りをした。

もちろん、口元に浮かんだ三日月のような笑みにも。


「見た目が可憐な美少女だから、どうしても舐めてかかる方も居るのが困りもんよね」

「びーー」

「蟋蟀さん、なあに?」


反射的に口をついて出そうになった言葉は、被せ気味のシャナの言葉に掻き消された。

先程のファルシオンの抜き打ちを思い出し、蟋蟀はどうにか無表情を貫く事に成功した。


「まあ、久しぶりの綱紀粛正のチャンスだから、少しだけ昔を思い出しても……」

「シャナさん、戻って来てもらって、いいですかね」


蟋蟀の言葉に、シャナは我に返った。


「失礼。甘い匂いの事は、何か心当たりはある?」

「どっかで嗅いだ事ある気がするんだけどねえ。ま、エルロウさん辺りに聞いてみるとしますよ」

「色々あるけれど、宜しくお願いしますね。ーーああ後、セリエの件がまだだったわね」


先程とは違う、にっこりとした表情をシャナは浮かべた。

それに対し、蟋蟀は心底困った様に頭をかく。


「街の外で合流して、一緒に目潰しくらって、エルロウさんとこで診てもらって、そんくらいですかねえ」


蟋蟀の言葉に、シャナは小首を傾げる。


「あの子、朝からだいぶ浮かれてて、昨日の話を聞いても、珍しく口ごもるし、貴方が何かしたんじゃ無いの?」

「別にーー、ああ、一緒に飲みに行く話はしましたねえ」

「……それか」


合点がいったと、シャナは頷いた。


「他の騎士から、セリエが扉の所で悶えてると報告があったんだけれど、それが原因みたいね」

「ただ、飲みに行く約束しただけですけどねえ」

「貴方は彼女にとって、かなり特別な存在よ。忘れたわけじゃ、無いでしょう?」


蟋蟀は目を閉じ、顔をしかめた。


「あの頃の事も、あの時の事も、あまり思い出したく無いんでねえ」

「それでもよ。今のあの子はうちの立派な戦力なんだから、変な事になったらーー」


シャナの目がスッと細くなる。

殺気とも、怒気ともつかない気配を、蟋蟀は軽く笑っていなした。


「それならもう少し、お転婆を控させて欲しいんですがね」

「それについては、私から話をするわ。もう少し素直になる様に、ね」

「昨日、エルロウさんにも色々言われてるみたいなんで、お手柔らかにお願いしますよ」

「貴方とくっついて、貴方が騎士を辞めさせるのもありよ。その時は、盛大に祝ってあげるから」

「いやいや、俺みたいなのとくっつく女性は、苦労するのが目に見えてますからねえ」

「冗談よ。ただ、あの子が望むのなら、色々と策を巡らせてーー」

「あ、あんたが言うと、逃げられる気がしないんで、勘弁してくれませんかねえ」


ニヤリと笑うシャナに、蟋蟀は本気で怯えの色を見せた。


「首狩軍師の異名は伊達ではないわ。蟋蟀、貴方の人生を、ある意味狩ってあげるのも、いいかも知れないわね」


戦場では何度となく、エゲツないまでの戦術で連勝を重ねて来たシャナは、レオニードを落とす際にも、その力を遺憾なく発揮させたらしい。

元々、上司と部下の関係しかなかったはずの二人だが、正攻法から搦め手から、ありとあらゆる手段を使い、最終的には「結婚して下さい」と、レオニードがシャナに土下座したとの噂もある。

一度、その噂を二人に聞いた蟋蟀だが、ふっと目をそらすレオニードと、「今が幸せならいいの」と言うシャナに、二度と聞くまいと思った過去もあった。


「そ、それじゃあ、中央酒場に行かなきゃなんないんで、そろそろ失礼しますね」


無理矢理会話を打ち切り、蟋蟀は椅子を立った。

館の出口、扉を開けると、そこには変わらず立ち続けるセリエがいた。

先程シャナから聞いた通り、くねくねと身悶えている。

蟋蟀は、気づいてない様子のセリエの背後に回り込み、頭に手を乗せた。


「わひゃあっ!」

「真面目にやんないと、ずっと門番やる羽目になりますよ」


わたわたするセリエの頭をくしゃくしゃにして、蟋蟀は頭をぽんぽんと叩いた。


「子供扱いをするなっ!」

「してないからお酒に誘ったんですがね」


その言葉に、セリエは硬直した。


「え……、それってどういう……」

「子供じゃ、お酒飲めないでしょうに」

「……そうか、そうだよな」


盛大な溜息を吐いて、セリエは若干落ち込んでいる。


「まあまあ、俺が酒に誘うのはかなりレアな事なんで、もっと喜んで欲しいもんですね」

「そうなのか?!」

「一人で飲むのが好きなんですが、セリエちゃんなら楽しい酒が飲めそうなんでね」


「そ、そうか、そうだな。うん。楽しく飲むのが一番だからな、うん」


先程までの落ち込みが嘘のように元気になるセリエ。

と、ニコニコ顔がすっと真顔に変わる。


「所で、昨日の件だが、あれはーー」

「ありゃあ、俺がシャナさんから頼まれた件でね。まあ、俺に任せときなさい」

「でも……」

「昨日、エルロウさんが言ってた、適材適所さね。それに、手出しされちゃあ、俺の飯の種が無くなっちまうんでね」


へらへらと笑う蟋蟀。

それを見て、セリエはキッと蟋蟀を見つめた。


「私だって、強くなったんだよ、蟋蟀。あなたの足を引っ張らない位には。あの時とはーー」

「分かってる」


蟋蟀はもう一度、セリエの頭に手を置いた。


「俺がピンチの時は頼みますよ。変わりにあんたがピンチの時は、また助けますんでね」


その言葉にセリエが微笑んだ。


「あなたは変わらないわね」

「俺は俺はさね」


軽く髪を撫でる。

撫でられる感触に、気持ち良さそうにセリエが目を閉じた。

蟋蟀は、数回髪を撫でると、その手を袖の中に入れた。

セリエは少しだけ、物足りなそうにしていた。


「今回のシャナさんの依頼が終わったら、飲みに行きましょうかね」

「うん」


中央酒場に歩き出す。

ふと振り返ると、セリエと目が合う。

小さく手を振るセリエに、蟋蟀も振り返した。

更に目線を少し上げると、シャナが見ていた。

遠目にも、ニヤニヤしているのが見えて、蟋蟀は少しだけ顔をしかめた。

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